ピピッ、ピピッ。  今朝も僕は目覚まし時計のアラームで目を覚ます。  ピピッ、ピピッ。  まだアラームは遠慮がちに鳴っている。  しかしこのまま放っておくと、じきにけたたましく鳴り始めるのだ。  それを聞きたくないので僕は手を伸ばして目覚ましを止める。  ガバッとベッドから身を起こす。 「おはようございます、優也様」  傍らには僕の奴隷、いとよが控えていた。  いとよは僕と同い年だ。  誕生日も近くて、この家で僕と兄弟みたいに育った。  顔は可愛いといえば可愛い。  世間一般の基準では美少女に入れても良いかもしれない。  ただ僕にして見るとだいぶ見飽きた顔でもある。  いとよは何が楽しいのか今朝もニコニコとした表情だ。 優也「何か良いことでもあったの?」 いとよ「いいえ。ただ、きょうも優也様は素敵だな、と思っていました」 優也「どの辺が」 いとよ「目覚まし時計をスパッと止めて起きられました」 優也「前から思ってたけどさ」 いとよ「はい」 優也「お前ってわりとどうでもいい事で僕のこと褒めるよな」 いとよ「そうでしょうか」  会話をしながら僕はパジャマを脱ぐ。  いとよはいつものように着替を僕に渡す。  着替えの最後に詰め襟の学生服を着るときはいとよが手伝ってくれる。  これぐらい自分一人で着ても手間はほぼ変わらないが、いとよが手伝いたがるので、これが毎日の習慣だった。  学生カバンを持って階下に降りようとすると、 いとよ「優也様、これは?」 いとよが技術の授業に必要な道具カバンを差し出していた。 優也「そうか、今日技術の授業ある日だったな」 いとよ「はい」 優也「荷物多いな……」 いとよ「お持ちしますよ」  いとよは嬉しそうに言う。  時々疑問に思う。  いとよはいつも楽しそうに、甲斐甲斐しく僕に仕えてくれるけど、何がそんなに楽しいのか?  その心情は奴隷に生まれなかった僕には分からないものなのかもしれないが。  今日の朝も6人で朝食をとる。  僕、僕の奴隷であるいとよ、僕の父、僕の父の奴隷(=いとよの母)、僕の母、僕の母の奴隷(=いとよの父)  まあよくある家族だ。  僕の両親が結婚して、ついでに僕の両親のそれぞれの奴隷も結婚して、僕といとよが生まれた。  だから僕といとよは、この同じ家で兄弟みたいに育った。  僕らが生まれたときから、いや生まれる前からと言ってもいいか、僕はいとよの主人で、いとよは僕の奴隷ではあったけど。  僕といとよは家を出て学校に向かった。  電車やバスが不便なので、一キロ以上離れた学校まで徒歩だ。  いとよは宣言したとおりに僕の荷物を持ってくれている。  僕は自分が生きているこの世界のことを改めて思う。  市民(=奴隷でないもの)はほぼ誰でも一人以上の奴隷を持っている。  男の市民はたいてい女奴隷を持ち、女の市民はだいたい男の奴隷を持っている  こんな世界じゃなかったら良かったのに。  いっそ奴隷がどこにもいない世界なら。  僕はそんな突拍子もない想像をする。  僕の頭を悩ませてる悩みはきっと悩みでもなんでもなくなるのに。  悩みというのはつまり言ってしまうと、僕が高校二年生にもなるのにまだ童貞だという、そのことだ。  誰でも奴隷を持っているこの世界で、高校二年生にもなって童貞を守ってる男が他にいるのだろうか。  まず居ないだろう。  何らかの事情で女奴隷を持っていない男子でも、友達から女奴隷を借りるなんてよくあることだし。  いっそ奴隷の居ない世界なら、高校二年で童貞であることがそんなに恥ずかしいことでもないだろうに。  先日、親友の佐々木谷がこんなことを言ったのだ。 佐々木谷「なあ、奴隷交換しない?」 優也「え?」 佐々木谷「一日だけ。俺の方からはきづたを出すぜ、だから、いとよちゃん貸してよ」  佐々木谷は女奴隷を二人持っていて、きづたは高校入学のときに彼が親に買ってもらった奴隷少女だ。  学食でこの話をしたとき、きづたも、いとよも近くには居なかったけど、僕は動揺した。 優也「交換……貸し借りっていうのは、つまり……」 佐々木谷「Hありで」 優也「そういう意味で言ってると思ったよ」 佐々木谷「駄目か?」  僕は返答に困った。  佐々木谷は僕といとよの間に肉体関係がないとは夢にも思ってないだろう。  平たくいうともう飽きるぐらいセックスしてると思ってるだろう。  だからこんな提案が出てくるんだろうな。  しかし事実は僕は童貞で、いとよが処女かどうかは知らないが多分そうで、それでこれは確信はないけどいとよは僕に処女を捧げようと思ってるんじゃないかと思われる。  だとすると僕にはとてもじゃないがこの話をいとよに切り出すことなんて出来ない。  親友の提案を無下にしたくはないが出来ないことは出来ないのだ。 佐々木谷「まあ考えておいてくれよ。すぐにとは言わないし、駄目なら駄目でいい」 優也「うん、時間が……必要というか……」 佐々木谷「そういや、最近はなんか面白いゲームあったか?」 優也「萌え系統のゲームの話か?」 佐々木谷「なんでもいい」  僕には佐々木谷が話をそらしてくれたのがわかった。  けれど、いずれまたこの話が蒸し返されるのも確実に思われた。  学校でまた佐々木谷に会うと思うと少し憂鬱になった  僕といとよは通学路を歩いている。  もうだいぶ学校が近い。  僕は今のうちにいとよに何か話をしておくべきかなと思った。  しかし頭のなかで、何を話せばいいかがまとまらない。  もたもたしているうちに、いとよが何かに気づいたような素振りを見せた。 いとよ「あ、優也様」 優也「ん、なんだ」 いとよ「あそこを行くのは蓼丸さんではないですか?」  僕は思わずいとよが小さく指差した方を見る。  そこに居たのは確かにその人だった。  蓼丸緋澄(たでまる ひすみ)さん。  僕がほのかな恋心をいだいているあこがれの同級生。  蓼丸さんは染めてない(らしい)のに色が赤い長い髪を誇らしげになびかせながら僕の先で学校に向かっていた。  僕は僕が抱えている問題をまた思い出して気が重くなった。  僕らのこの世界では男子はだいたい女奴隷で童貞を捨てるわけだけど。  そうではなく奴隷じゃない市民の女の子で童貞を捨てるってのは一つの憧れなんだよな、僕にとっても。  まあ、そんなリア充スキルは持ってないから、今持って童貞を捨てられずにいるわけだけど……  とにかく僕が童貞を捨てるのが人よりだいぶ遅れているのは僕の彼女へのあこがれが大きな原因でもあるのだった。