-------------------------------------------------- ■ 現在 --------------------------------------------------  --------------------------------------------------  ▼ そうだプールに行こう!  --------------------------------------------------    (お嬢様の部屋)    お嬢様「そうですわ! プールに行きましょうメイド!」    季節は夏真っ盛り。  外では、蒸し暑い陽炎がゆらゆらと揺れ、蝉達はやかましく鳴いています。  そんな日の、お屋敷で。    お嬢様「プールよ、プール! どう、素敵でしょう?」    騒いでいるのがこの方。  このお屋敷の長女、お嬢様です。  そして……    メイド「断固拒否します」    むっつり顔をしたこちらの女の子はそのメイド。  お嬢様とは10年越しのお付き合いの、気の知れたメイドです。     お嬢様「む…アタシの云うことが聞けないと云うのかしら?」    メイド「はい、こればかりは断固拒否致します」    お嬢様「な……なんでですの! アタクシがプールに行きたいのですのよ!」    メイド「はい、ダメです。行きたいならお一人でどうぞ」    お嬢様「釣れないわね、メイド」    メイド「それでは、メイドは仕事がありますので」    お嬢様「ちょ、ちょっと…!」    そう云い放つと、メイドはハキハキとした様子で部屋から出て行きます。    お嬢様「むむむ…何か理由があるのかしら?」    首を傾げたお嬢様だけが、その部屋に残されたのでした。    (タイトルをデカデカと表示)        (メイドの部屋)  ※メイド視点    メイド「………はぁ」    ;扉が閉まる音    溜息をつくつもりがなくとも、溜息が出てしまいました。  ――お嬢様とプール。  確かにそれは魅力的な提案ではあります。  ですが……    メイド「……はぁ」    メイド「お嬢様はよろしいですよね、貧乳でございますから……」    少々、失礼になると分かりながらも、口についてしまう大きさの話。  お嬢様と、わたしの……外から見た容姿の、差。    メイド「メイドはその……おっぱいが大きいですから……」    メイド「プールに行くと……男性の方がジロジロと……ふわぁ……ううっ……」    男性のジロジロとした不躾な目を想像し、顔に血が上ってきてしまいます。    メイド「それに…スクール水着しかございませんし……」    公共のプールで、学校指定の水着を着るなどと云う屈辱……わたしには到底……    ;扉が閉まる音    そのとき、扉が開け放たれました。    お嬢様「だ、誰ですかっ!?」    お嬢様「クックック……聞かせてもらいましたことよ!」    メイド「お、お嬢様……!?」    ツカツカと歩み寄ってくるお嬢様。  そして、わたしが座っているベッドに、同じように腰掛けました。    お嬢様「あなた、アタクシのことを貧乳呼ばわりしましたわね…!」    メイド「お、お嬢様……まさかお聞きに?」    お嬢様「ええ…! 一から十まで全て聞かせてもらいましたわ!」    メイド「う、ううっ……」    お嬢様への失礼もそうですが……お、おっぱいの話も…聞かれてしまいました……。    お嬢様「まあ、先の狼藉は許しましょう」    メイド「…え?」    いつものお嬢様なら、これを出汁に悪戯をふっかけてくるはずです。  不審な目で見るわたしに応えるように、ニヤリと笑うと、お嬢様はわたしに『宣告』を云い渡しました。    お嬢様「だから……アタクシとまずは水着を買いに行きなさい!」    メイド「ふぇっ!?」    水…着……!?  お嬢様と一緒に……!?    メイド「お断りします!」    多少オーバーに全力で否定します。  だって、お嬢様と水着を買いに行ったりしたら……    お嬢様「クックック…もし断ったらお父様に『メイドにイジメられた』と告げ口しますわよ!」    お嬢様は簡単に退路をお裁ちになりました。    メイド「……わかりました、お供させていただきます」    わたしには、従順な忠犬のように、首を項垂れて従うしかありません。    お嬢様「クックック…盛り上がって来ましたわ!」    お嬢様のその高笑いが、わたしを不安の海に突き落としました。  --------------------------------------------------  ▼ 水着を買おう!  --------------------------------------------------     (水着コーナー)  ※お嬢様視点    ……夏休みだからかしら。  いつもそこまで混んでいないデパートは親子連れが多く、ベンチでは涼んでいる老人が目につきます。  子供達の笑い声が聞こえるせいか、店内は少々、浮足立ったような雰囲気を醸しだしていますの。    メイド「…………」    そんななか、ぶすっとした表情の女の子が一人。  ウチのメイドですわ。    お嬢様「しかしあなた、スクール水着しか持っていないなんて…女性としてあるまじきことですのよ?」    メイド「メイドはプールに行きませんもの」    ファッションをファの字もわかっていないダメイドは、やはりまだ怒っている様子。  ですが、怒っているとなると弄りたくなってしまうのは人の性。    お嬢様「うふふ、このけしからん胸が原因なのでしょう?」    メイド「ひゃっ……っふ、ぁ……ちょ、ちょっとお嬢様…っ!」    モミモミと胸を揉みしだくと、敏感なのか、メイドがもぞもぞとよがる。    お嬢様「クックック…半分くらいわけて欲しいですわ、本当に」    先の侮辱をまだ許したわけではないアタクシは、ジロリと睨みを利かせて云います。    メイド「……うう、意地悪です、お嬢様」    しかしまあ、いつもクールでビジネスライクなメイドに、そんな羨ましい悩みがありましたとは…  ……色々と捗りますわね! 色々と!  クックック……プールで殿方を前に恥ずがしがっているメイドを、早く見たいですわ!    …    お嬢様「ここが水着コーナーのようですわね」     幸いなことに、水着コーナーには誰もいません。  近くの試着室も誰も使っていないようですし……重畳ですわ。    メイド「ふむ…世の中にはたくさんの水着がございます」    お嬢様「もちろんですわ…! 水着には様々な用途がございますもの!」    メイド「様々な用途……?」    不思議そうに首を傾げるメイド。  ならばここは……    お嬢様「クックック……! じゃあ今回は水着素人のメイドに代わって、アタクシがあなたに水着を選んで差し上げますわ!」    メイド「……何故だかとても不安なのですけれど」    メイドがジト目をしてきますが、そんなもの効きませんことよ。    お嬢様「うふふ……アタクシに任せておけば無問題ですわ!」    ……    お嬢様「メイド、ちょっとこちらに…」    適当に見繕い、メイドに相応しい水着を見つけたので、メイドに手招きをする。    メイド「はい、お嬢様」    お嬢様「こんな水着なんてどうかしら?」     メイド「こ、これは随分と…」    お嬢様「可愛らしい水着でしょう?」    メイド「は、はぁ……確かに可愛らしいですが…あの……」    お嬢様「なにかしら?」    メイド「メイドが着るには少し…恥ずかしいと云いますか…」    アタクシが選んだのは、俗に云う『フリフリ水着』。  トップもボトムも可愛らしいレースがついていますの。  普段、仏頂面なメイドがこんなスウィーツな水着を着ることによって生じる…ギャップ萌え!  きっと、堪りませんわ!    お嬢様「メイド……」    メイド「なんでしょう、お嬢様」    お嬢様「とりあえず着なさい」    メイド「え、ですが…」    グイと詰め寄るアタシに、慌てふためくメイド。    お嬢様「全てをお父様に告げ口しますわよ?」    メイド「…はい、かしこまりましたお嬢様」    だけど、この呪文を唱えれば一発ですわ!      (試着室)    メイド「……お嬢様」    お嬢様「………(じー)」    メイド「お嬢様……」    お嬢様「………(じー)」    メイド「お嬢様!」    お嬢様「……なんですの」    アタクシのスルーに耐えられなくなったのか、メイドが少し大きい声を出す。    メイド「あの、お外に……」    お嬢様「女性同士なのだからよろしいでしょう?」    メイド「で、ですが、お嬢様の前で着替えるのはさすがに…」    ちらちらと恥ずかしそうにこちらをうかがう上目遣い。  クックック…そんなものでアタクシが怯むとでも思いまして?    お嬢様「早く着替えなさい」    メイド「……ううっ、恥ずかしい…、です……」    お嬢様「なんならアタクシが脱がせて差し上げてもよろしくてよ?」    メイド「ぇ…きゃぁっ……!」    シャツを強引に剥ぎ取ろうとすると、メイドは必死に手を組んでガードします。  ……なによ、ケチなメイドですわね。    メイド「……こほん」  メイド「お嬢様」    お嬢様「なんですの」    メイド「……お外でお待ちください」    …     お嬢様「うう…結局追い出されてしまいましたわ」    雰囲気的にいけると思いましたのに…!    メイド『お、お嬢様…いいですか…?』    カーテンの向こうから、遠慮がちな声がアタクシを呼びます。    お嬢様「あら、着替え終わったのですわね? よし、見せてみなさい」    ;カーテンが開く音    メイド「………(もじもじ)」    お嬢様「…………」    メイド「………ぇと、その…」    お嬢様「…………ぁ」    メイド「……へん、ですか?(ふりふり)」    お嬢様「…………いい」    メイド「……お嬢様?」    お嬢様「可愛いわぁああああっ!!!」    メイド「ひゃぅんっ…!?」    思わず、ガシッとメイドに抱きつくアタクシ。  だって…だって……だって………!    お嬢様「ああっ、もうっ……! なんで、この子はこんなに可愛いのかしらっ!」    メイド「お、お嬢様!?」    お嬢様「可愛い! 可愛い! 可愛い! もう最高よ、あなた!」    メイド「ちょ、お嬢様…苦しいです…」    お嬢様「可愛いわっ、いつもクールなメイドがフリフリ水着を『着せられちゃってる』、背・徳・感ッ!!! たまりませんッ!」    メイド「う、うう……は、恥ずかしいです……」    カァアアアと音が出そうなほどに顔を赤らめるその表情も…グッド!  全てが、いい! いいですわよ、メイド!    メイド「本当に……メイド、かわいいですか?」    お嬢様「ええ、可愛いわ……本当に、可愛い…」    メイド「えへ、えへへ……なんだか、照れくさいです……」    真っ赤な顔で、メイドが俯いてしまう。  だけど、前髪からはにかんでいる笑顔が覗いていて……まったく、死罪レベルの可愛さですわね。    お嬢様「水着は、これで決まりね!」    少し名残惜しかったですけど、メイドに水着を脱がせ、会計に向かいます。  メイドは恥ずかしそうに、少し距離を取っていました。    お嬢様「カードで」    クレジットカードの一括払いで会計を済ませると、これで今日の目的は終了です。    メイド「お嬢様……その、本当に買っていただいてよろしかったのですか?」    お嬢様「もちろん。これは普段頑張っているあなたへのプレゼントですわ」    メイド「……はい、ではありがたく頂戴しておきます」    アタクシとメイドの中で、過度な遠慮は無用。  そのことを心得ているのか、メイドは大人しく礼を云います。    お嬢様「さて、この下にケーキがおいしいと評判の喫茶店があるのだけど」    メイド「……ケーキ」    ゴクリと、メイドが唾を飲み込む音がはっきりと聞いてとれました。  まったく、この子はお菓子には本当に目がありませんのね。    お嬢様「少し疲れましたし、そこで休憩しましょうか、メイド」    メイド「はい。お供いたします、お嬢様」    …    (喫茶店)    お嬢様「確かに美味しいわね」    メイド「………(はむはむ)」    お嬢様「どれ……そちらのチョコケーキも味見してみようかしら」    メイド「ダメです」    一心不乱にケーキを口に運ぶメイドの皿にフォークを伸ばすと、真顔のメイドに止められました。  ……まったく、ケチなメイドですことね。    お嬢様「じゃあ、アタシのケーキと交換しませんこと?」    メイド「……それならいいでしょう」    渋々、と云った調子でメイドがチョコケーキを一口、アタクシの皿へ……  そしてアタクシは、自分のチーズケーキを一口フォークで掬って……    お嬢様「メイド、口を開けなさい」            メイド「……はい?」    お嬢様「チーズケーキが欲しいのでしょう?」    メイド「……欲しい、です」    お嬢様「なら、口を開けなさい。はい、あーん…」    メイド「じ、自分で出来ます」    飽くまでも反抗するメイドの口元に、アタクシはケーキを持っていきます。    お嬢様「これが、欲しいのでしょう? ほら、口をお開きなさい…」    メイド「ぁ……っく、自分で、…でき、ます……」    そう云いながらも、口は正直(?)。  はむはむと、物欲しそうに閉じたり開いたりしています。    お嬢様「あーん…」    メイド「ぁ、ぁぁ……」    お嬢様「ほら、あーん…」    メイド「ぁあーん………はむっ」    ついには我慢出来なくなったのか、メイドがフォークを口に含みました。  そして、咀嚼しながら、そのいじらしい目でアタクシを睨みつけます。    お嬢様「チーズケーキも、なかなかに美味しいでしょう?」    メイド「……意地悪です、お嬢様」    お嬢様「うふふ……ハムスターみたいで可愛かったわよ、メイド」    メイド「か、からかわないでください!」    --------------------------------------------------  ▼ お風呂場でスクール水着  --------------------------------------------------  ………  ……  …    (お風呂)  ※メイド視点    メイド「ふぅ……今日は大変でした」    メイド「なんでメイドがフリフリ水着など……」    『かわいいわよ、メイド! これで世界中の殿方はあなたのものですわ!』    メイド「うう……面倒なことになってしまいました」    お嬢様に振り回されてばかりのわたし。  恥ずかしいことばかりさせられている気がします。    ;扉が開く音    メイド「ふぇっ!?」    そのとき、ドアが開きました!  って、ここはお風呂ですよ!?    お嬢様「メイドー、入りますわよー」    メイド「え……ええっ!? なななな…なんで…っ!? ええっ…!?」    入ってきたのはお嬢様!  何故か、ご自身は水着を着用しておられます。    お嬢様「なんですの、女性同士だからよろしいじゃないの」    メイド「い、いや、それとこれとは…」    慌てて腕で胸を隠しますが、お嬢様はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべるばかり。    メイド「ううっ…見ないで、ください…っ」    一しきり、わたしの身体を舐めまわすように見たあと、お嬢様は何かを振り上げました。    お嬢様「さあ、水着を着なさい…!」    メイド「……それは……ってメイドのスクール水着ではございませんか!」    紺色の布を、お嬢様がヒラヒラと振ります。    お嬢様「いいじゃない、見たいのですわ、メイドのスク水姿が…!」    メイド「はぁ……」    お嬢様「なによ、釣れない顔ですわね! せっかくあるのに着ないなんて勿体ないでしょう?」    メイド「ですが、水着はプールで着るものです」    お嬢様「あらなに、メイド。あなたはアタクシに今ここで裸になれ。そうおっしゃっているの?」    メイド「い、いえ、そういうわけでは…!」    お嬢様「まあまあ、メイド、うふふ。アタクシ、別にまんざらでなくてよ?」    シュル…とお嬢様が自身の水着に手をかけます。  ……って。    メイド「やめてください!」    お嬢様「あらあら、顔を真っ赤にして。同性の裸ですら耐性がないのかしら?」    メイド「別にそういうわけでは……」    お嬢様「まあいいわ。ならばあなた、さっさとスク水を着なさい」    メイド「……はい」    …    メイド「どう、ですか?」    結局、お嬢様に云い含められてしまいました。  ……それに、わたしだけ裸と云うのも落ち着きませんし。    お嬢様「ほぅ…これはまたなんとも…犯罪的ですわね……」    メイド「犯罪的ってなんですか!?」    お嬢様「うぅむ…あなた、本当に胸が大きいのですね…」    メイド「…ぁぅ……おっぱいが大きかったらダメですか?」    お嬢様「いいえ、いいのではないかしら。全世界の殿方なあなたの味方ですことよ」    メイド「…皮肉でございますか?」    お嬢様「クックック…なんのことかしらね」    お嬢様はニヤニヤと笑いながら、胸を撫で回すように見てきます。  羞恥か、それとは別のもののせいか……なんだか身体が熱くなってきているような……    お嬢様「……どうしたの、メイド」    メイド「いえ…その、そんなにジロジロと見られては、困ります…」    お嬢様「ふぅん……恥ずかしいのかしら?」    メイド「……はい」    お嬢様「そんなことでは、いざプールに行くときが不安ですわね」    メイド「…はい?」    お嬢様「そうですわ!」  お嬢様「クックック…いいことを思いつきました!」    何やら力強く拳を握り締めているお嬢様。  お嬢様の、その自信ありげな様子に、わたしは一抹の不安を感じたのでした。    (廊下)    結論から云うと、わたしの不安は的中しました。    お嬢様「さあメイド、誰もいないですわよ」    メイド「…うぅ……お嬢様、無理です、引き返しましょう…」    お嬢様「何を云っているの! これは訓練ですのよ! もう腹を括りなさい!」    …どうしてこうなったのでしょうか。  わたしはお嬢様と共に夜のお屋敷を徘徊していました。  …………スクール水着で。    お嬢様「……よし、この先は誰もいないわ! 来なさい!」    やたらとテンションが高くなっているお嬢様は、ちゃっかり服を着ています。  …つまり、わたしだけが水着と云うわけで……。    メイド「……はぁ…お嬢様、これって誰かに見つかったらメイドだけが変質者と云うことに……」    お嬢様「そうですわね。だけどに変質者は不審者的なニュアンスを含んでいますし、この場合は……」  お嬢様「……変態?」    メイド「んなっ……!」    変・態!!  わたしが、変態……この、わたしが…!?    メイド「引き返します」    お嬢様「あら、待ちなさい、メイド。もう半分くらいまで来てしまったし、引き返すよりゴールしてしまったほうが早いですわ」    メイド「……うぅ…」    自分でもわかるほどに、頬を熱くしながらお嬢様について行きます。  お嬢様が考えた『訓練』は、スクール水着でお屋敷を一周すること。誰にも見つからずに。  冷静な方ならすぐに気付くでしょうが、これ、なんの訓練にもなっていません。    お嬢様「さぁ、プールのために頑張りますわよ!」    メイド「……はい…」    …    (庭)    お嬢様「ここを抜ければもうゴールですわ!」    夜の庭。  アタクシ達は、ついに最後のステージまでノーミスで進むことに成功しました。  後ろを振り返ると、恥ずかしそうにもじもじしながらスク水姿のメイドがついてきます。  うーん、グッド。    メイド「お庭を抜けるのですか…?」    お嬢様「勿論ですわ! だって庭を通った方が遠回りですもの」    メイド「……はぁ」    溜め息をつくと、腹を括ったのかメイドがついてきます。  アタクシの役目は、そんなメイドが誰にも見られないように索敵すること。  庭に誰もいないことを確認し、バッと振り返りました。    お嬢様「メイド、しゃがんで!」    メイド「……っ!」    慌ててメイドが植木の傍にしゃがみます。    お嬢様「お父様が来るわ」    メイド「……お父様は英国にいらっしゃるはずでしょう」    はぁ、と大きな溜め息をついて立ち上がるメイド。  ……なんだか反応が薄くてつまらないですわね。    お嬢様「あなたはもっとリアクションについて学ぶべきですわ」    メイド「……時間があったら勉強しておきます」    …    さざっ……    お嬢様「………」    何かが、お屋敷から庭に出てきました。  ……あれは…お母様?    お母様「ふんふんふーん♪」    ここからは一本道。  このまま進めば絶対に鉢合わせしますわ。  そうしたら確実に、ジ・エンド。メイドは変態の汚名を着せられてお屋敷を追い出されてしまいます。    メイド「……お嬢様?」    いきなり止まったことに不審に思ったのか、メイドがアタクシの服の裾を掴みました。    お嬢様「お母様が来るわ」    メイド「ってまた冗談ですか…」    お嬢様「いえ、今度は本当よ」    だけどどうしましょう…。  この距離で、引き返せばお母様に気付かれてしまうし、このまま止まっていてもお母様がやってきてしまう……    メイド「ど、どうしましょう……」    お嬢様「……そうね…」    ※選択肢  地面に這ってやり過ごす  植木に飛び込む   --------------------------------------------------   ◆ 地面に這ってやり過ごす   --------------------------------------------------      お嬢様「地面に這いつくばりなさい」      メイド「ふぇっ…!?」      お嬢様「大丈夫、お母様の目は節穴だからきっとばれませんわ」      アタクシが率先して這ってみせると、メイドも恐る恐る芝生に這いつくばりました。   ……いけますわ、これ。      お母様「ふんふんふーん♪」   お母様「ふんふんふーん♪」   お母様「ふんふん…………はぁ」   お母様「仕事……終わら……ない……」      ……な、なんか可哀想ですわね、あの人。      お母様「でも待って。もしかすると、私が書斎に戻ったら仕事が全部片付いているかもしれないわ!」   お母様「あはははははははっっ…!」      奇妙な笑い声を立てながら、こちらに向かって歩いてくるお母様。   芝生を踏み鳴らしながら、近づいて来ます。   そして……      お母様「ん……?」   お母様「きゃぁああああああっ、ご、ゴキブリ…っ!?」      見事にバレましたわ。      …      お母様「…って二人共こんなところで何をしていたの」      お嬢様「メイドがスク水でお屋敷を歩いてみたいと云うから…」      メイド「ふぇっ…!?」      お母様「ふぅん…メイドは変態だったのね……」      お嬢様「困ったものですわ、付き合わされるアタクシの身にもなって欲しいものです」      お母様「まったくね」      メイド「えっ、えっ……?」      華麗な手のひら返しに、メイドが唖然としています。   そしてちょっと涙目にもなっていたり……      お母様「……メイド、そんなに水着を見せびらかしたいなら、プールに行ってきなさい」      するとお母様がメイドを追い詰めます。      お嬢様「そうね、早期にプールに行かなければなりませんわ」      メイド「え、あのっ、これは違くてですね……」      お嬢様「よし、明日プールに行きますわよ!」      メイド「えぇえっ!」      …      (プール)      そして次の日。      お嬢様「プール日和ですわ!」      メイド「お嬢様、はしゃぎ過ぎですよ……」      お嬢様とメイドはプールに来ていました。      お嬢様「うーん、この塩素の香り! たまりませんわ! ご飯三杯はいけます!」      メイド「テンションが振り切れていらっしゃいますね」      お嬢様「さあ、泳ぐわよ、メイド!」      メイド「で、ですが、その…」      お嬢様「他の人の目など気にしていては生きていけませんわよ、メイド!」   お嬢様「あなたもいつかは社会に出るんですから!」      メイド「……そう、ですよね…」      神妙にメイドは頷きました。   そして、グッと拳を握り締め、叫びます。      メイド「お嬢様、泳ぎましょう!」      お嬢様「その粋よ! さあ、派手にぶちかましましょう!」      お嬢様も叫ぶと、プールに向かって走り出します。      メイド「お嬢様、飛び込みは禁止です…!」      お嬢様「そんなこと知ったことではないですわ!」   お嬢様「さあ、メイドも一緒に…!」      振り返ってメイドのところまで走ってくると、腕を掴みました。   そして、また全速力でプールに向かって……      メイド「えっ、ちょっ……きゃぁあああああっ!」      お嬢様「クックック…えーーーいっ!」      ;水に飛び込む音      水飛沫が大きく上がり、そこに虹が架かりました。   そして、お嬢様とメイドは係員に注意されながらも、楽しそうに笑っています。   いつものように、メイドがお嬢様に振り回され、それをお嬢様が笑う。   ずっと小さい頃から繰り返されてきた、二人の日常がそこにはありました。            ノーマルエンド   --------------------------------------------------   ▼ 植木に飛び込む   --------------------------------------------------      お嬢様「メイド…っ!」      メイド「えっ、お嬢様……っ!」      メイドはスク水なので、露出が高い。つまり、枝などが柔肌に刺さって危ない。   ですので、アタクシはメイドを抱え込むように植木にダイブしました。   ―ガサガサッ…ズーン…   植木を突き抜けたような感触。   瞬間、アタクシ達の身体は宙に浮いていました。      メイド「わっ、わわわっ……」      お嬢様「…………っ」      ……ふにゅん…!   植木の中は空洞になっていたようで、芝生に身体が叩きつけられます。   ……芝生?   随分と弾力のある芝生ですわね……      メイド「……ぁぅ」      お嬢様「………あら」      芝生ではありませんでしたわ。   ……メイドでした。      お母様『……猫かしらね』      お母様の独り言が植木の外から聞こえます。   だけど、そんなことより……      メイド「お嬢、様……」      ほぼ零距離にメイドの顔がありました。   メイドの頬が湛えている熱、荒れている息遣いがわかります。   ……メイドの顔…やっぱりかわいいですわ。   それに、こんなにも不安そうな、そして恥ずかしそうな……何かを期待するような、表情。      メイド「………ぁ、くん……」      小さく、メイドの喉が上下します。   緊張からか、唾を飲み込んだのでしょう。   ……なんの緊張?   お母様に見つからないかと云う緊張……いえ、それはもう大丈夫でしょう。   ならば、何にメイドは緊張しているんですの…?   何故アタクシは、メイドが緊張していると、思ったんですの…?   ……アタクシ自身が…緊張しているから?      お嬢様「…………」      メイド「……お嬢、様…?」      トクントクントクントクン……   心臓がアップテンポに胸を叩きます。   それはアタクシの鼓動? メイドの鼓動?   ……それとも、二人の鼓動かしら?      お嬢様「…メイド……」      メイド「………ぁ」      メイドがまたコクリと喉を鳴らします。   唇が、何かを期待するようにピクピクと震えます。   少し湿った紅が、テラリと光ります。      ※選択肢      奪う   やめる    --------------------------------------------------    ◆ 奪う    --------------------------------------------------        メイド「お嬢さ……むぐっ」        お嬢様「…ちゅっ、ふっ、んちゅっ……めい、ど……はむっ、ちゅ、んふっ……」        気付けば、メイドの唇を、アタクシの唇が陵辱していました。    軽く触れたあと、下唇を啄ばみ、そして舌でメイドの唇を割る。        メイド「んふっ、む……おじょう、さ……んぶっ、ぁ、んんっ……」        お嬢様「…んむっ…れろっ、ちゅっ、ぇろっ…ふっ、ちゅっ、っれろ…んむっ、んちゅっ……」        メイド「おじょうさまぁ…んんっ、んふっ…おじょうさ、……んちゅっ、れろっ…ちゅるっ…」        すると、メイドの舌がアタクシの舌を迎え入れ、絡め始めました。    卑猥な水音が響き、何も考えられなくなってくる。    メイドは無我夢中でアタクシの舌の相手をし、顔を熱くしています。    ……メイドは、拒む素振りを見せない。    そのことが、酷く重要なことのように思えましたが、それを深く考えられる思考力がアタクシには残っていませんでした。        お嬢様「…んちゅっ、ふふっ、かわいいメイドね、キスに夢中になって……ちゅっ…」        メイド「…ぇろっ、ちゅっ、ちゅ…おじょうさまぁ……ちゅっ…」        しかし、唐突にキスは終わりを迎えました。        お母様『そこに誰かいるのっ?』        お嬢様「………っ」        メイド「……ぁ…」        ……完全に忘れていましたわ。    至近距離でメイドと目が合うと、どちらともなく目を逸らしました。    ……はぁ、勢いで、やってしまいましたわ……。    今まで色々な悪戯をしてきましたが…キスは初めてです……。    これは冗談で済むかしらね……。        …        お母様「で、二人して夜中の、しかも植木のなかで何をしていたの?」        お嬢様「あ、えっ…その、ちょっとかくれんぼをしていただけですわっ! ねっ、メイド」        メイド「ももももも勿論でございます! 何もやましいことなど、していませんっ」        お母様「あなた達のかくれんぼは、スク水姿で、それに二人共同じところに隠れるのね…」    お母様「不思議だわぁ……」        お母様は、ニヤリと笑みを浮かべると、二人の反応を楽しむように眺めました。    ……っく、何から何までお見通しよ、って顔ですわね…!        お母様「…まあ、いいわ。今日のところはもう遅いし寝なさい」        メイド「わかりましたっ」        メイドが慌てた様子で、振り返り、去ろうとします。        お母様「あ、それと」        お嬢様「…なんですの」        お母様「二人共、もう一回お風呂に入りなさいね」        メイド「えぇぇっ、二人一緒にでございますかっ…!?」        お母様「…そんなことは云っていないのだけれど」        メイド「…あ! し、失礼いたしました…!」        挙動不審過ぎますわよメイド……。    バレバレですわ…。        メイド「で、ではっ、お嬢様も、お母様もっ、おやすみなさいませっ!」        顔を真っ赤にして、バタバタと走っていくメイド。    ……泥だらけのスク水で全速力ってなかなかシュールですわね。        お母様「……お嬢、あなた何したのよ」        お嬢様「さぁ…? 心当たりがありませんわね」        お母様「……はぁ」        お嬢様「では、アタクシも休ませていただきますわ」        そう云うとアタクシは、自室に向かって歩みを進めました。                ※メイド視点        (廊下)        タッタッタと廊下に足音が響きます。        メイド「はぁっ…はぁっ……」        わたしっ、お嬢様にっ、キスされてしまいましたっ…!    初めてです…ファーストキスですっ…!        (メイドの部屋)        ;扉が閉まる音        メイド「……ふぅっ、ふう……」        自室に入ってベッドに倒れこんでも、頬の火照りが収まりません。    ……あぁ、わたし、どうすれば……。    今までも、お嬢様から過剰なスキンシップを受けることはありました。    おっぱいも触られましたし、お尻も触られました。    でも、どんなことをされても、今みたいな気持ちにはなりませんでした。    心に熱湯を注がれたような感覚……。    ドッキンドッキンと心臓がうるさく鳴っています。    あぁ…わたし……あぁ……。    ……いったい、どうなってしまうのでしょうか…?        --------------------------------------------------    ◆ やめる    --------------------------------------------------        お嬢様「…………ごめんなさいね、重いかしら?」        背筋を上ってくる色欲を抑え込み、アタクシはいつもの調子で云いました。    それを察したのか、メイドもいつもの調子で答えます。        メイド「大丈夫です。お嬢様はもう少し肉をつけなければなりませんね」        お嬢様「……それは暗に、アタクシに女としての魅力がない、と云っているのではなくて?」        メイド「どうでしょうかね」        お嬢様「……ふんっ、クールぶって…」    お嬢様「……顔が真っ赤よ、変態メイド」        メイド「……お嬢様もですよ」        お嬢様「…失敬なメイドね」        メイド「…………ぷっ」        お嬢様「……くくっ…」        ――あははは…あはははっ…        ほとんど密着したなかで、メイドの、そしてアタクシの笑い声が響きます。    先ほどの雰囲気を微塵も感じさせないように、馬鹿笑い。    恥ずかしさを隠すように、メイドの大きな声で笑います。    …でも。    あそこで、雰囲気に流されていたら。    アタクシ達の関係は、どうなっていたのでしょうね。    ……考えるだけ無駄、なのですけど。        お母様『……そこに誰かいるのっ?』        あ…すっかり忘れていましたわ。        …        お母様「…って二人共こんなところで何をしていたの」        お嬢様「メイドがスク水でお屋敷を歩いてみたいと云うから…」        メイド「ふぇっ…!?」        お母様「ふぅん…メイドは変態だったのね……」        お嬢様「困ったものですわ、付き合わされるアタクシの身にもなって欲しいものです」        お母様「まったくね」        メイド「えっ、えっ……?」        華麗な手のひら返しに、メイドが唖然としています。    そしてちょっと涙目にもなっていたり……        お母様「……メイド、そんなに水着を見せびらかしたいなら、プールに行ってきなさい」        するとお母様がメイドを追い詰めます。        お嬢様「そうね、早期にプールに行かなければなりませんわ」        メイド「え、あのっ、これは違くてですね……」        お嬢様「よし、明日プールに行きますわよ!」        メイド「えぇえっ!」        …        (プール)        そして次の日。        お嬢様「プール日和ですわ!」        メイド「お嬢様、はしゃぎ過ぎですよ……」        お嬢様とメイドはプールに来ていました。        お嬢様「うーん、この塩素の香り! たまりませんわ! ご飯三杯はいけます!」        メイド「テンションが振り切れていらっしゃいますね」        お嬢様「さあ、泳ぐわよ、メイド!」        メイド「で、ですが、その…」        お嬢様「他の人の目など気にしていては生きていけませんわよ、メイド!」    お嬢様「あなたもいつかは社会に出るんですから!」        メイド「……そう、ですよね…」        神妙にメイドは頷きました。    そして、グッと拳を握り締め、叫びます。        メイド「お嬢様、泳ぎましょう!」        お嬢様「その粋よ! さあ、派手にぶちかましましょう!」        お嬢様も叫ぶと、プールに向かって走り出します。        メイド「お嬢様、飛び込みは禁止です…!」        お嬢様「そんなこと知ったことではないですわ!」    お嬢様「さあ、メイドも一緒に…!」        振り返ってメイドのところまで走ってくると、腕を掴みました。    そして、また全速力でプールに向かって……        メイド「えっ、ちょっ……きゃぁあああああっ!」        お嬢様「クックック…えーーーいっ!」        ;水に飛び込む音        水飛沫が大きく上がり、そこに虹が架かりました。    そして、お嬢様とメイドは係員に注意されながらも、楽しそうに笑っています。    いつものように、メイドがお嬢様に振り回され、それをお嬢様が笑う。    ずっと小さい頃から繰り返されてきた、二人の日常がそこにはありました。                ノーマルエンド          --------------------------------------------------  ◆ メイドの憂鬱  --------------------------------------------------    ※お嬢様視点    (リビング)    お母様「じゃあいただきましょうか」  お母様「いただきます」    お嬢様「いただきますわ」    メイド「…ぃ、いただき…ます……」    朝のリビング。  ついに、パンとスクランブルエッグだけになった朝食に、メイドにばれないようにそっと溜め息をつきます。    お母様「め、メイド? ここ数日、朝ごはんが質素ではない?」    メイド「…え? あ、本当ですね……」  メイド「…………」    お母様「…………」    完全に空返事。  メイドは、アタクシの方を睨んでは目が合うと逸らす、と云う動作を続けています。    お嬢様「……はぁ」    気を取り直してコーヒーを口に運びます。    お嬢様「……んぐっ…!?」    メイド「お、お嬢様っ、どうかなされましたかっ!?」    お嬢様「い、いえ…何もありませんわ……」    椅子から立ち上がるメイドをいなして、席につかせると、アタクシはカップの中を見てみました。  ……これは…。  コーヒーのなかには、七味唐辛子が入っていました。  そして、一見ミルクのように見える白い液体は、どうやらカルピスのようですわね。    メイド「………っ」    カップから顔を上げると、やはりメイドが目を逸らします。  やはり、アタクシに嫌がらせをしているのですね。  あの夜の次の日から、メイドは普段からは考えられないようなミスをするようになりました。  ミス…ではないですわね。だって、故意なのですから。  廊下で壁に激突し、5時間ぶっ続けで布団を叩き続け、そうかと思えば、何十回もアタクシの部屋に掃除に現れ……  ありえないミスをして、間接的にアタクシを非難しているのですわ。  お前のせいで調子が悪いぞ、と。  その最たるものが、今日のコーヒー。  どう解釈しようと、明確な敵意を持って攻撃してきています。      お母様「ずずっ……んんんっ!?」  お母様「ちょ、ちょっと、このコーヒー…!」    メイド「……(じー)」    お母様「め、メイドっ?」    お嬢様「……(ちらっ)」    メイド「……っ(さっ)」    今度は完全にスルーです。  そもそも聞こえているかどうか……。    お母様「ちょ、ちょっと…どうなってるの、これ…」    お母様が耳打ちしてきます。    お嬢様「……どうなってるんでしょうね…本当に……」    アタクシとお母様は、二人して溜め息をつきました。    …    (廊下)    メイド「……っ」    さっ。    メイド「……!」    ささっ。    メイド「……っ!」    さささっ。    お嬢様「………はぁ」    廊下にて。  何故かアタクシはメイドにつけられています。  ……本人はばれていないつもりなのでしょうかね。  さて。  アタクシもそろそろ…ちゃんとしなくちゃいけませんわ。  これ以上、メイドをこのままにはしておけませんもの。    お嬢様「……メイド」    メイド「……ぇっ」    アタクシは唐突に振り返りました。    メイド「ぁ、ぇと、こんなところで、奇遇ですね、お嬢様」    お嬢様「メイド……」  お嬢様「…………」  お嬢様「…ごめんなさいっ!」    アタクシは、メイドに深く頭を下げました。    メイド「ぇ、ど、どうしたのですか、お嬢様!」  メイド「お顔を上げてください!」    お嬢様「あなたに、アタクシは酷い、身勝手なことをしてしまって…」  お嬢様「だから、あなたはアタクシに意地悪をするのでしょう?」    メイド「いじ、わる…?」    お嬢様「本当に、ごめんなさい…」  お嬢様「アタクシ、どう償っていいか……」  お嬢様「悪戯で済まされない一線を、アタクシは越えてしまいましたの…」    メイド「あ、あの、よく話が見えないのですが……」    お嬢様「…だけど、お仕事をボイコットするのはやめてほしいのですわ」  お嬢様「アタクシだけでなく、お母様にも迷惑がかかってしまいますし…」    お母様「ふぅん、やっぱりお嬢が何かしたのね」    メイド「お、奥様…!?」    何故か、お母様が廊下の角から現れます。  ……アタクシをつけているメイドをつけていたのですわね…。    お母様「メイド、あなたに休暇を与えるわ」    メイド「きゅう、か?」    お母様「そうよ。最近のあなたは疲れているようだし」  お母様「そして、お嬢、あなたはメイドをどこか羽根が伸ばせるところに連れていってあげなさい」    お嬢様「けど、アタクシはメイドに…!」    メイドに、よく思われていません。  そんなヤツと一緒にどこかに行って…メイドが羽根が伸ばせるわけがありませんわ!    お母様「……そうね、これは母親命令よ」  お母様「何かを勘違いしているお嬢にも、休暇が必要だわね」    お嬢様「アタクシが何を勘違いしていると!?」    お母様「……そうだ、プールなんてどう?」  お母様「メイド、前にお嬢に水着買ってもらったんでしょう?」    アタクシの質問を無視し、どんどん話を進めてしまうお母様。  …ですが、プールと云うのはいい案かもしれませんわね。  もしかしたら、仲直りが出来るかもしれませんし。  ……と云うのは淡い期待ですわね、やはり。    メイド「わ、わかりました。じゃあ、いつ休暇をいただけるのでしょうか?」    お母様「早い方がいいですし、明日行ってきなさい」    メイド「あ、明日……お、お嬢様と二人だけで…プール……」    お嬢様「お母様、メイドはプールが苦手ですのよ!」    メイド「いえ、そんなことはないです。プール大好きです。めちゃらぶです」    ……それは皮肉なのでしょうか。  やはり、プールはやめた方が……。    お母様「プールで決定。元はと云えば、お嬢がプールに行きたがっていたのではないかしら?」    お嬢様「そ、そうですが…」    お母様「何を遠慮しているのかしらね、ウチの娘は」  お母様「普段、あんなに自分勝手なくせに、いざと云う時にはてんでダメね」    お嬢様「……ぐっ」    ……はぁ。  …そんな風に啖呵を切られては仕方がありませんわね。  こうなったら、メイドがアタクシのことを嫌いだとか、そういうことは関係なしにプールを思いっきり楽しんでやりますわ!    お嬢様「メイド! 明日はプールよ! 目一杯楽しむわよ、主にアタクシがっ!」    メイド「は、はい、お嬢様。お供させていただきます」    お母様「その勢いこそ我が娘よ」    お母様が訳知り顔で頷いているのが癪に障りますが、こうなったら皿までいただきますわ。  ……出来れば、メイドと仲直りしたいですが。  こうして、アタクシとメイドは明日プールに行くことになりました。    …    ※メイド視点    お嬢様とプール……。  あの夜……お嬢様に、き、キスされた晩から……この胸の疼きが止まりません。  気付いたら、お嬢様のことを考えていて、気付いたらお嬢様の方を見ています。それに…仕事でもミスばかり。  もしかしたら明日…この胸の疼きの正体がわかるかもしれません……。    メイド「……いえ」    わたしはもう、疼きの正体がわかっているのです。  でも…それを……直視することが出来ない……。  直視する、勇気がない…。  明日…明日なら。  お嬢様が選んでくれた水着を着ていながらなら。  その勇気が、湧いてくるかもしれません。    メイド「…………はぁ」    ドッキンドッキンドッキン……  今夜も、胸の高鳴りが収まりません。  ですから、寝てしまいましょう。  お嬢様を想いながら、寝てしまいましょう。  --------------------------------------------------  ▼ プールにて告白  --------------------------------------------------    (廊下)    お嬢様「準備は出来まして?」    メイド「はい、……準備完了です、お嬢様」    次の日。  相変わらず滅茶苦茶な朝ごはんを食べたあとすぐに、お嬢様とメイドは玄関にいました。    お嬢様「なら、行きましょうか」    メイド「……はい、お嬢様」    その声を合図に、二人は灼熱の太陽のもとに、出て行きました。  お嬢様は毅然と。  そして、メイドは少し、顔を俯かせ赤くなりながら。      (プール受け付け)    係「はい、大人二人で1200円です」    お嬢様「はい、どうぞ」    お嬢様は颯爽と学問のすすめを係員に渡します。    メイド「お、お嬢様…、メイドは自分の料金を…」    お嬢様「いいのよ、あなたの休暇で来ているのですもの」  お嬢様「それに……これくらい払わせてちょうだい」    メイドをやんわりとお嬢様は制しました。    係「どうぞ、お釣りです」    お嬢様「五千円札だけもらうわ」    係「え?」    それだけ云うと、お嬢様はメイドを後ろに湛えて去っていきます。  後には、手元に残った四枚の千円札を呆然と見つめる係員だけが残りました。    …    (脱衣所)    お嬢様「……ふぅ」    プールの脱衣所独特の、塩素の混じった臭いが、鼻につきます。  ……まあ市民プールだからしょうながないですわね。  色々ありましたけど、メイドを前から云っていたプールに連れてくることが出来たのですし、今日は思い切り楽しまないと損ですわよね。  さて。    ※選択肢  メイドの服を脱がす  服を脱がす、メイドの  脱がす、服を、メイドの    ……清々しいくらい最低な思考回路ですわね。  あの夜に、糞ほど最低な行為をしておいて。  メイドのことを何も考えずに、身勝手にあんなことをしておいて。  そして、メイドに数日間、ずっと意地悪されておいて。  …ですが。    お嬢様「アタクシは……」  お嬢様「これしかあなたとのコミュニケーションを取る方法を知らなくてよ!」    メイド「ぇ…?」    もみっ。    メイド「あの……」    もみもみ。    メイド「お、お嬢様……?」    もみもみもみもみもみ。    お嬢様「どうしたのかしら?」    メイド「あの、何をっ?」    お嬢様「何をって、着替えさせて差し上げようと思いまして」    もみもみ。  そして、少し弾力を楽しもうと思いまして。  ――さらに……仲直りしようと思いまして。    メイド「………えーとですね、他のお客様のご迷惑に…」    お嬢様「幸いにも他のお客様はいませんわね」    メイド「で、ですが、ここは公共の機関で…」    お嬢様「そんなの知りませんことよっ!」    メイド「きゃぁあああああッッ!?」    無理が通れば道理が引っ込む!  アタクシの前で理論などあんまんの薄皮に等しくてよ!  世界最速を狙えるレベルの速さで、メイドのシャツのボタンをはずしていく。  そして残るはブラジャー!    お嬢様「秘儀! 超高速ブラジャー外し!」    しかし、アタクシの指はブラジャーのホックではなく、フリフリとした布を掴みました。    お嬢様「……え?」    メイド「あ、ぇと……」    メイドは、真っ赤な顔をして上目遣いにこちらを見ます。  まさか、これは……    お嬢様「……何故あなた、水着を召しているの?」    本来ならば、シャツの下で胸を包んでいるはずのブラジャー。  それが、今日は、アタクシが買ってあげたフリフリ水着が胸を包んでいました。    メイド「そ、その…ぇと……」  メイド「…どうですか? メイドはちゃんとにかわいいですか?」    お嬢様「……何故、この水着を…?」  お嬢様「あなた、アタクシのことを嫌いになったのではなかったんですのっ?」    メイド「……ふぇっ?」  メイド「そんなこと、ありませんよ?」    お嬢様「……え?」    ……どういうことなんですの、これは。  …何がなんだかわかりませんわ!    お嬢様「じゃ、じゃあ何故、メイドはアタクシに意地悪を…?」    メイド「意地悪など、していません」  メイド「あれは、その…ミスです……」    お嬢様「……ミス?」    メイド「ぁ、ぇと……つ、つまりですね……」  メイド「つまり……つま、り……っ」  メイド「………ぁ」  メイド「……ううっ、ぐすっ……ひっぐ……うぇっ、ひぐっ……」    お嬢様「……メイド?」    メイド「……ごべんなざい…ごめんなさい、お嬢様……っ」    お嬢様「……どうしたの、どこか痛いんですの?」    メイド「へんなんです……っ! メイドのからだ、へんなんです…っ、ううっ…ぐすっ……」    お嬢様「どのように変なのかしら?」    出来るだけ優しく聞こえるような声音でアタシは問います。    メイド「い、いままでは…っ、いままでは…こんなことなかったのに……お嬢様の近くにいると…むねが…どきどきして……」    お嬢様「……え?」    ドキンっ。  何かがアタクシの胸を内から叩きます。    メイド「気持ちが……あふれてきちゃって……あのキスをした日から…おかしくて……」    ポタリと、最初の一滴が溢れてしまいますと、それはもう誰にも止めることは出来ない。  感情のダムが決壊してしまったかのように。  メイドは『メイド自身』の思うところを言葉に紡いでいきます。    メイド「メイドは…っ、メイドは、女の子でございます…っ! なのに、なのに……お嬢様のことを考えると……っ、なんで、こんな…っ!」  メイド「なんで、でしょう……なんで…女の子が、女の子のことを……こんなに、思って…っ、しまうなんて…っ!」    メイドが……あの、メイドが…アタクシのことを…?    メイド「ううっ…ぐすっ、お嬢様、教えてください……メイド、へんですよねっ…?」  メイド「気持ち、悪いですよね……っ?」    メイドの口から止めどなく溢れる不安。  自分は、おかしくなってしまったのか。  あの晩から、メイドはそう悩み続けていたのでしょう。  ならば……    お嬢様「…………それは、なんにも変なことではないですわ、メイド」    アタクシはメイドを抱きしめ、そう云いました。    メイド「……お嬢様」    アタクシを呼ぶメイドの掠れた声は、何かを期待するようなニュアンスが含まれているように……そう聞こえます。  ですが、アタクシがそれを受け入れてしまったら、メイドは幸せになれない。  メイドは勘違いしているだけ。  今まで、あまりアタクシ以外の人と接する機会がなかったから、自分の思いを理解出来ていないだけ。  メイドの思いを断つかのように、アタクシはキッパリと云いました。    お嬢様「………だってそれは性欲ですもの」    メイド「……ぇ?」    メイドは、胸に何かが刺さったかの如く、悲痛な顔をします。  ……やめてちょうだい、メイド。そんな、この世の終わりみたいな顔……しない、で……。  ですが、思考に反して、出る声は皮肉なほどに冷静で…    お嬢様「それ以外に、考えられるって云うのかしら?」    言葉の棘を、吐き出す。    メイド「……め、メイドのこれは、そんな下世話な…思いじゃないのです……っ!」    お嬢様「いいえ、違うわ。あなたはアタクシとキスがしたいだけ」    メイド「違います…! メイドは、メイドの思いは……」    お嬢様「ファーストキスでおかしくなっているだけ。その思いは一瞬だけのものですわ」    メイド「そんなことありません、メイドのこれは、一生……」    お嬢様「性欲よ」    畳み掛けるような物云いと、斬り捨てた思い。  それでもなお、メイドは食い下がろうとしてきます。    メイド「違います! メイドは……」  メイド「…いえ、わたしは…お嬢様のことを、お慕い申し上げているのです!」     お嬢様「……やめなさい、そんなことを云うのは」    メイド「ほんとうなのです…っ! お嬢様、わたしは…わたしは……お嬢様を、心から…心の奥底からお慕い申して…」    お嬢様「やめなさいッ!!!」    ビリビリと、空気が震えます。  何故、このような大声を出してしまったのか。  何故、アタクシはこんなにも、必死に目を背けようとしているのか。  何故。何故。何故。  ――何故……    メイド「おじょ、う…さま……っ」    お嬢様「――アタクシは、そんな思いをあなたに抱かせるためにあなたと接してきたわけじゃなくてよ、メイド!」    メイド「そ、それ、は…」    お嬢様「あの夜のキスも、今までの悪戯も、全部アタシの趣味、道楽…つまり遊びですわッ!! なのにあなたは…あなたは……」    メイド「……お嬢様…、泣いて……?」    お嬢様「……恥を知りなさい、メイドの分際で…っ!」    気付いたら、アタクシは駆け出していました。  頬を伝う熱いものを振り払うように。  何か大事なものに、背を向けて。    メイド「お、お嬢様……っ!」    お嬢様「興醒めです……、ぐすっ……お屋敷へ帰ります!」    メイド「………ぁっ」    お嬢様「ついてくるんじゃありませんっ!」    何か云いたそうなメイドを制すると、アタクシは、脱衣所を後にしました。  涙と、大事な人を残して。     (街)    お嬢様「ううっ……ぐすっ、なんで、アタクシ…泣いて……」    アタクシは……ずっとただの悪ふざけで……メイドにえっちなことをしたり、たまには優しくしてきましたのに……  なのに……っ! あんな、顔で……あんな苦しそうな顔で告白されたら、アタクシ……    メイド『メイドは……いえ、わたしは…お嬢様のことを、お慕い申し上げているのです!』    本当のメイドの思いを、メイドの言葉で……混じりけなしにぶつけられたら…アタクシは…アタクシは……  あの、キスのせいですわ。  あの夜、雰囲気に流されてキスをしなければ……    お嬢様「……違いますわ」    あのキスは、きっときっかけに過ぎない。  一時の気の迷いで、あんな顔で告白なんて出来るはずがありません。  メイドの思いは、昔から、ずっと積み上げてきたもの。  そのことを、アタクシは一番良くわかっていたはずですのに……。    お嬢様「――そして、アタクシもきっと……」      (街)    メイド「……お嬢様」    メイドのこの溢れる気持ちは、恋なのでしょうか、それとも性欲なのでしょうか?  メイドには…見当がつきません。でも…恋であって欲しい、と……そう思ってしまうメイドは…悪いメイドなのでしょうか?  思えば、お屋敷に拾っていただいて、お嬢様を一目見てから、この何とも取れぬ思いは、心の奥のほうで渦巻いていたように思えます。  だって、お嬢様が……幸薄いわたしに、最初に優しくしてくれた方なのですから…。    メイド「……うぅっ…おじょう、さまぁ……」    お嬢様は、気の迷いだと、そうおっしゃいましたけど、それは違います。  わたしは、きっと、ずっと昔から……お嬢様のことが……    メイド「――初めて会ったあの満月の夜から、お慕い申していたのです……」            (タイトル表示) -------------------------------------------------- ■ 過去 --------------------------------------------------  --------------------------------------------------  ◆ 二人の出逢いとポッキー  --------------------------------------------------    ※10年前    (庭)    メイド「うぁ、うぇっぐ……ぐすっ、ううう……」    その日の月光は雲を透け、暗い闇夜を仄かに照らしていました。  静かな夜です。梟がホーホーとどこかで鳴く声が聞こえ、森の木々のざわめきすら聞こえる……そんな夜です。  あるお屋敷のお庭で、一人の女の子が泣いていました。    メイド「うぇ……さむ、い……さむいよぉ……ううっ…ぐすっ……」    艶を失い、バラバラと乱れた緑髪の少女。  将来、このお屋敷のメイドとなる女の子です。    ――ザッ…ザッ……    そのとき、芝生を踏みしめる音が聞こえました。  満月を背にして、その女の子は毅然と歩いてきます。  最初からそこに彼女がいるのがわかっていたように。  あるいは、何かに導かれたかのように。  将来、主従関係となる二人の少女がその瞬間――出逢いました。    お嬢様「だれ、あんた」    無遠慮な調子で、そして脈絡なく、お嬢様は切り出しました。    メイド「……ふぇ?」    泣いていたメイドは、突然の声に顔を上げます。  見つめ合うこと数秒。沈黙。  お嬢様は目を逸らすことなく、夜だということを気にかける様子もなく……    お嬢様「ママ、庭に誰か入ってきちゃってるよ!」    当然の如くカミングアウト。    メイド「ご、ごめんなさ…っ」    メイドの咄嗟の謝罪など、まったく意味をなしません。    お母様「……ん? どうかしたの、お嬢?」    お母様が現れ、メイドを目の当たりにします。  どうやらお嬢様とお母様は夜の散歩中だったようです。    お嬢様「なんか、汚い子が…」    メイド「……っ!」    自分のことを指されているとわかり、ビクリと反応するメイド。  その表情は、恐怖ですくみ上がっていました。    お母様「……あら! どうしたの、ボロボロじゃない!」    お母様が駆け寄ります。  お嬢様も近寄ると、鋭い眼差しでメイドを睨みつけました。    メイド「……ぁ」  メイド「……ううっ……ひぐっ、うぇ、うぇぇ…ぐすっ……」    お嬢様「……痣」    ポツリ、と。    お母様「…え?」    お嬢様「この子、身体も傷だらけ…」    メイド「………ひぐっ、ひぐっ…」     お母様「……虐待、かしら」    お母様の呟きは、彼女達の空気に残留し、しばしの沈黙を作りました。  ブルブルと、不自然なほどに震えるメイドを宥める術を、お母様は知りません。    メイド「ううっ……ごめっ、ごめんなさいっ……」  メイド「わたし…っ、わるいこじゃ…、ううっ…ひっぐ……」    お嬢様「わかるよ、悪い子じゃないって」  お嬢様「……寒いの?」    メイド「……ひぐっ、さむくてっ……ううっ、さむくて、こわい……っ」    お嬢様「ふぅん……大変ね」    メイド「う、うぇっ……さむい…っ、わたしだけ…さむいっ…うぇっ…ぐすっ……」    お嬢様「………じゃあ、はい」    メイド「ふぇ……?」    お嬢様の腕が、しっかりとメイドを抱きしめました。  お互いの吐く白い息が、交わりあうほど近くに。  鼓動音が聞こえるくらい密着して。  互いを、温め合う。    お嬢様「こうすると……温かいでしょう?」    メイド「……うん…、とっても……あったかい……」    お嬢様「あたしも負けないくらい……あったかい」    お母様「……まあ」    お互いの熱を求めて、深く強く、繋がり合います。  その光景を見て、お母様はニコリと相好を崩しました。    お嬢様「汚いけど……近くでみると、かわいい顔してるのね」    メイド「………かわ、いい」    お嬢様「それに、温かい」    メイド「………ありがとう」    お嬢様「……ん」    時が経つのも忘れ、抱き合い続ける二人。  凍えきった心を溶かすほどに、その灯火は、満月の下で小さくても力強く燃え続けたのでした。        ※数日後  (廊下)    それから数日後の廊下。    お嬢様「いつまでいるの、あんた」    メイド「わかんない…けど、奥様はずっといていいって」    お嬢様「……そう」  お嬢様「……お母さんとかは?」    メイド「………こわいことするの、お母さんもお父さんも」    ブルブルと震えながら、メイドは云います。    お嬢様「ふぅん……」    メイド「……ここ、お父さんいないの?」    お嬢様「お父さんには、会ったことないのよ」    メイド「そっか……」    数秒の静寂。  互いの『事情』を知ったことで、沈黙が生まれました。  そして、その沈黙をおもむろに破ったのは、お嬢様。    お嬢様「ねえ、お腹空かない?」    メイド「…ちょっと空いたかも」    お嬢様「じゃあねぇ…これっ!」    自信ありげに取り出したのは緑色の箱でした。    メイド「お菓子?」    お嬢様「そう、ポッキー! じゃあ、はい」    お嬢様は開封すると、ポッキーを一本メイドに手渡します。    メイド「ありがとう……。んっ、おいしい」    お嬢様「あー! ダメよ、勝手に食べたら」    メイド「え?」    何故か怒った調子でお嬢様が云いました。    お嬢様「そこにお座りしなさい」    メイド「……こう?」    体育座りで、メイドが座ります。  それを見て、お嬢様は溜め息をつきました。    お嬢様「全然わかってない」    メイド「…ぁ、ごめん、なさい……」    何かに怯えるように、メイドの身体が身じろぎします。    お嬢様「…………」    メイド「ご、ごめんなさぃ……だから、ぶたないで…っ」    お嬢様「………ふぅん」    メイド「…ううっ、ごめんなさいっ…ひっぐ、うぇ……っ」    お嬢様「よしよし」    メイド「………ぇ」    脈絡なく、メイドの頭を撫でるお嬢様。  最初は驚きながらも、メイドは気持ちよさそうに目を細めました。    お嬢様「じゃあ、犬さんみたいにお座り」    メイド「……はいっ」    お嬢様「よくできました。よしよし」    メイド「……ぁ」  メイド「……ぇへへ」    お嬢様「じゃあ、三回回ってわんと鳴いて」    メイドは従順にもその場で三回回り、    メイド「わんっ」    そして、笑顔でそう鳴きました。    お嬢様「はい、ポッキー」    メイド「わんっ」    お嬢様「よしよし、かわいいな、あんたは」    メイド「えへへ、あなたもかわいいよ」    お嬢様「犬は喋らない」    メイド「うぅ……」  メイド「わんっ」    お嬢様「かわいいかわいい」  お嬢様「もういっこ、ポッキーあげちゃう」    メイド「わんっ」    パクッとポッキーを咥えると、メイドは嬉しそうに喉を鳴らしました。    お嬢様「ポッキーもっと欲しい?」    メイド「……(ふるふる)」    お嬢様「じゃあ、何してほしい?」    メイドは少し考えてから…    メイド「わんっ」    お嬢様の胸元に、頭をグリグリと入れました。  まるで、母犬にじゃれる子犬のように。    お嬢様「ふぅん、甘えん坊なんだ」  お嬢様「よしよし」    そしてその日は、夕食が出来るまで、お嬢様とメイドはずっと一緒に遊んでいたのでした。  --------------------------------------------------  ◆ メイドがメイドになる  --------------------------------------------------  ※数年後    (書斎)    それから時が経ち、お嬢様もメイドもすくすくと成長しました。    メイド「お母様……お話、とは?」    そんなある日、メイドはお母様に呼ばれていました。    お母様「うん、そうね……あなた、メイドをしてみるつもりはない?」    メイド「メイド、でございますか…?」    お母様「そう、メイド。あなたって料理も出来るし、色々なことに気がつくでしょう? 適任だと思うのよ」    メイド「…そうでしょうか?」    お母様「ええ、とても向いていると思うわ。それに、お給料もちゃんとあげるし」    メイド「い、いえ…お給料なんてそんな……! わたしはあの時から今日まで、育てていただいた恩だけで……」    お母様「ううん、そんなことは気にしなくていいのよ。親権はなくても、あなたは私の大事な…」    メイド「そ、それでも、ご給料なんて…いただけません!」    お母様「あらあら、でもそれでは、ご給料のことは置いておいて、メイドはやってくれる、と云うことかしら?」    メイド「はい…せめてもの恩返しです……」    お母様「あら、助かるわぁ! 実を云うと、来月にずっと使えてくれてたメイドさんがやめちゃうみたいで…」    メイド「そうだったのですか……。わかりました、前任の方に負けないよう、精進いたします」    そう云うと、メイドは深々と頭を下げました。     お母様「それでね、メイド。あなたには家事の他に、あの子の面倒も見てあげて欲しいのよ」    メイド「あの子、とは?」    お母様「お嬢様よ」    メイド「あ、ああ…お嬢様ですか」    お母様「あの子、あなたとは違って、生意気と云うか自分勝手なところがあるじゃない?」    メイド「……そうですか? わたしには、不器用なだけに見えますが」    お母様「…まあね。優しいのは私も分かっているんだけれど……でも、どこか腹黒いと云うか…」    メイド「はぁ…確かにそれは同意します」    お母様「あははっ…云うわね、メイドも。じゃあ、そう云うことであの子の面倒のほうもよろしくね!」    メイド「で、ですが、面倒とおっしゃられても、わたしには何をすればいいか…」    お母様「そうねぇ…基本的にはいつもと同じでいいんだけど…。ちょっとだけ、説教臭く接してあげてちょうだい」    メイド「説教臭く…? それはまた妙なことを…」    お母様「あなたのほうが、精神年齢は高いでしょう? 出来るだけ、お嬢様を戒めるような態度を取ってくれればいいわ」    メイド「……わかりました」    これが、後々メイドの性格を変えていく要因となるのでした。        ※数ヶ月後    (書斎)    数ヶ月後のあるお部屋で。    メイド「……はぁ」    メイドは椅子に腰掛け、溜息をついていました。  雑巾がけが終わり、次は二回目の洗濯をしなければならないのに、その足は動こうとしません。    メイド「………はぁ」    ?「どうしたのかしら、溜息なんてついちゃって」    メイド「あ、お嬢様…!」    ガタッとおもむろに椅子から立ち上がります。    お嬢様「いいわよ、そんな固くならなくて」    メイド「で、ですが、お嬢様は、メイドのお仕えするご主人様ですので」    お嬢様「……はぁ。そんなにカチコチしてるから疲れが溜まるのよ」    メイド「い、いえ、疲れてなどっ!」    姿勢を正して、ハキハキと答えますが、その表情は疲れを隠せていませんでした。    お嬢様「ひどい顔……してるわよ? はい、これ……」    メイド「こ、コーヒー…! そんな、お嬢様、こういうことはメイドにお申し付けください!」    お嬢様「はぁ……。コーヒー淹れるくらい、あんたの手を煩わせたくないわ  お嬢様「さあ、飲んで? 味はあんたより大分落ちるけど」    メイド「……でも」    お嬢様「あたしのコーヒーはまずくて飲めないかしら?」    メイド「い、いえ、そういうわけでは…」    お嬢様「ならば飲みなさい」    メイド「はい……頂きます…」    フーフーと息を吹きかけ、そうっとコーヒーを口に運ぶメイド。  コクリ、と喉を鳴らし……    メイド「んっ……あ、おいしいです、これ……」    お嬢様「そう?」  お嬢様「ふふふ、まああたしが淹れてあげたんだから当然なんだけど」    メイド「はい。なんだか、あったかい味がします……」    それから黙って数口ほどコーヒーをすすった後、お嬢様が切り出しました。    お嬢様「で、どうなのよ、メイドの仕事は?」    メイド「は、はい……バッチリでございます…!」    お嬢様「嘘おっしゃい」    メイド「ふぇっ」    お嬢様はコーヒーを置くと、メイドの頬に指を這わせます。  そしてツーと円を描くと、両手で頬を包みました。    お嬢様「あんたが……」  お嬢様「あんたが……他のメイドに馴染めないで、仕事もミスばっかりなのはあたしも知ってるんだから」    メイド「そ、そんなこと……」    お嬢様「辛いんでしょう?」    メイド「……ぁっ」    遮るようにメイドを抱きしめるお嬢様。  コツンとおでこをぶつけると、強い眼差しで、メイドの瞳を覗きます。    お嬢様「だけどあなたは……」  お嬢様「…この家への恩義もあるからつい頑張っちゃう……。うふふ、真面目な子ね、まったく」    メイド「お、お嬢様くるし…っ」    いっそう強く抱くと、お嬢様は妖艶な笑みを浮かべ、少し首をかしげました。    お嬢様「あたしの前くらいではリラックスしていいのよ?」    お嬢様はテラリと光る舌をメイドの首筋に伸ばすと…    お嬢様「……ぇろっ」    メイド「……ひゃぅっ!…お、お嬢様、くびすじ…っ」    お嬢様「んふふ……やっぱりあんたは悪戯のしがいがあるわね……はむっ」    メイド「ぁぁあっ、みみ、噛んじゃ……んんっ!」    耳を甘咬みされて、よがるメイド。  舌で耳の穴を陵辱され、ビクンビクンと肢体が跳ねます。    お嬢様「クックック……どう、感じるでしょ?」    耳に息を吹きかけながら、お嬢様は囁きます。  そんなことでもビクっと反応してしまうメイドはお嬢様の云う通り、耳が弱いのかもしれません。    お嬢様「うふふ、続き…するわよ?」    お嬢様は鼻を抜けるような声で云いました。  そして、メイドの服に手をかけたその時……  …メイドの手が、それを遮りました。    メイド「やめっ……ってくださいッ!!」    ドンと突き飛ばすメイド。  お嬢様は数歩後ずさった後、先ほどとは性質の違う、母性的な笑みを浮かべました。    お嬢様「あら……昔はあんなに素直だったのに」    メイド「や、やめてください! め、メイドもお嬢様も、もう大きいんですから!」    お嬢様「ふぅん……せっかく慰めてあげようとしたのにそんな態度取るんだ」    メイド「あ、当たり前です。メイドはお嬢様のメイドなので、毅然とした態度で職務にあたるのです」    メイドになるときにお母様に言いつけられた、態度。  それを念頭に置いて、メイドはお嬢様と接しているようです。  それを見抜いてか見抜かずか、お嬢様はニコリと笑いました。    お嬢様「……でもね、これは真面目な話…、辛くなったら、あたしを頼っていいのよ?」    メイド「……ぁ、ぅ……」    お嬢様「辛くなったら、ね?」    ゆっくりと前に進み出て、そっとメイドの手を取ります。    お嬢様「あたしはいつでも……あんたの味方なんだから」    メイド「…ぁ、え、……ぅう……」    お嬢様「そのことを忘れちゃダメよ」    メイド「………だ、だだだ、大丈夫です、お嬢様にはご迷惑をおかけしませんから!」    ;扉が閉まる音    お嬢様「うふふ…やっぱりメイドはかわいいわね」    残ったのは二つのコーヒー。  そのコーヒーに、お嬢様の悪戯な笑顔が映り、揺れているのでした。  --------------------------------------------------  ◆ お父様が帰宅  --------------------------------------------------  ※一年後    (書斎)    お母様の書斎に、今日もメイドは呼ばれました。    メイド「失礼致します」    ;扉が閉まる音    お母様「あ、よく来たわねメイド」    メイド「紅茶もお持ちしました」    お母様「あらあら、すっかりメイドが板についてきたようね」    メイド「はい、おかげさまで」    心地よい音を立てながら、メイドは紅茶を淹れます。    お母様「でも大丈夫? 疲れてない?」    メイド「はい。もう仕事には慣れましたから。体力もつきましたし」  メイド「……それよりも、奥様のほうが疲れているのでは?」    お母様「…あー、やっぱりわかっちゃうかしら」    メイド「……まあ、そうですね。顔と云うか雰囲気全体に疲労感が滲み出ていらっしゃいます」    お母様「そりゃ、お嬢様と毎日顔付き合わせてちゃそうなるわよ、まったく」    メイドが手渡したカップを口に運びます。    お母様「うん、おいしいわ。随分紅茶を淹れるのも上達して…」    メイド「ありがとうございます」  メイド「それで…淑女教育……でございましたっけ? それは順調なのですか?」    『淑女教育』と云う言葉を聞いたお母様のこの表情。  あまり上手く行っていないようです。    お母様「そうね……お父さんにそろそろちゃんと教育しとけ、って云われて…敬語とか教えてるけどなかなか…ね」    メイド「まあ、お父様が…!」    お母様「ほら、お父さんって、ずっとあの子と会ってなかったでしょ? それで、お嬢が反発してて…」    メイド「ああ、なるほど……」    お母様「大変なのよ、色々と。あの子は根がお転婆だから」    メイド「あははは…」          (廊下)    お嬢様「ご、ご機嫌麗しゅうことよ、メイドさん」      メイド「これはまた、変にこじらせていますね」    噂をすれば、と云うやつでしょうか。  メイドがお母様の書斎から出ると、丁度お嬢様が歩いてきました。    お嬢様「だ、だって、今更常時敬語使えって…無謀でしょうっ!? ……ですのよ」    メイド「まあ、そうですね。話し方と云うのは、自然と身につくものですし」    お嬢様「悪かったね、自然に身につかなくて。……ですわよ!」    メイド「あはは…お嬢様もお嬢様で苦労なさってるご様子で」    お嬢様「そうね、苦労なさってるわ、本当に、ね……」    メイド「……お嬢様?」    お嬢様の声のトーンが落ち、思わず声をかけるメイド。  お嬢様の表情は、何かに追い詰められているようでした。    お嬢様「………もうすぐね、お父様が帰ってくるらしいの」  お嬢様「そこで……少しでもしっかりしたあたしを…見せたいな、って。……ですわよ」    メイド「お嬢様……」    お嬢様「でも……あたし、全然、上手く出来なくて……こんなんじゃ……」    震える声。彷徨う視線。  それは、誰かの助けを求めているかのようで……    お嬢様「……なーんてね」    メイド「……え?」    お嬢様「冗談に決まっているでしょ」  お嬢様「クックック……ずっとあたしを無視してきた男に、一発ぶちこんであげる気よ、あたしは!」    メイド「…お嬢様、言葉遣い」    お嬢様「あ、あら! アタシったらなんてはしたない! おほほほっ! ではご機嫌麗しゅう!」    さっきとは打って変わった態度でメイドの横を通り抜けると、お嬢様はお母様の書斎に入って行きました。    メイド「もう…お嬢様は」    呆れたように笑うメイド。  しかし、その瞳には一抹の不安が渦巻いているようでした。        ※数日後    そして数日後……    ;扉が閉まる音    お父様「やあ、帰ったぞ!……って、お? 全員でお出迎えか?」    扉が音を立てて閉まると、お父様が元気よく帰ってきました。  それを見越してか、すでに玄関にはお屋敷の者が一人を除いて全員集まっていました。    お母様「まあ、久しぶりね、あなた!」    お父様「ああ、そうだな。元気してたか?」    抱擁を交わすお父様とお母様は、互いの無事を確認するように背中を叩き合います。    メイド「お帰りなさいませ、ご主人様」    お父様「ん? ……ああ、キミが例のメイドちゃんか」  お父様「いつも頑張ってくれてるみたいだね。手紙に書いてあったよ」    メイド(……十数年ぶりの帰宅だと云うのに、随分とあっけらかんとしてらっしゃる…)    メイドは返事をせず、訝しげにお父様を見やりました。    お父様「……そうだ、お嬢はいないのか? おーい、お嬢ー」    お母様「ああ、お嬢は…」    メイド「……お嬢様は体調が優れないようなので自室に篭っておいでです」    お父様「………そうか」  お父様「じゃあ仕方がないな! よし、飯にしようじゃないか!」    メイド「…………っ」    お父様「ちょっと期待しちゃうなー! やっぱ飯は日本のが美味いし…」    メイド「………ご主人様」    お父様「ん? どうした、メイド」    浮かれるお父様を、メイドの氷のような視線が突き刺しました。     メイド「………それだけでございますか?」    お父様「ん? 何が?」    メイド「お嬢様は…ッ!!!」  メイド「………お嬢様、は…あなたとの邂逅をとても、不安で…それと同時に楽しみにしていらっしゃったのです……」  メイド「……その負担からか、今日は寝込んでしまっていますが」    お父様「そうだったのか。そこまで思ってくれてるってのは嬉しいな」    メイド「……なのにッ!!」  メイド「あなたは……そんなあっけらかんと…まるで、お嬢様のことはどうでもいい、と云い兼ねないご様子…」    お父様「いや、そんなことないぞ? もちろん、俺はお嬢が心配だよ」    メイド「…どの口が……」  メイド「どの口が、それをおっしゃるのですかッッ!!」    ガンッ。  メイドは床を強く蹴りながら怒鳴りました。  今ここにいない誰かの思いを肩代わりするように…  報われなかった努力を果たすように…    お父様「メイド? どうしたんだよ、そんなに怒って」    メイド「……っ!」  メイド「ここまで云ってもわからないのですかッ!? あなたは……あなたは、お嬢様の父親失格――」    お嬢様「――やめなさい、メイド!」    そのとき、別の怒声がメイドの怒声を遮りました。  お嬢様です。  彼女は、ゆっくりと優雅に階段を下ってくると、そっとメイドの肩に手を置きました。    お嬢様「……口を慎みなさい、メイド。あなたのそれは、ご主人様に対する態度ではなくてよ?」    メイド「は、はい……」     メイド(数日前までは、あんなにも危なっかしい感じでしたのに……。今はとても凛とした態度でございます…!)    メイドは驚きと共に、お嬢様の一挙一動を見逃さまいと、背筋を伸ばしました。    お嬢様「お初にお目にかかりますわ、そしてお帰りなさいませ」    お嬢様はペルシャ猫のようにスラリと姿勢を正し、華麗にお辞儀してみせました。    お父様「お、おう……。俺のほうは産まれたときに見てるんだけどね」    お嬢様「あはは、そうでございましたか。しかしアタクシは、初めて、でしたので……」    邪気のない笑顔。  普段のお嬢様を知る者が見れば二度振り返るほどに、恐ろしく違う性質の、しかし違和感のない笑顔でした。    お父様「うん、いや…驚いたなぁ。手紙で聞いてたよりも、ずっとお淑やかだ」    お嬢様「そうでございますか?」  お嬢様「それならば、淑女としての心得も学んだ甲斐があったと云うものです」    お父様「うんうん、申し分ないお嬢様だ、キミは」    お嬢様「あらあら、お褒めの言葉を頂いてしまいましたわアタクシ」  お嬢様「……そうだ、お返しと云ってはなんですが、アタクシこの日のためにプレゼントを……」    お父様「うん、なんだ、プレゼントか?」    お嬢様「ええ、ずっと会ったら渡したいと考えておりまして……さあ、こちらへいらしてお父様」    お父様「おう? なんだろうなぁ……」     お父様は本当に嬉しそうにお嬢様の近くまで寄りました。  そう、丁度、拳が綺麗に届く間合いまで。    お嬢様「――はァあああッッ!!」    ;鈍い音    お父様「――ヴッ・・・!?」    ;何かが割れる音    拳。浮く身体。割れる花瓶。倒れこむ人影。  それは一瞬にして、圧倒的な暴力を持ってして行われました。    メイド「お、お嬢様…!? な、なにを…!」    お嬢様「何をって、殴っただけですわ。云ってあったでしょう? 会ったら一発お見舞いして差し上げると」    お母様「あらあら、うふふ」    メイド「で、ですが、そんなに目一杯全力で殴らなくても……」    頬を握りしめた拳で打たれたお父様は、壁にもたれながら泡を吹いて倒れています。    メイド「ほら、ご主人様も気絶しておいでですよ…!」    お嬢様「そんなの知りませんわ! アタクシがスッキリすることのほうが優先ですのよ!」    メイド「……はぁ、本当にお嬢様は滅茶苦茶であられます」    そう云いながらも、メイドの声音はどこか満ち足りたものでした。    お嬢様「クックック……さて、あと100発これをお見舞いしないと気が晴れないのですが……」    お母様「あらあら、死んじゃうわよ?」    お嬢様「うん、でもこれで勘弁しておきますわ。殴るほうも痛いのですね、これ」    お母様「そうよ。私もこの人をよく殴ってきたからその痛みわかるわ」    メイド「この母あってこの娘あり、ですね…」    お嬢様「でもまあ、さっきの一発で、お父様のアタクシにしたことははチャラですわ」    メイド「お嬢様……」    お母様「ずいぶん安くついたわねぇ」    お嬢様「……まあ、いつまでもウジウジと引きずっているのは、アタクシの性ではないですし」  お嬢様「それに少し……やりすぎたかも…しれませんし……」    お母様「そんなことないわよ。お父さんが目を覚ましたら夕食にしましょ」    メイド「…………」    不安そうに揺れるまつ毛。  メイドはお嬢様の仕草を見つめながら、ただ黙っています。  お父様が目を覚ましたのは、それから一時間後のことでした。          宴もたけなわ。  お嬢様はメイドを連れて夜の庭に出ました。    お嬢様「はぁ…疲れましたわね」    メイド「そうですか? けれど、お父様とも大分お話しできたみたいで楽しそうだったじゃありませんか」    お嬢様「そうかしら。腹の中は、黒いもので一杯だったのですけど、顔に出ていませんでしたか、良かったですわ」    メイド「あはは…」    二人は少し歩くと、どちらともなく夜空を見上げました。  しばらくの間、満月を眺めていると、メイドの方から口を開きます。    メイド「…そうは云っていても、さらに腹の奥のほうでは嬉しいのですよね?」    お嬢様「……どうかしらね」    メイド「うふふ、素直でありませんね、お嬢様は」    お嬢様「……な、なんですの、知ったような口を聞いて…」    メイド「知っていますよ。お嬢様のことはなんでも」    お嬢様「……っ」    お嬢様「ちょ、メイド、離しなさ…っ!」    慌てて振り払おうとするお嬢様を、強く抱きしめ、メイドは囁きます。    メイド「かっこ、よかったです……」    お嬢様「…………なんのことかしら」    メイド「毅然とした態度で、お父様に向かわれたこと、心打たれました」    お嬢様「……そんな大層なものではないわ。それに……」    メイド「…不安、なんですよね? 殴ったことで、お父様にどう思われたか」    お嬢様「そんなこと……あるわけないでしょう」    メイド「殴って、お父様にどう思われるかとても不安だった」  メイド「ですが、お嬢様の中の『譲れないもの』を守るためには殴らざるを得なかった」  メイド「……自分が、自分としてそこに存在するために。お父様と、正面を向き合った関係を作るために」    お嬢様「さあ、どうかしらね」    メイド「まあ、素直じゃないお口ですこと」  メイド「ならば何故、お嬢様はお部屋に引き篭もってお出でだったのでしょう?」    お嬢様「………はぁ。そうですわよ、不安でしたわよ。これで満足かしら?」    メイド「ヘソを曲げないでくださいませ、お嬢様。メイドは、お嬢様の不安を少しでも和らげてさしあげたい、とそう思っているのです」    お嬢様「へぇ……不安を和らげる、ねぇ……」    ニヤリといつもの笑みを向けるお嬢様。  そのおでこに、メイドのデコピンが入りました。    メイド「えっちなことはダメです」    お嬢様「いてっ…! んもうっ、ご主人様にデコピンとは悪いメイドね」    メイド「うふふ、ご主人様には及びませんことよ」    お嬢様「……はあ、まったく。いつからこんなにもクールになったのかしらね、あなたは」    メイド「さあ? いつからでしょうか」    ふざけた調子で云うメイドにお嬢様を溜息をつきます。    お嬢様「まったく…小さい頃はアタシの云いなりでしたのに…」    メイド「メイドも成長しています」    お嬢様「ふん、色々変わりましたわよね、あなたは」    メイド「お嬢様は変わりませんね」    お嬢様「悪かったですわね!」    メイド「ですが、メイドにも変わらないものはありますよ?」    お嬢様「ふぅん。なにかしら?」    メイドはギュッとお嬢様を深く抱きしめると……  お嬢様の瞳をしっかりと見据えながら……    メイド「いつでも、お嬢様の味方、と云うことです」    そう、云いました。  今までのなかで、最高の笑顔で。    お嬢様「……ぇ、ぁ……」    メイド「……お嬢様? どうされましたか?」    お嬢様「な、なんでもないですわっ! と、と云うかっ、いつまであなたはアタシにくっついている気!?」    メイド「あ、これは失礼いたしました」    メイドはそっとお嬢様の肩から手を離すと、優雅にスカートの裾を上げました。    お嬢様「まったく……。でも……その……ありがとっ」    メイド「……はい、お嬢様」      (タイトル表示)   -------------------------------------------------- ■ エンディング -------------------------------------------------- ※告白された次の日の夜 (お嬢様の部屋) お嬢様「……はぁ」 思い返してみると……色々、ありましたわね。 アタクシがメイドの支えになって……そしてメイドが、アタシの支えになっていたのですね。 ……本当に、二人で寄り添って生きてきました。 お嬢様「……はぁ」 ですが…そんなアタクシ達の関係も、簡単に壊れてしまいますのね。 結局、あれからメイドとは一言も喋っていませんわ。悪戯でもすれば、また元の関係に戻ると考えていましたのに…… お嬢様「当のメイドが自室に引き篭もってるとなると……。はぁ……」 お嬢様「…多分、仮病なのでしょうけど」 アタクシは、窓を叩いてくる雨を眺めながら、雨雲の上の満月を思い、もう何度となるかわからない溜息をまた一つ、積み上げるのでした。 (メイドの部屋) メイド「ううっ……ひぐっ、うぇっっぐ……」 メイド「ぇ…っく、ひぐ……うぅぇえ……」 涙が、止まりませんでした。 もう、何日間こうして泣き続けているのでしょうか。 仕事をほっぽり出して、ただベッドの上で毛布を被って。 わたしは、馬鹿者でございます。こんな、部屋に引き篭もっていても、何も問題は解決いたしませんのに… メイド「……ひぐっ、ひっぐ……」 ですが…怖いのです…。 この部屋から出たとき、お嬢様が、どんな顔をしてこちらを見るのか……それを考えると…わたしは…… メイド「……うぇっ、ううっ、ひっぐ、……こわい、よぉ……なん、で、…わたし、あんなこと……っ」 メイド「わたしは…っ、おんなのこなのに……っ! あたまがおかしいのに……っ」 ……わたしは、この『異常』をお嬢様に…押し付けたのです。 何にも包むことなく、直接、投げつけたのです…… お嬢様が、どう感じるかも想像せず……自分勝手に……! メイド「こんなっ…ひぐっ、こんなわたしが……お嬢様のとなりに……居ていい道理など…ううっ……あるわけっ、ないっ!」 メイド「……そうですわ。……そうです。わたしが……こんなわたしが、まだお嬢様にお仕えしているなんて……ありえません」 メイド「わたしが…お嬢様にお仕えすることなんて……もう……出来ない…っ!」 わたしはベッドから這い出ると、机に向かいました。 お嬢様に、別れを告げるために―――。 ※次の日 (リビング) お嬢様「……はぁ、今日もメイドは部屋から出てこないのかしら」 朝。 今日も食卓には、メイドの姿が見えませんでした。 お母様「何故、関係修復するためにプールに行って、もっとこじれて帰ってくるのかしら」 お母様「本当に不器用ね、あなた達は」 お嬢様「……器用に出来て、たまるものですか。このような難しいこと」 お母様「ふぅん……」 お母様「あなたが素直になれば、もう解決しているように見えるけれど」 ジロリとお嬢様の方を向くお母様。 それに反応してお嬢様が視線をそらします。 お嬢様「……なんですの」 お母様「うふふ……ウチの不肖の娘は、いつ行動を起こすのかと思ってね」 お嬢様「なんのことだか、皆目見当つきませんことよ」 お母様「あらそう。そう云えば、こんな手紙が、朝にこんなところに置いてあったのだけれど」 白い封筒をどこからか取り出し、お母様はヒラヒラと振って見せます。 お嬢様「『お嬢様へ』……ってこれは……ッ!?」 お母様「メイドからあなたに宛てての手紙見たいだけれど……欲しい?」 お嬢様「欲しい、です……」 その言葉を聞くと、お母様はどこかで見たような嗜虐的な笑みを浮かべました。 お母様「なら、おねだりなさい」 お嬢様「……っぐ…」 お母様「さあ。早く」 有無を云わさぬ物云いに、お嬢様がゴクリと唾を呑みます。 お嬢様「お願い、します……お母様…」 お母様「よろしい。じゃあ、さっさとあの子のところへ行ってあげなさい」 この母親あって、この娘と云うべきでしょうか。 お母様はお嬢様に封筒を手渡すと、手を振って廊下に消えていました。 それを見送ったあと、お嬢様は真剣な眼差しで封筒を開くのでした。 (駅のホーム) アナウンス『まもなく電車が参ります。白線の内側に…』 メイド「…………お嬢様」 ;電車 アナウンス『ドアが、閉まります…』 ;扉が閉まる音 メイド「…………お嬢様、わたしは…どうすれば、良かったのでしょうか」 メイド「自分に嘘をついてまで、最愛の人の隣にいれば良かったのでしょうか」 メイド「教えてください……お嬢様」 アナウンス『電車が発射いたします…』 ;電車 … 電車がトンネルに消えてから長い時間が経ちました。 駅のホームには、ぽつねんと一人の女の子が立っていました。 まるで、世界に一人だけ取り残されたかのように、存在が曖昧でした。 そこに、人影がゆっくりと、歩いてきます。   ?「お客様、お乗りにならなくて、良かったのですか?」 人影は聞きます。 メイド「……すみません、ぼーっとしていたもので……」 ?「ぼーっと……。何か考えることが?」 メイド「はい……色々と、考えることが…あるんです。答えは、どれだけ考えても出ることはありませんが」 メイド「もしかしたら、答えなんてないのかもしれませんし」 ?「……答えが、ない…」 ?「そんなにたくさんの荷物を持って、どこかに旅行に?」 メイド「いえ……どこにも行けませんの」 メイド「どんなにたくさんの荷物を持っても……わたしの旅行カバンには、一番……ううっ、一番…大事なものが……」 メイド「一番大事なものが……入っていないのですから…っ!」 旅行かばんはガラガラと音を立てながら、メイドの手から離れて行きました。 離れた手は、よろよろと、迷子のように空中を彷徨ったあと…自身の目を覆いました。 拭えども拭えども溢れてくる涙を、嗚咽を、メイド自身にはもう、止めることが出来ません。 彼女は、自分自身で……一番大事なものを手放してしまったのですから。 メイド「うぅっ……うぇっ、ひっぐ…お嬢様ぁ…おじょ、うさまぁ……っ!」 メイド「わたしは……ひぐっ…わたしは、どこに…行けばいいのでしょうか……っ」 メイド「…ぇ、っぐ、ひっぐ……ううっ……わたしには…お嬢様の隣いがいに……この世界に…居場所なんて……ないのにッ!!」 ?「クックック…本当に馬鹿な子ね、あなたは」 メイド「……ぇ?」 お嬢様「アタクシの隣にしか居場所がないのなら、離れなければいいいだけですのに」 お嬢様「馬鹿ね……本当に、あなたは……馬鹿ね…っ」 メイド「ぉ嬢さま……お嬢様ぁ……っ」 お嬢様「……メイド、メイド…っ」 重なりあう二つの影。 一つになった、互いの思い。 誰もいないホームで、二人の声は、いつまでも響いていました。 (街) メイド「…………」 チラッ。 お嬢様「……ん?」 メイド「ぁ……」 サササッ。 お嬢様「……?」 メイド「…………」 チラッ。 お嬢様「………ん」 メイド「ぁ……」 サササッ。 明らかに、メイドが挙動不審でした。 お嬢様「……はぁ、なんですの、あなたはさっきから…!」 メイド「い、いえ……なんでも、ありません……」 お嬢様「あのねぇ、メイド。云いたいことがあったらちゃんとに云いなさい」 メイド「で、ですが……」 お嬢様「ですがもヨスガもありはしませんわ! ウジウジといつまでも…メイドでしょう、しゃきっとなさい!」 メイド「う、うう……」 お嬢様「いつまでもウジウジ黙ってるなら………にひっ…! 嬌声でも上げていたほうがマシでしてよ? 」 悪戯っぽい顔で笑うと、メイドの胸に飛びかかるお嬢様。 両手で胸を覆うと、ゆっさゆさと揉み始めます。 メイド「ひぃぅっ……な、なんで、お嬢様は……んんっ、ぁあっ、…すぐにっ、そっち方面に……っ」 お嬢様「今までも、ずっとこうしてきたでしょう?」 メイド「それはお嬢様が……むぐっ!?」 メイドの言葉を遮るように、お嬢様はメイドの唇を奪いました。 お嬢様「れろっ…ちゅぱっ、ちゅっ、ちゅっ……ぶふっ、ぇろ…あむっ、ちゅっ……」 メイド「おじょ、う……んちゅっ、んむっ、ふっ……んんっ、むぐっ…おじょう、さま……」 トロンと蕩けた表情で、お嬢様の舌に応えるメイド。 確かな情熱を持って、舌を絡めていくお嬢様。 深いキスは、長い時間続きました。 お嬢様「れろっ……んーっ、ちゅっ……ぷはぁ」 お嬢様「……好きよ、メイド」 メイド「もうっ、お嬢様、いきなりなにを………って、え?」 お嬢様「だから…好きって云ったのよ……」 メイド「……え、それって」 お嬢様「もう、面倒な馬鹿メイドですわね! アタクシはあなたが好きっ! わかりましたか!?」 メイド「ぇ、あ、はい……」 お嬢様「……わかったら、行きますわよ!」 メイド「え、どこにですか?」 お嬢様「家に決まっているでしょう!」 メイド「あ、はい……」 お嬢様はメイドの腕を強引に掴むと、歩き始めました。 メイドはポカンと呆けた顔で、ただそれに従うのでした。 (街) それから数分後。 メイド「…………お嬢様」 お嬢様「……なんですの」 呆けていたメイドが、おもむろに口を開きました。 メイド「もしかして、メイドのことを好いていると……そのような意味のことをおっしゃりませんでしたか?」 お嬢様「……今しがた、云ったばかりですが」 メイド「……えーと、と云うことは………………ってえぇえぇぇぇぇぇぇえええええッッ!?」 お嬢様「さっきからなんですの、あなたは!!」 叫ぶメイドに、真っ赤な顔でお嬢様が叫び返します。 二人共、テンションがおかしくなっているのですね。 メイド「え、好きって……えっ? わたしの、わたしのことが……好きって……えっ?」 お嬢様「………はぁ、まったく、あなたは……」 お嬢様「わかりました、もう一度だけ云います」 メイド「…………はい」 すぅと息を吸い、そして、ゆっくりと吐き出しました。 お嬢様「――アタクシは、あなたをお慕い申しておりますわ、メイド」 メイド「…………ぁ」 お嬢様「…………」 メイド「……ぅ」 お嬢様「……なんか、云ったらどうなんですの」 メイド「……っ、……ううっ……ひぐっ、ううっ………」 ポロポロと、メイドの瞳から涙が流れ、頬を伝ってアスファルトを濡らしました。 お嬢様「なんで泣くのよ…!」 メイド「はぃ……ごめん、なさいっ……ひっぐ…でも…、うれしくて…涙が……っ」 お嬢様「…泣かないでちょうだい、メイド。アタクシはあなたの泣いてる顔なんて見たくなくてよ?」 メイド「お嬢様……っ、まって、あと……少しで…っ、ひっぐ…泣き、やみますからぁ……」 お嬢様「……もう、泣き虫メイドね、あなたは」 優しく、抱擁。 背中に腕を回すと、メイドはお嬢様の胸に身体を預けました。 メイド「ううっ……うわぁああああああっ!!」 メイド「こわかった、こわかったんです……っ、わたしにはっ、…おじょうさま、…しかっ…ひぐっ……おじょうさましか、いませんから……っ!」 お嬢様「馬鹿ね。あなたをアタクシが嫌いになるはずなんてないじゃないの」 メイドの髪を愛おしげに撫でると、お嬢様は囁きました。 メイド「ひぐっ……おじょうさままで、失ったら……わたしっ、どうすればいいんだろう…って、こわくて……っ」 お嬢様「なのに、自分の意思でアタクシから離れようとした。本当に救いようのないお馬鹿さんですのね……バカ正直過ぎますわよ、あなた」 メイド「そうなんです…っ、バカ、なんです、わたしぃ…っ!」  メイド「おじょうさまがいないと……っ、何にもできなくて…っ! だから、ずっと、……一生、わたしをそばに……っ、おいてください…おねがいします…!」 お嬢様「……まぁだわかっていないようね、メイドは」 メイド「……ぇ?」 お嬢様「アタクシも……あなたがいないと、………何も出来なくてよ」 メイド「……ぁ」 お嬢様「アタクシにも……あなたが必要ですのよ、メイド」 メイド「わたしにも……わたしにも、お嬢様が必要ですっ!」 涙を湛えたメイドの瞳が、お嬢様の瞳と交わり…… 二人の顔は、また少しずつ近づいて…… お嬢様「うふふ……メイド……ちゅっ…」 メイド「……おじょう、さま……ちゅっ……」 お嬢様「はい、おしまい」 メイド「…ぇ?」 啄むような、触れるだけのキス。 それでお嬢様は、唇を離しました。 お嬢様「アタクシ、うっかり失念していましたけれど……」 メイド「……?」 お嬢様「ここ、人の往来の真ん中でしたわ」 メイド「……ああああぁああああぁあぁぁぁぁっ!! そうでしたぁあぁぁぁぁぁあっっ!」 お嬢様「うふふ、衆人の耳目の前でキスして蕩けた顔になっちゃうなんて……さてはメイド、露出で感じる変態なのでなくて?」 メイド「そ、そんなことないです!」 お嬢様「クックック…冗談ですわ。さあ、お屋敷へ帰りましょう?」 メイド「……はい、お嬢様」 恥ずかしいのかメイドは早歩きで。 お嬢様は飽くまでも毅然とした足取りで。 性格が正反対の二人。 ですが、その手はしっかりと…繋がっていました。 ※夜 (メイドの部屋) 夜。 わたしは自分の部屋で、今日あったことを一から全部思い返していました。 ベッドの上で。 絶望からではなく、恥ずかしさから毛布を被りながら。 メイド「……わたしは、幸せ者にございます。朝起きた時の絶望が嘘のように……夜にはこうして、同じベッドで寝ることが出来るなんて…」 メイド「お嬢様の、おかげです……。わたしは、お嬢様がいたからこそ、こうやって生きてくることが……」 メイド「………きです」 メイド「……好きです、お嬢様! 好きです…! 好きで、好きで……堪らないです…!」 メイド「お嬢様……わたしを…、馬鹿なわたくしめを……どうか……っ!」 ;扉が閉まる音 メイド「……ひぃっ!?」 そのとき、誰かがわたしの部屋に侵入してきました。 お嬢様「はぁ…。様子を見に来てみれば、何をあなたは恥ずかしいことを垂れ流しにしていますの?」 メイド「お、お嬢様…!」 パジャマ姿のお嬢様が呆れた顔でこちらを見ていました。 まさか…今の言葉全部を…… お嬢様「……勘弁してちょうだい」 お嬢様「…本人のいない前で…その、好き……などと連呼するのは……」 ああ、やっぱりでございますか…! メイド「も、申し訳ありません…」 お嬢様「ま、まあそれはいいとして……」  お嬢様「そ、それで……明日の話なんですけど……」 メイド「明日…?」 お嬢様「えーと…その……プールに行きましょう…!」 メイド「……プール」 お嬢様「その…メイドが、殿方の目があるから嫌だって云うのは…重々承知しているのですが……」 お嬢様「でも、やっぱりアタクシは、メイドとプールに……」 上目遣いで、不安そうに尋ねてくるお嬢様。 いつもならば強引に、わたしの意思など関係なしに決めてしまうはずですのに。 ……少し、ですが大きな変化。 大事にされている、と云うことが分かり、思わず胸が温かくなってしまいます。 お嬢様「やっぱり……ダメ、ですわよね…」 断る理由など、ありませんでした。 メイド「大賛成です」 お嬢様「……え? で、でも…恥ずかしいって……」 メイド「殿方の目なんて気にしてる暇ないです。…………だって、わたしの目は、お嬢様に釘付けなんですもの…」 お嬢様「……なっ! あ、あなた、な、何を云って…!」 メイド「うふふ、顔が真っ赤ですよ、お嬢様」 お嬢様「ぁ、ぅ……ば、馬鹿っ! 馬鹿メイドっ!」 プイッと顔を逸らすお嬢様。 昔から、お嬢様は何か恥ずかしいことがあるとすぐにそうします。 そして、その真っ赤に染まった顔を見ていると、だんだんとお嬢様への愛しい思いが沸き上がってきて…… メイド「お嬢様…あの、お願いが……」 お嬢様「…なにかしら?」 メイド「そ、その……お休みの、キス、を……」 つい、そんなことをおねだりしてしまいます。 お嬢様「……もうっ、すっかりキス魔ね、メイドは」 メイド「は、はい……すみません……」 お嬢様「すぐ謝らないの。あなたの悪い癖ですわよ?」 メイド「ご、ごめんなさい…!…………あ」 また、謝ってしまいました。 お嬢様「もうっ……そう云うところが…可愛いのですわ……ちゅっ」 メイド「ぁ……ちゅっ……ふぁっ……んふっ、ちゅっ…」 舌を絡めずに、思いだけを口付けます。 ぽかぽかとお嬢様の唇が触れた部分が熱を持つようでした。 お嬢様「うふふ……どう? えっちなキスばっかりじゃなくて、たまにはこう云うキスもいいでしょう?」 メイド「ふぁ……好きです…きすも、おじょうさまも……はむっ」 お嬢様「キス魔ね……ちゅっ、本当に……ちゅっ、ちぅっ……ふっ、あむっ…ちゅっ……」 メイド「おじょうさま……もっと、つよい、の………むぐっ…!」 お嬢様「んふっ、いつから、こんなに……んちゅっ、れろっ、ぶふっ……うちのメイドはえっちになったのかしら……ちゅるっ、ぇろっ、ふっ……」 お嬢様の舌が、わたしの口に入ってきて、舌をすくい取り転がします。 ひたすら舌を絡めるうちに、もう何がなんだかわからくなってきました。 メイド「おじょうさま……れろっ、ふっ、ぁああっ…ちゅっ、ぁあっ……おじょうさまぁ……」 そして、随分と長い間、キスをしていたように感じました。   お嬢様「……ぷはぁっ」 唇を離すと、ツーと唾液の橋が架かります。 メイド「……はぁ、はぁ…好きです……お嬢様」 お嬢様「アタクシもよ、メイド……」 二人してベッドに倒れこみました。 そして自然と、お嬢様の手が、わたしの手を包みます。 メイド「……こんなに、幸せで、いいんでしょうか…?」 メイド「この、わたしが…こんなに……」 お嬢様「あなたは……幸せになっていいんですのよ?」 お嬢様「いえ……アタクシが幸せに、してあげますわ……ちゅっ」 メイド「ふぁっ……はい、幸せに、してください……」 思わず、スリスリとお嬢様の胸に頭を擦り付けてしまいます。 そうすると、お嬢様は頭を撫でてくれました。 お嬢様「うふふ、甘えん坊さんね。……これじゃ当分、このベッドを離れられそうにありませんわ……」 メイド「ふぇ…? 離れていっちゃうんですか?」 お嬢様「……もう、そんな目でおねだりされたら、一緒に寝るしかないじゃないの…」 メイド「わぁっ…嬉しいです……」 お嬢様「…………好きよ、メイド」 メイド「わたしもです、お嬢様……」 それから、会話はありませんでした。 会話はなくても、全身で、わたしたちは繋がっていましたから。 手のひらにお嬢様の熱を感じながら、気づけばわたしは眠っていました。 ※次の日  (プール) 一昨日までの雨なんて感じさせないほどの快晴。 まさしくプール日和です。 お嬢様「……遅いですわね、メイド」 そんな空の下、ぶーたれている女の子が一人。 お嬢様です。 お嬢様「大体、なんで時間差で着替える、なんて面倒なことをしなければならないのかしら」 お嬢様「なんなら、アタクシが着替えさせてあげてもよろしかったのに……」 ブツブツと、何やら不平を漏らしているようです。 メイド「ごめんなさい、お待たせしました…!」 お嬢様「もう、遅いで…すわ……よ」 瞑っていた目を開き、メイドの姿を見ると…お嬢様は言葉を失いました。 メイド「どうですか、似合ってますか?」 くるーんとターンするメイド。 お嬢様「ええ…可愛いですわ……本当に……ええ、本当に……」 嬉しさを隠せない様子で、お嬢様ははにかみます。 メイド「うふふ、上は前にお嬢様がプレゼントしてくださったフリフリ水着で……」 メイド「…そして下は…お嬢様と……お、お揃いの、水着です……」 お嬢様「もしかしてあなた、アタクシを驚かせたいから時間差で……?」 メイド「はい、もちろんです」 そして、ひまわりのような笑顔。 お嬢様「……っ! もうっ、なんでそんなに可愛いのよメイドは!」   メイド「お嬢様も…その、すごい…かわいいです……」 お嬢様「あ、ありがとう……」 いつものようにお嬢様は顔をそらします。 それを見てメイドは微笑み…… メイド「……それでは、お嬢様」 そっとお嬢様の腕に手をかけました。 お嬢様「ええ、泳ぎましょう…! ついてきなさい、メイド!」 メイド「はい……! どこまでも……どこまでも…ついていきます!」 お嬢様「当然よ、あなたは、一生…アタクシの元に仕えるんですもの…」 絡めた指を、さらに強く繋ぎあわせ… メイド「ええ、お嬢様は、一生、わたしの…メイドの…ご主人様です…! 離れろって云われても、絶対離れませんからっ!」 その手を絶対に離さないと誓う。 一度手放した大事なものを、今度は二度と、離さない。 二人は、そう誓う。 メイド「………好きです、お嬢様、いつまでも、ずっと……」 お嬢様「アタクシも……大好き…ちゅっ…」 メイド「本気で一生……離れませんから……」 恋人同士の口付け。 ご主人様とメイドの約束。 もう一度、さらに強く、繋がる。 お嬢様「さあ、狂うくらい泳ぎますわよ!」 メイド「お供します、お嬢様!」 一度すれ違った、プール日和の空の下で。 ―Fin―