-------------------------------------------------- ■ 現在 --------------------------------------------------  --------------------------------------------------  ▼ そうだプールに行こう!  --------------------------------------------------    (お嬢様の部屋)    お嬢様「そうですわ! プールに行きましょうメイド!」    季節は夏真っ盛り。  外では、蒸し暑い陽炎がゆらゆらと揺れ、蝉達はやかましく鳴いています。  そんな日の、お屋敷で。    お嬢様「プールよ、プール! どう、素敵でしょう?」    騒いでいるのがこの方。  このお屋敷の長女、お嬢様です。  そして……    メイド「断固拒否します」    むっつり顔をしたこちらの女の子はそのメイド。  お嬢様とは10年越しのお付き合いの、気の知れたメイドです。     お嬢様「む…アタシの云うことが聞けないと云うのかしら?」    メイド「はい、こればかりは断固拒否致します」    お嬢様「な……なんでですの! アタクシがプールに行きたいのですのよ!」    メイド「はい、ダメです。行きたいならお一人でどうぞ」    お嬢様「釣れないわね、メイド」    メイド「それでは、メイドは仕事がありますので」    お嬢様「ちょ、ちょっと…!」    そう云い放つと、メイドはハキハキとした様子で部屋から出て行きます。    お嬢様「むむむ…何か理由があるのかしら?」    首を傾げたお嬢様だけが、その部屋に残されたのでした。    (タイトルをデカデカと表示)        (メイドの部屋)  ※メイド視点    メイド「………はぁ」    ;扉が閉まる音    溜息をつくつもりがなくとも、溜息が出てしまいました。  ――お嬢様とプール。  確かにそれは魅力的な提案ではあります。  ですが……    メイド「……はぁ」    メイド「お嬢様はよろしいですよね、貧乳でございますから……」    少々、失礼になると分かりながらも、口についてしまう大きさの話。  お嬢様と、わたしの……外から見た容姿の、差。    メイド「メイドはその……おっぱいが大きいですから……」    メイド「プールに行くと……男性の方がジロジロと……ふわぁ……ううっ……」    男性のジロジロとした不躾な目を想像し、顔に血が上ってきてしまいます。    メイド「それに…スクール水着しかございませんし……」    公共のプールで、学校指定の水着を着るなどと云う屈辱……わたしには到底……    ;扉が閉まる音    そのとき、扉が開け放たれました。    お嬢様「だ、誰ですかっ!?」    お嬢様「クックック……聞かせてもらいましたことよ!」    メイド「お、お嬢様……!?」    ツカツカと歩み寄ってくるお嬢様。  そして、わたしが座っているベッドに、同じように腰掛けました。    お嬢様「あなた、アタクシのことを貧乳呼ばわりしましたわね…!」    メイド「お、お嬢様……まさかお聞きに?」    お嬢様「ええ…! 一から十まで全て聞かせてもらいましたわ!」    メイド「う、ううっ……」    お嬢様への失礼もそうですが……お、おっぱいの話も…聞かれてしまいました……。    お嬢様「まあ、先の狼藉は許しましょう」    メイド「…え?」    いつものお嬢様なら、これを出汁に悪戯をふっかけてくるはずです。  不審な目で見るわたしに応えるように、ニヤリと笑うと、お嬢様はわたしに『宣告』を云い渡しました。    お嬢様「だから……アタクシとまずは水着を買いに行きなさい!」    メイド「ふぇっ!?」    水…着……!?  お嬢様と一緒に……!?    メイド「お断りします!」    多少オーバーに全力で否定します。  だって、お嬢様と水着を買いに行ったりしたら……    お嬢様「クックック…もし断ったらお父様に『メイドにイジメられた』と告げ口しますわよ!」    お嬢様は簡単に退路をお裁ちになりました。    メイド「……わかりました、お供させていただきます」    わたしには、従順な忠犬のように、首を項垂れて従うしかありません。    お嬢様「クックック…盛り上がって来ましたわ!」    お嬢様のその高笑いが、わたしを不安の海に突き落としました。  --------------------------------------------------  ▼ 水着を買おう!  --------------------------------------------------     (水着コーナー)  ※お嬢様視点    ……夏休みだからかしら。  いつもそこまで混んでいないデパートは親子連れが多く、ベンチでは涼んでいる老人が目につきます。  子供達の笑い声が聞こえるせいか、店内は少々、浮足立ったような雰囲気を醸しだしていますの。    メイド「…………」    そんななか、ぶすっとした表情の女の子が一人。  ウチのメイドですわ。    お嬢様「しかしあなた、スクール水着しか持っていないなんて…女性としてあるまじきことですのよ?」    メイド「メイドはプールに行きませんもの」    ファッションをファの字もわかっていないダメイドは、やはりまだ怒っている様子。  ですが、怒っているとなると弄りたくなってしまうのは人の性。    お嬢様「うふふ、このけしからん胸が原因なのでしょう?」    メイド「ひゃっ……っふ、ぁ……ちょ、ちょっとお嬢様…っ!」    モミモミと胸を揉みしだくと、敏感なのか、メイドがもぞもぞとよがる。    お嬢様「クックック…半分くらいわけて欲しいですわ、本当に」    先の侮辱をまだ許したわけではないアタクシは、ジロリと睨みを利かせて云います。    メイド「……うう、意地悪です、お嬢様」    しかしまあ、いつもクールでビジネスライクなメイドに、そんな羨ましい悩みがありましたとは…  ……色々と捗りますわね! 色々と!  クックック……プールで殿方を前に恥ずがしがっているメイドを、早く見たいですわ!    …    お嬢様「ここが水着コーナーのようですわね」     幸いなことに、水着コーナーには誰もいません。  近くの試着室も誰も使っていないようですし……重畳ですわ。    メイド「ふむ…世の中にはたくさんの水着がございます」    お嬢様「もちろんですわ…! 水着には様々な用途がございますもの!」    メイド「様々な用途……?」    不思議そうに首を傾げるメイド。  ならばここは……    お嬢様「クックック……! じゃあ今回は水着素人のメイドに代わって、アタクシがあなたに水着を選んで差し上げますわ!」    メイド「……何故だかとても不安なのですけれど」    メイドがジト目をしてきますが、そんなもの効きませんことよ。    お嬢様「うふふ……アタクシに任せておけば無問題ですわ!」    ……    お嬢様「メイド、ちょっとこちらに…」    適当に見繕い、メイドに相応しい水着を見つけたので、メイドに手招きをする。    メイド「はい、お嬢様」    お嬢様「こんな水着なんてどうかしら?」     メイド「こ、これは随分と…」    お嬢様「可愛らしい水着でしょう?」    メイド「は、はぁ……確かに可愛らしいですが…あの……」    お嬢様「なにかしら?」    メイド「メイドが着るには少し…恥ずかしいと云いますか…」    アタクシが選んだのは、俗に云う『フリフリ水着』。  トップもボトムも可愛らしいレースがついていますの。  普段、仏頂面なメイドがこんなスウィーツな水着を着ることによって生じる…ギャップ萌え!  きっと、堪りませんわ!    お嬢様「メイド……」    メイド「なんでしょう、お嬢様」    お嬢様「とりあえず着なさい」    メイド「え、ですが…」    グイと詰め寄るアタシに、慌てふためくメイド。    お嬢様「全てをお父様に告げ口しますわよ?」    メイド「…はい、かしこまりましたお嬢様」    だけど、この呪文を唱えれば一発ですわ!      (試着室)    メイド「……お嬢様」    お嬢様「………(じー)」    メイド「お嬢様……」    お嬢様「………(じー)」    メイド「お嬢様!」    お嬢様「……なんですの」    アタクシのスルーに耐えられなくなったのか、メイドが少し大きい声を出す。    メイド「あの、お外に……」    お嬢様「女性同士なのだからよろしいでしょう?」    メイド「で、ですが、お嬢様の前で着替えるのはさすがに…」    ちらちらと恥ずかしそうにこちらをうかがう上目遣い。  クックック…そんなものでアタクシが怯むとでも思いまして?    お嬢様「早く着替えなさい」    メイド「……ううっ、恥ずかしい…、です……」    アタクシの有無を云わさぬ口調で諦めたのか、メイド服を脱ぎ始めるメイド。  純白のシャツを、脱ぎ去ると、黒色のブラジャーで包まれましたたわわな双丘が……!    お嬢様「うぉっ…! は、早くブラも外してみなさい…!」    す、すごい…! 服の上から見るより俄然大きいですわ…っ!    メイド「……な、何故メイドがこのような辱めを……」    パチッと腕を背中に回し、ブラのホックを外すと、ポロンッと眩しいほどの肌色の塊が顕わに…!!  そして、お山の頂上には申し訳無さそうに桜色が鎮座していますわ…っ!    お嬢様「本当に…すごい大きいですのね…」    興奮のあまり、双丘に息がかかるほどの距離まで接近。    メイド「お、お嬢様、近いです…」    顔を真っ赤にしたメイドの吐息が、耳に触れますが無視します。    お嬢様「形も整ってて……本当にすごいわ」    桃色の先端を中心として、綺麗なお椀状として存在している、もはや芸術的とも云えるメイドの胸。  ここ数年見ていなかっただけで、ここまで成長するとは……女体の神秘ですわ!    メイド「あ、あの…お嬢様…!」    アタクシの視姦に耐えられなくなったのか、メイドが恥じらいの声を上げました。  しかしアタクシはそれを黙殺し……そっと乞うような声色でメイドにお願いしてみます。    お嬢様「触っても、いいかしら…?」    メイド「それはダメです」    …………あれっ?      …     お嬢様「うう…結局追い出されてしまいましたわ」    雰囲気的にいけると思いましたのに…!    メイド『お、お嬢様…いいですか…?』    カーテンの向こうから、遠慮がちな声がアタクシを呼びます。    お嬢様「あら、着替え終わったのですわね? よし、見せてみなさい」    ;カーテンが開く音    メイド「………(もじもじ)」    お嬢様「…………」    メイド「………ぇと、その…」    お嬢様「…………ぁ」    メイド「……へん、ですか?(ふりふり)」    お嬢様「…………いい」    メイド「……お嬢様?」    お嬢様「可愛いわぁああああっ!!!」    メイド「ひゃぅんっ…!?」    思わず、ガシッとメイドに抱きつくアタクシ。  だって…だって……だって………!    お嬢様「ああっ、もうっ……! なんで、この子はこんなに可愛いのかしらっ!」    メイド「お、お嬢様!?」    お嬢様「可愛い! 可愛い! 可愛い! もう最高よ、あなた!」    メイド「ちょ、お嬢様…苦しいです…」    お嬢様「可愛いわっ、いつもクールなメイドがフリフリ水着を『着せられちゃってる』、背・徳・感ッ!!! たまりませんッ!」    メイド「う、うう……は、恥ずかしいです……」    カァアアアと音が出そうなほどに顔を赤らめるその表情も…グッド!  全てが、いい! いいですわよ、メイド!    メイド「本当に……メイド、かわいいですか?」    お嬢様「ええ、可愛いわ……本当に、可愛い…」    メイド「えへ、えへへ……なんだか、照れくさいです……」    真っ赤な顔で、メイドが俯いてしまう。  だけど、前髪からはにかんでいる笑顔が覗いていて……まったく、死罪レベルの可愛さですわね。    お嬢様「水着は、これで決まりね!」    少し名残惜しかったですけど、メイドに水着を脱がせ、会計に向かいます。  メイドは恥ずかしそうに、少し距離を取っていました。  今がチャンスですわね…!    お嬢様「あと、これもお願いいたしますわ」    アタクシがチョイスした『もう一つの』水着を、店員に渡す。    お嬢様「カードで」    クレジットカードの一括払いで会計を済ませると、これで今日の目的は終了です。    メイド「お嬢様……その、本当に買っていただいてよろしかったのですか?」    お嬢様「もちろん。これは普段頑張っているあなたへのプレゼントですわ」    メイド「……はい、ではありがたく頂戴しておきます」    アタクシとメイドの中で、過度な遠慮は無用。  そのことを心得ているのか、メイドは大人しく礼を云います。    お嬢様「さて、この下にケーキがおいしいと評判の喫茶店があるのだけど」    メイド「……ケーキ」    ゴクリと、メイドが唾を飲み込む音がはっきりと聞いてとれました。  まったく、この子はお菓子には本当に目がありませんのね。    お嬢様「少し疲れましたし、そこで休憩しましょうか、メイド」    メイド「はい。お供いたします、お嬢様」    …    (喫茶店)    お嬢様「確かに美味しいわね」    メイド「………(はむはむ)」    お嬢様「どれ……そちらのチョコケーキも味見してみようかしら」    メイド「ダメです」    一心不乱にケーキを口に運ぶメイドの皿にフォークを伸ばすと、真顔のメイドに止められました。  ……まったく、ケチなメイドですことね。    お嬢様「じゃあ、アタシのケーキと交換しませんこと?」    メイド「……それならいいでしょう」    渋々、と云った調子でメイドがチョコケーキを一口、アタクシの皿へ……  そしてアタクシは、自分のチーズケーキを一口フォークで掬って……    お嬢様「メイド、口を開けなさい」            メイド「……はい?」    お嬢様「チーズケーキが欲しいのでしょう?」    メイド「……欲しい、です」    お嬢様「なら、口を開けなさい。はい、あーん…」    メイド「じ、自分で出来ます」    飽くまでも反抗するメイドの口元に、アタクシはケーキを持っていきます。    お嬢様「これが、欲しいのでしょう? ほら、口をお開きなさい…」    メイド「ぁ……っく、自分で、…でき、ます……」    そう云いながらも、口は正直(?)。  はむはむと、物欲しそうに閉じたり開いたりしています。    お嬢様「あーん…」    メイド「ぁ、ぁぁ……」    お嬢様「ほら、あーん…」    メイド「ぁあーん………はむっ」    ついには我慢出来なくなったのか、メイドがフォークを口に含みました。  そして、咀嚼しながら、そのいじらしい目でアタクシを睨みつけます。    お嬢様「チーズケーキも、なかなかに美味しいでしょう?」    メイド「……意地悪です、お嬢様」    お嬢様「うふふ……ハムスターみたいで可愛かったわよ、メイド」    メイド「か、からかわないでください!」    --------------------------------------------------  ▼ お風呂場でえっちな水着  --------------------------------------------------  ………  ……  …    (お風呂)  ※メイド視点    メイド「ふぅ……今日は大変でした」    メイド「なんでメイドがフリフリ水着など……。それに……」    『明日は水着でプールに繰り出しますわよ!』    メイド「うう……面倒なことになってしまいました」    お嬢様に振り回されてばかりのわたし。  恥ずかしいことばかりさせられている気がします。    ;扉が開く音    メイド「ふぇっ!?」    そのとき、ドアが開きました!  って、ここはお風呂ですよ!?    お嬢様「メイドー、入りますわよー」    メイド「え……ええっ!? なななな…なんで…っ!? ええっ…!?」    入ってきたのはお嬢様!  何故か、ご自身は水着を着用しておられます。    お嬢様「なんですの、女性同士だからよろしいじゃないの」    メイド「い、いや、それとこれとは…」    慌てて腕で胸を隠しますが、お嬢様はニヤニヤといやらしい笑みを浮かべるばかり。    メイド「ううっ…見ないで、ください…っ」    一しきり、わたしの身体を舐めまわすように見たあと、お嬢様は『それ』を取り出しました。    お嬢様「さあ、この水着を着なさい…!」    メイド「……水着? これは紐では…?」    黒い紐のようなものが、お嬢様の手に載っています。    お嬢様「あら、れっきとした水着ですことよ」    メイド「はぁ……そうなのですか?」    手渡されても着方がわかりません。  と云うか、そもそも着る気がありません。    お嬢様「ははぁん、着方がわからないのね…? クックック…ならアタクシが着せてあげますわっ!」    メイド「ひぃっ…!? まだ着るとは云ってな…!」    お嬢様「まずは……ここに足を通して……?」    わたしを無理矢理押し倒すと……    メイド「ひゃぅんっ…! お、お嬢様…どこ、さわって……んぁっ…!」    靭やかな絹のような肌触りのお嬢様の指が、わたしの肢体に触れます。  思わず、変な声が……出てしまいました。    お嬢様「うふふ……ふとももをこの穴に……」    ツー…と、お嬢様がわたしの太腿をなぞるように指を這わせていらして……や、ヤバ…身体が反応しちゃ…っ!    メイド「…ぃゃ…っ! て、てつきが…いやら、しい…ですっ……! ひぅっ…!」    お嬢様「クックック…さぁ、紐を通して……お次は胸に……」    メイド「んぁっ…!? だ、だめですっ、そこは…っ! あぁっ、うにゅっ…!」    いつもの悪戯とは違う揉み方で、わたしの胸を蹂躙なさるお嬢様…!  わたしが感じるところを……熟知していらっしゃる…っ!    お嬢様「この……いやらしい胸の……そう、この乳首らへんに紐を……。……あら? もしかしてメイド、乳首が立っていますの?」    メイド「んにゃぁああああっ!! ら、らめですっ、ほんとに……! ぁっ、っく…、んんっ、いやぁ……ぁあんっ…!」    唐突に乳首を掴み、コリコリと……あ、本当に、これ…ヤバ……っ!     お嬢様「…随分と淫猥な声をあげますのね、メイド」    責める手を止めると、お嬢様は嗜虐的な笑みをこぼしながらわたしに問うてきます。    メイド「……お嬢様が、いやらしいこと…するから…です…」    お嬢様「…あら? アタクシは水着を着せて差し上げているだけですのよ?」    メイド「そ、それは……」    必死に止めようとしましたが、顔に血が上ってしまいました。    お嬢様「……それなのにこんな蕩けた顔して…クールなふりして、その実は変態ですのね」    メイド「ち、ちがっ……ひゃぅんっ…!」    わたしの身体に絡められた『快感の糸』が、唐突にわたしを締め上げます。    お嬢様「うふふ…どうしたの? ただ、水着が整うように…紐を引っ張っただけですのに…」    メイド「ひ、ひも……くいこんで……きちゃいます…っ、ぁっ、ぁああっ…!」    ……乳首、も……その、お股、も……なんでこんな……っ!    お嬢様「あらあら、ダメな子ね、メイド。これでは、明日のプールが心配ですわ」    メイド「で、でも…っ! あしたは、こんな水着…着ていきませんもの……っ!」    お嬢様「クックック…それもそうですわね……。だってこれはアタクシの趣味ですもの」    メイド「…ぇ?」    お嬢様の声色が、嗜虐的なものから愛おしい気配に変わり、思わず顔をあげます。    お嬢様「可愛いアタシのメイドに、この水着を着て欲しいと、常々思っていたんですの」    メイド「かわ、いい……」    ……ドキン。  胸が跳ねました。  久しく忘れていた、この感情。速くなる胸の鼓動。喉に何かが使えたような感覚。    お嬢様「そうよ、アタクシの可愛いメイドさん。 アタクシにもっと、可愛い姿を見せてくれるかしら?」    メイド「ぅ…ぇ……えと……」    さらなる追い打ちに、わたしの心はお嬢様色に染め上がります。  全てをお嬢様に捧げたい。  わたしの全てを、受け入れて欲しい。  どきどきと胸を叩く鼓動に合わせて、この欲望がせり上がってきます。    お嬢様「――ほら、お股を開きなさい」    メイド「い、いや……っ!」    口では拒絶しながらも、服従してしまいたいと、『わたし』は叫びます…!  お嬢様に、わたしの身体の、全てを……っ! 捧げたい……っ!    お嬢様「アタクシの云うことが聞けないのかしら?」    メイド「こ、これは本当に…拒否、します…」    捧げたい……    お嬢様「どうしても?」    メイド「はい…断固、拒否…します…」    捧げたいです……お嬢様に、わたしの人生を……!    お嬢様「うふふ…いけないメイド。ご主人様の云うことが聞けないなんて」    ニヤリとまた、お嬢様が笑う。  そして、顔をお互いの吐息がかかる距離まで近づけると、そっとわたしの首筋を……。  ……かぷっ。    メイド「ひゃぅんっ!」    お嬢様「悪いメイドには……お仕置きが必要よね?」    メイド「う…ううっ……お嬢様……っ」    お嬢様「クックック……」    わたしの閉じた太腿を、お嬢様は無理矢理こじ開けました。    メイド「み、みないで…っ! みないでください、お嬢様…っ!」    そんな願いも虚しく、お嬢様は頬を上気させながらわたしの秘書を眺めています。    お嬢様「綺麗……本当に……」    メイド「お、お嬢様……わたし、わたし、お嬢様に……」    抱かれたいです……    言葉にならない心の声。  今、わかりました。  わたしは、お嬢様のことをずっと……    お母様『二人共ー、長風呂はお身体に触りますわよーっ!』    メイド「……ひっ」    お嬢様「………チッ、邪魔が入りましたわね」    脱衣所から聞こえるお母様の声に、お嬢様はわたしから身体を離しました。    メイド「……お、お嬢様…?」    つい切なげになってしまった声に、お嬢様は気づきません。    お嬢様「少し、やり過ぎましたわね…」    お嬢様「うん、でも本当に似合っていますわ、その水着。明日、プールで着たらどうかしら」    メイド「か、勘弁してください…っ! こんな…いやらしい水着…」    お嬢様にしか、見せたくありません……    お嬢様「うふふ、可愛いメイドさんですこと。さあ、上がりましょう?」    メイド「は、はい……」    お嬢様に導かれ、わたし達は風呂場を後にしました。    (メイドの部屋)    メイド「……ぁっ、ふぅっ……んっく…」    メイド「んぁあっ……っぐ…はぁ、はぁ……ぁあっ、んんっ…おじょう、さま……」    メイド(お嬢様のせいで…火照って眠れません…)    メイド(明日はプールだから…早く寝ないといけませんのに……)    メイド「………っっくぅうううっ!!!」    メイド「……はぁ、はぁ。……なんで、メイドは…こんなはしたない子に…」      (廊下)    メイドが一人でいけないことをしているのを、廊下で聞いている人影がありました。    メイド『………っっくぅうううっ!!!』    お嬢様「クックック…あらあら、一人で盛って……。まったく、えっちで可愛いメイドですわね」    お嬢様です。    お嬢様「うふふ、メラメラと…燃えていますわ…! これは恋の炎…? 否、違いますわ!」    お嬢様「これはまさしく……嗜・虐・の・炎ッ!!!!」    一人で何やらぶつぶつと意気込んでいます。    お嬢様「クックック…明日のプールが楽しみですわね」    そういうと、いつもの不敵な笑みを浮かべました。  --------------------------------------------------  ▼ プールにて告白  --------------------------------------------------    (廊下)    お嬢様「準備は出来まして?」    メイド「はい、準備完了です、お嬢様」    次の日。  朝ごはんを食べたあとすぐに、お嬢様とメイドは玄関にいました。    お嬢様「うふふ、昨日はあんなに嫌がっていたのに今日のメイドは素直ね」    メイド「抗うから疲れるのです。ただ流れのままに生きていこうと思います」    何かを悟った様子のメイドに    お嬢様「あ、あら…昨日の経験はあなたの人生観まで変えてしまったのね……」    お嬢様は少し面食らっている様子。    お嬢様「まあ、いいわ。行きますわよ」    その声を合図に、二人は灼熱の太陽のもとに、出て行きました。  お嬢様は毅然と。  そして、メイドは少し、顔を俯かせ赤くなりながら。      (プール受け付け)    係「はい、大人二人で1200円です」    お嬢様「はい、どうぞ」    お嬢様は颯爽と学問のすすめを係員に渡します。    メイド「お、お嬢様…、メイドは自分の料金を…」    お嬢様「いいのよ、アタクシが無理して連れて来ているのですから」    メイドをやんわりとお嬢様は制しました。    係「どうぞ、お釣りです」    お嬢様「五千円札だけもらうわ」    係「え?」    それだけ云うと、お嬢様はメイドを後ろに湛えて去っていきます。  後には、手元に残った四枚の千円札を呆然と見つめる係員だけが残りました。    …    (脱衣所)    お嬢様「……ふぅ」    プールの脱衣所独特の、塩素の混じった臭いが、鼻をつきます。  ……まあ市民プールだからしょうながないですわね。  何はともあれ、メイドをプールに連れてくることが出来たのですし、今日は思い切り楽しまないと損ですわよね。    メイド「……お嬢様」    もみもみ。    お嬢様「なにかしら」    もみもみ。    メイド「なんでしょうか、この手は」    すると早速、メイドが不服の声をあげました。    お嬢様「なにって、着替えさせて差し上げようと思いまして」    もみもみ。  そして、少し弾力を楽しもうと思いまして。    メイド「………えーとですね、他のお客様のご迷惑に…」    お嬢様「幸いにも他のお客様はいませんわね」    メイド「で、ですが、ここは公共の機関で…」    お嬢様「そんなの知りませんことよっ!」    メイド「きゃぁあああああッッ!?」    無理が通れば道理が引っ込む!  アタクシの前で理論などあんまんの薄皮に等しくてよ!  シャツを取り去り、背中のブラのホックに手をかけ……    お嬢様「秘技…ブラインドブラ外し…! ってあら?」    その指は、ブラジャーの無機質なプラスチックではなく、柔肌を掠めました。    メイド「ううっ…ぐすっ……」    メイドは、真っ赤な顔をして涙目。  ですが、これは……    お嬢様「……何故あなた、ブラジャーを召していないの?」    本来ならば、シャツの下で胸を包んでいるはずのブラジャー。  それが、ないのですわ。    メイド「そ、その…ぇと……」    お嬢様「……ただでさえいやらしい胸なのに、ノーブラで街を闊歩するなんて…」    ジロリと睨みつけるとメイドはたじろぎます。    メイド「ち、ちがっ…! そ、そう、今日は、ブラジャーをするのを忘れてしまって……」    お嬢様「ブラジャーを忘れる乙女がどこにいるんですの、白々しい!」    メイド「う、ううっ……」    目元に、うっすらと涙を浮かべるメイド。  そこでアタシは無慈悲にも、言葉のナイフを突きつけます。    お嬢様「あなた、本当に変態だったのかしら?」    メイド「………ぁ」  メイド「……ううっ、ぐすっ……ひっぐ……うぇっ、ひぐっ……」    お嬢様「……メイド?」    流石に言い過ぎたかしら。    お嬢様「……ごめんなさい、メイド。あなたがそんなミスするところなんて見たことありませんでしたのでつい…」    メイド「……違うのです…!」    アタシの言葉を、強く感情が篭った様子で、メイドが遮りました。    メイド「へんなんです……っ! メイドのからだ、へんなんです…っ、ううっ…ぐすっ……」    お嬢様「どのように変なのかしら?」    出来るだけ優しく聞こえるような声音でアタシは問います。    メイド「い、いままでは…っ、いままでは…こんなことなかったのに……お嬢様の近くにいると…むねが…どきどきして……」    お嬢様「……え?」    ドキンっ。  何かがアタクシの胸を内から叩きます。    メイド「気持ちが……あふれてきちゃって……それに、え、ええ、えっちなことっ、も…お嬢様と…したいって…そう…思って、しまうんです…」    ポタリと、最初の一滴が溢れてしまいますと、それはもう誰にも止めることは出来ない。  感情のダムが決壊してしまったかのように。  メイドは『メイド自身』の思うところを言葉に紡いでいきます。    メイド「メイドは…っ、メイドは、女の子でございます…っ! なのに、なのに……お嬢様のことを考えると……っ、なんで、こんな…っ!」  メイド「なんで、でしょう……なんで…女の子が、女の子のことを……こんなに、思って…っ、しまうなんて…っ!」    メイドの口から止めどなく溢れる思い。  ですがそれは……それは、自分で、そこにあると認識してはイケナイもの…。  だから、アタクシが……止めてあげて……そして、なかったことにしてあげなければ、いけませんの……っ!    お嬢様「…………それは、なんにも変なことではないですわ、メイド」    アタクシはメイドを抱きしめ、そう云いました。    メイド「……お嬢様」    アタクシを呼ぶメイドの掠れた声は、何かを期待するようなニュアンスが含まれているように……そう聞こえます。  その期待を断つかのように、アタクシはキッパリと云いました。    お嬢様「………だってそれは性欲ですもの」    メイド「……ぇ?」    禁じられた思いには、封印の杭を。  メイドは、胸に何かが刺さったかの如く、悲痛な顔をします。  ……やめてちょうだい、メイド。そんな、この世の終わりみたいな顔……しない、で……。  ですが、思考に反して、出る声は皮肉なほどに冷静で…    お嬢様「それ以外に、考えられるって云うのかしら?」    言葉の棘を、吐き出す。    メイド「……め、メイドのこれは、そんな下世話な…思いじゃないのです……っ!」    お嬢様「なら訊くけれど、もしそれがもっと高尚なものだと仮定して……その気持ちと、あなたが今ブラジャーを召していないことになんの関係があるのかしら?」    メイド「そ、それは……お嬢様を思って……」    お嬢様「何故、アタクシを『思う』とノーブラになるのかしら? そこが甚だ理解し難いですわね」    メイド「で、でも…この思いは……っ!」    お嬢様「性欲よ」    畳み掛けるような物云いと、斬り捨てた思い。  それでもなお、メイドは食い下がろうとしてきます。    メイド「違います! メイドは……いえ、わたしは…お嬢様のことを、お慕い申し上げているのです!」     お嬢様「……やめなさい、そんなことを云うのは」    メイド「ほんとうなのです…っ! お嬢様、わたしは…わたしは……お嬢様を、心から…心の奥底からお慕い申して…」    お嬢様「やめなさいッ!!!」    ビリビリと、空気が震えます。  何故、このような大声を出してしまったのか。  何故、アタクシはこんなにも、必死に目を背けようとしているのか。  何故。何故。何故。  ――何故……    メイド「おじょ、う…さま……っ」    お嬢様「――アタクシは、そんな思いをあなたに抱かせるためにあなたと接してきたわけじゃなくてよ、メイド!」    メイド「そ、それ、は…」    お嬢様「昨日のことも、今までのことも、全部アタシの趣味、道楽…つまり遊びですわッ!! なのにあなたは…あなたは……」    メイド「……お嬢様…、泣いて……?」    お嬢様「……恥を知りなさい、メイドの分際で…っ!」    気付いたら、アタクシは駆け出していました。  頬を伝う熱いものを振り払うように。  自分の気持ちに、背を向けて。    メイド「お、お嬢様……っ!」    お嬢様「興醒めです……、ぐすっ……お屋敷へ帰ります!」    メイド「………ぁっ」    お嬢様「ついてくるんじゃありませんっ!」    何か云いたそうなメイドを制すると、アタクシは、脱衣所を後にしました。  涙と、大事な人を残して。     (街)    お嬢様「ううっ……ぐすっ、なんで、アタクシ…泣いて……」    お嬢様(アタクシは……ずっとただの悪ふざけで……メイドにえっちなことをしたり、たまには優しくしてきましたのに……)    お嬢様(なのに……っ! あんな、顔で……あんな苦しそうな顔で告白されたら、アタシ……)    メイド『メイドは……いえ、わたしは…お嬢様のことを、お慕い申し上げているのです!』    お嬢様(仕事の殻を破り捨てて、本当のメイドの思いを……混じりけなしにぶつけられたら…アタクシは…アタクシは……)    お嬢様(――どう、すればいいのでしょう)      (街)    メイド「……お嬢様」    メイド(メイドのこの溢れる気持ちは、恋なのでしょうか、それとも性欲なのでしょうか)    メイド(メイドには…見当がつきません。でも…恋であって欲しい、と……そう思ってしまうメイドは…悪いメイドなのでしょうか)    メイド(思えば、お屋敷に拾っていただいて、お嬢様を一目見てから、この何とも取れぬ思いは、心の奥のほうで渦巻いていたように思えます)    メイド(そう、お嬢様が……幸薄いわたしに、最初に優しくしてくれた方なのですから……)    メイド(忘れはしません。わたしとお嬢様が、初めて出会った日のことを……)      (タイトル表示) -------------------------------------------------- ■ 過去 --------------------------------------------------  --------------------------------------------------  ◆ 二人の出逢いとポッキー  --------------------------------------------------    ※10年前    (庭)    メイド「うぁ、うぇっぐ……ぐすっ、ううう……」    その日の月光は雲を透け、暗い闇夜を仄かに照らしていました。  静かな夜です。梟がホーホーとどこかで鳴く声が聞こえ、森の木々のざわめきすら聞こえる……そんな夜です。  あるお屋敷のお庭で、一人の女の子が泣いていました。    メイド「うぇ……さむ、い……さむいよぉ……ううっ…ぐすっ……」    艶を失い、バラバラと乱れた緑髪の少女。  将来、このお屋敷のメイドとなる女の子です。    ――ザッ…ザッ……    そのとき、芝生を踏みしめる音が聞こえました。  満月を背にして、その女の子は毅然と歩いてきます。  最初からそこに彼女がいるのがわかっていたように。  あるいは、何かに導かれたかのように。  将来、主従関係となる二人の少女がその瞬間――出逢いました。    お嬢様「だれ、あんた」    無遠慮な調子で、そして脈絡なく、お嬢様は切り出しました。    メイド「……ふぇ?」    泣いていたメイドは、突然の声に顔を上げます。  見つめ合うこと数秒。沈黙。  お嬢様は目を逸らすことなく、夜だということを気にかける様子もなく……    お嬢様「ママ、庭に誰か入ってきちゃってるよ!」    当然の如くカミングアウト。    メイド「ご、ごめんなさ…っ」    メイドの咄嗟の謝罪など、まったく意味をなしません。    お母様「……ん? どうかしたの、お嬢?」    お母様が現れ、メイドを目の当たりにします。  どうやらお嬢様とお母様は夜の散歩中だったようです。    お嬢様「なんか、汚い子が…」    メイド「……っ!」    自分のことを指されているとわかり、ビクリと反応するメイド。  その表情は、恐怖ですくみ上がっていました。    お母様「……あら! どうしたの、ボロボロじゃない!」    お母様が駆け寄ります。  お嬢様も近寄ると、鋭い眼差しでメイドを睨みつけました。    メイド「……ぁ」  メイド「……ううっ……ひぐっ、うぇ、うぇぇ…ぐすっ……」    お嬢様「……痣」    ポツリ、と。    お母様「…え?」    お嬢様「この子、身体も傷だらけ…」    メイド「………ひぐっ、ひぐっ…」     お母様「……虐待、かしら」    お母様の呟きは、彼女達の空気に残留し、しばしの沈黙を作りました。  ブルブルと、不自然なほどに震えるメイドを宥める術を、お母様は知りません。    メイド「ううっ……ごめっ、ごめんなさいっ……」  メイド「わたし…っ、わるいこじゃ…、ううっ…ひっぐ……」    お嬢様「わかるよ、悪い子じゃないって」  お嬢様「……寒いの?」    メイド「……ひぐっ、さむくてっ……ううっ、さむくて、こわい……っ」    お嬢様「ふぅん……大変ね」    メイド「う、うぇっ……さむい…っ、わたしだけ…さむいっ…うぇっ…ぐすっ……」    お嬢様「………じゃあ、はい」    メイド「ふぇ……?」    お嬢様の腕が、しっかりとメイドを抱きしめました。  お互いの吐く白い息が、交わりあうほど近くに。  鼓動音が聞こえるくらい密着して。  互いを、温め合う。    お嬢様「こうすると……温かいでしょう?」    メイド「……うん…、とっても……あったかい……」    お嬢様「あたしも負けないくらい……あったかい」    お母様「……まあ」    お互いの熱を求めて、深く強く、繋がり合います。  その光景を見て、お母様はニコリと相好を崩しました。    お嬢様「汚いけど……近くでみると、かわいい顔してるのね」    メイド「………かわ、いい」    お嬢様「それに、温かい」    メイド「………ありがとう」    お嬢様「……ん」    時が経つのも忘れ、抱き合い続ける二人。  凍えきった心を溶かすほどに、その灯火は、満月の下で小さくても力強く燃え続けたのでした。        ※数日後  (廊下)    それから数日後の廊下。    お嬢様「いつまでいるの、あんた」    メイド「わかんない…けど、奥様はずっといていいって」    お嬢様「……そう」  お嬢様「……お母さんとかは?」    メイド「………こわいことするの、お母さんもお父さんも」    ブルブルと震えながら、メイドは云います。    お嬢様「ふぅん……」    メイド「……ここ、お父さんいないの?」    お嬢様「お父さんには、会ったことないのよ」    メイド「そっか……」    数秒の静寂。  互いの『事情』を知ったことで、沈黙が生まれました。  そして、その沈黙をおもむろに破ったのは、お嬢様。    お嬢様「ねえ、お腹空かない?」    メイド「…ちょっと空いたかも」    お嬢様「じゃあねぇ…これっ!」    自信ありげに取り出したのは緑色の箱でした。    メイド「お菓子?」    お嬢様「そう、ポッキー! じゃあ、はい」    お嬢様は開封すると、ポッキーを一本メイドに手渡します。    メイド「ありがとう……。んっ、おいしい」    お嬢様「あー! ダメよ、勝手に食べたら」    メイド「え?」    何故か怒った調子でお嬢様が云いました。    お嬢様「ほら、ポッキーを口に咥えなさい」    メイド「……ふぇ?」    お嬢様「いいからはやく」     メイド「……はむ……こ、こうれいいから?」    強い調子のお嬢様に、思わずポッキーを咥えるメイド。  それを見るとお嬢様は満足気に頷いたあと、メイドに近づいて……    お嬢様「そう、そのまま。それであたしが……はむっ」    メイドが咥えていない方を咥えました。    メイド「ど、どうすれらいいの?」    お嬢様「とにかく…らべるっ!」    メイド「わわっ……ぱくっ、ぱくっ…」    食べれば食べるほど、唇が近づくのは必然です。  そしてとうとう、二人の間の距離が1cmより狭まり…    お嬢様「んふふ……そひて……ちゅっ」    メイド「ふぇっ……んんっ、ちゅっ、んぶふっ……ちゅぱっ……」    0に、なりました。    お嬢様「そう……れろっ、そのまま……むちゅっ、ぇろんっ、ぶふっ、ちゅっ…れろっ、ちゅっ、ちゅっ……」    メイド「んんんーっ、ちゅるっ、んぁっ……ぁ、んちゅっ、ぇ、んむっ、んんんっ……」    お嬢様「んちゅるっ…れろっ、ちゅっ、ちゅぱっ……ぷはぁっ」    メイド「……はぁっ、はぁっ…ううっ…」    唇を離すと、唾液の橋が架かります。  初めての体験に、メイドは息も耐え耐えでした。    メイド「な、なに…これ…」    お嬢様「正しい、ポッキーの食べ方」    メイド「うそ、だよ……こんなの」    嘘です。    お嬢様「……ふぅん。じゃあもう一本あげようと思ったけど……あげない」    お嬢様は取り出した一本を、メイドの口に近づけたあと、不意に自分で食べてしまいました。    メイド「……ぇ」    お嬢様「なに、どうしたの?」    メイド「……ううっ」    お嬢様「もしかして、もう一本ほしいとか?」    メイド「……うん」    お嬢様「ふぅん。じゃあ、おねがいしてみて?」    ニヤリと笑みを浮かべるお嬢様。  その笑みは、現在の嗜虐的な笑みに通ずるものがあります。    メイド「……もう一本、ポッキーほしいです」    お嬢様「くっくっく……いい子ね。じゃあ、はい、咥えて?」    メイド「……はむっ」  --------------------------------------------------  ◆ メイドがメイドになる  --------------------------------------------------  ※数年後    (書斎)    それから時が経ち、お嬢様もメイドもすくすくと成長しました。    メイド「お母様……お話、とは?」    そんなある日、メイドはお母様に呼ばれていました。    お母様「うん、そうね……あなた、メイドをしてみるつもりはない?」    メイド「メイド、でございますか…?」    お母様「そう、メイド。あなたって料理も出来るし、色々なことに気がつくでしょう? 適任だと思うのよ」    メイド「…そうでしょうか?」    お母様「ええ、とても向いていると思うわ。それに、お給料もちゃんとあげるし」    メイド「い、いえ…お給料なんてそんな……! わたしはあの時から今日まで、育てていただいた恩だけで……」    お母様「ううん、そんなことは気にしなくていいのよ。親権はなくても、あなたは私の大事な…」    メイド「そ、それでも、ご給料なんて…いただけません!」    お母様「あらあら、でもそれでは、ご給料のことは置いておいて、メイドはやってくれる、と云うことかしら?」    メイド「はい…せめてもの恩返しです……」    お母様「あら、助かるわぁ! 実を云うと、来月にずっと使えてくれてたメイドさんがやめちゃうみたいで…」    メイド「そうだったのですか……。わかりました、前任の方に負けないよう、精進いたします」    そう云うと、メイドは深々と頭を下げました。     お母様「それでね、メイド。あなたには家事の他に、あの子の面倒も見てあげて欲しいのよ」    メイド「あの子、とは?」    お母様「お嬢様よ」    メイド「あ、ああ…お嬢様ですか」    お母様「あの子、あなたとは違って、生意気と云うか自分勝手なところがあるじゃない?」    メイド「……そうですか? わたしには、不器用なだけに見えますが」    お母様「…まあね。優しいのは私も分かっているんだけれど……でも、どこか腹黒いと云うか…」    メイド「はぁ…確かにそれは同意します」    お母様「あははっ…云うわね、メイドも。じゃあ、そう云うことであの子の面倒のほうもよろしくね!」    メイド「で、ですが、面倒とおっしゃられても、わたしには何をすればいいか…」    お母様「そうねぇ…基本的にはいつもと同じでいいんだけど…。ちょっとだけ、説教臭く接してあげてちょうだい」    メイド「説教臭く…? それはまた妙なことを…」    お母様「あなたのほうが、精神年齢は高いでしょう? 出来るだけ、お嬢様を戒めるような態度を取ってくれればいいわ」    メイド「……わかりました」    これが、後々メイドの性格を変えていく要因となるのでした。        ※数ヶ月後    (書斎)    数ヶ月後のあるお部屋で。    メイド「……はぁ」    メイドは椅子に腰掛け、溜息をついていました。  雑巾がけが終わり、次は二回目の洗濯をしなければならないのに、その足は動こうとしません。    メイド「………はぁ」    ?「どうしたのかしら、溜息なんてついちゃって」    メイド「あ、お嬢様…!」    ガタッとおもむろに椅子から立ち上がります。    お嬢様「いいわよ、そんな固くならなくて」    メイド「で、ですが、お嬢様は、メイドのお仕えするご主人様ですので」    お嬢様「……はぁ。そんなにカチコチしてるから疲れが溜まるのよ」    メイド「い、いえ、疲れてなどっ!」    姿勢を正して、ハキハキと答えますが、その表情は疲れを隠せていませんでした。    お嬢様「ひどい顔……してるわよ? はい、これ……」    メイド「こ、コーヒー…! そんな、お嬢様、こういうことはメイドにお申し付けください!」    お嬢様「はぁ……。コーヒー淹れるくらい、あんたの手を煩わせたくないわ  お嬢様「さあ、飲んで? 味はあんたより大分落ちるけど」    メイド「……でも」    お嬢様「あたしのコーヒーはまずくて飲めないかしら?」    メイド「い、いえ、そういうわけでは…」    お嬢様「ならば飲みなさい」    メイド「はい……頂きます…」    フーフーと息を吹きかけ、そうっとコーヒーを口に運ぶメイド。  コクリ、と喉を鳴らし……    メイド「んっ……あ、おいしいです、これ……」    お嬢様「そう?」  お嬢様「ふふふ、まああたしが淹れてあげたんだから当然なんだけど」    メイド「はい。なんだか、あったかい味がします……」    それから黙って数口ほどコーヒーをすすった後、お嬢様が切り出しました。    お嬢様「で、どうなのよ、メイドの仕事は?」    メイド「は、はい……バッチリでございます…!」    お嬢様「嘘おっしゃい」    メイド「ふぇっ」    お嬢様はコーヒーを置くと、メイドの頬に指を這わせます。  そしてツーと円を描くと、両手で頬を包みました。    お嬢様「あんたが……」  お嬢様「あんたが……他のメイドに馴染めないで、仕事もミスばっかりなのはあたしも知ってるんだから」    メイド「そ、そんなこと……」    お嬢様「辛いんでしょう?」    メイド「……ぁっ」    遮るようにメイドを抱きしめるお嬢様。  コツンとおでこをぶつけると、強い眼差しで、メイドの瞳を覗きます。    お嬢様「だけどあなたは……」  お嬢様「…この家への恩義もあるからつい頑張っちゃう……。うふふ、真面目な子ね、まったく」    メイド「お、お嬢様くるし…っ」    いっそう強く抱くと、お嬢様は妖艶な笑みを浮かべ、少し首をかしげました。    お嬢様「あたしの前くらいではリラックスしていいのよ?」    お嬢様はテラリと光る舌をメイドの首筋に伸ばすと…    お嬢様「……ぇろっ」    メイド「……ひゃぅっ!…お、お嬢様、くびすじ…っ」    お嬢様「んふふ……やっぱりあんたは悪戯のしがいがあるわね……はむっ」    メイド「ぁぁあっ、みみ、噛んじゃ……んんっ!」    耳を甘咬みされて、よがるメイド。  舌で耳の穴を陵辱され、ビクンビクンと肢体が跳ねます。    お嬢様「クックック……どう、感じるでしょ?」    耳に息を吹きかけながら、お嬢様は囁きます。  そんなことでもビクっと反応してしまうメイドはお嬢様の云う通り、耳が弱いのかもしれません。    お嬢様「うふふ、続き…するわよ?」    お嬢様は鼻を抜けるような声で云いました。  そして、メイドの服に手をかけたその時……  …メイドの手が、それを遮りました。    メイド「やめっ……ってくださいッ!!」    ドンと突き飛ばすメイド。  お嬢様は数歩後ずさった後、先ほどとは性質の違う、母性的な笑みを浮かべました。    お嬢様「あら……昔はあんなに素直だったのに」    メイド「や、やめてください! め、メイドもお嬢様も、もう大きいんですから!」    お嬢様「ふぅん……せっかく慰めてあげようとしたのにそんな態度取るんだ」    メイド「あ、当たり前です。メイドはお嬢様のメイドなので、毅然とした態度で職務にあたるのです」    メイドになるときにお母様に言いつけられた、態度。  それを念頭に置いて、メイドはお嬢様と接しているようです。  それを見抜いてか見抜かずか、お嬢様はニコリと笑いました。    お嬢様「……でもね、これは真面目な話…、辛くなったら、あたしを頼っていいのよ?」    メイド「……ぁ、ぅ……」    お嬢様「辛くなったら、ね?」    ゆっくりと前に進み出て、そっとメイドの手を取ります。    お嬢様「あたしはいつでも……あんたの味方なんだから」    メイド「…ぁ、え、……ぅう……」    お嬢様「そのことを忘れちゃダメよ」    メイド「………だ、だだだ、大丈夫です、お嬢様にはご迷惑をおかけしませんから!」    ;扉が閉まる音    お嬢様「うふふ…やっぱりメイドはかわいいわね」    残ったのは二つのコーヒー。  そのコーヒーに、お嬢様の悪戯な笑顔が映り、揺れているのでした。  --------------------------------------------------  ◆ お父様が帰宅  --------------------------------------------------  ※一年後    (書斎)    お母様の書斎に、今日もメイドは呼ばれました。    メイド「失礼致します」    ;扉が閉まる音    お母様「あ、よく来たわねメイド」    メイド「紅茶もお持ちしました」    お母様「あらあら、すっかりメイドが板についてきたようね」    メイド「はい、おかげさまで」    心地よい音を立てながら、メイドは紅茶を淹れます。    お母様「でも大丈夫? 疲れてない?」    メイド「はい。もう仕事には慣れましたから。体力もつきましたし」  メイド「……それよりも、奥様のほうが疲れているのでは?」    お母様「…あー、やっぱりわかっちゃうかしら」    メイド「……まあ、そうですね。顔と云うか雰囲気全体に疲労感が滲み出ていらっしゃいます」    お母様「そりゃ、お嬢様と毎日顔付き合わせてちゃそうなるわよ、まったく」    メイドが手渡したカップを口に運びます。    お母様「うん、おいしいわ。随分紅茶を淹れるのも上達して…」    メイド「ありがとうございます」  メイド「それで…淑女教育……でございましたっけ? それは順調なのですか?」    『淑女教育』と云う言葉を聞いたお母様のこの表情。  あまり上手く行っていないようです。    お母様「そうね……お父さんにそろそろちゃんと教育しとけ、って云われて…敬語とか教えてるけどなかなか…ね」    メイド「まあ、お父様が…!」    お母様「ほら、お父さんって、ずっとあの子と会ってなかったでしょ? それで、お嬢が反発してて…」    メイド「ああ、なるほど……」    お母様「大変なのよ、色々と。あの子は根がお転婆だから」    メイド「あははは…」          (廊下)    お嬢様「ご、ご機嫌麗しゅうことよ、メイドさん」      メイド「これはまた、変にこじらせていますね」    噂をすれば、と云うやつでしょうか。  メイドがお母様の書斎から出ると、丁度お嬢様が歩いてきました。    お嬢様「だ、だって、今更常時敬語使えって…無謀でしょうっ!? ……ですのよ」    メイド「まあ、そうですね。話し方と云うのは、自然と身につくものですし」    お嬢様「悪かったね、自然に身につかなくて。……ですわよ!」    メイド「あはは…お嬢様もお嬢様で苦労なさってるご様子で」    お嬢様「そうね、苦労なさってるわ、本当に、ね……」    メイド「……お嬢様?」    お嬢様の声のトーンが落ち、思わず声をかけるメイド。  お嬢様の表情は、何かに追い詰められているようでした。    お嬢様「………もうすぐね、お父様が帰ってくるらしいの」  お嬢様「そこで……少しでもしっかりしたあたしを…見せたいな、って。……ですわよ」    メイド「お嬢様……」    お嬢様「でも……あたし、全然、上手く出来なくて……こんなんじゃ……」    震える声。彷徨う視線。  それは、誰かの助けを求めているかのようで……    お嬢様「……なーんてね」    メイド「……え?」    お嬢様「冗談に決まっているでしょ」  お嬢様「クックック……ずっとあたしを無視してきた男に、一発ぶちこんであげる気よ、あたしは!」    メイド「…お嬢様、言葉遣い」    お嬢様「あ、あら! アタシったらなんてはしたない! おほほほっ! ではご機嫌麗しゅう!」    さっきとは打って変わった態度でメイドの横を通り抜けると、お嬢様はお母様の書斎に入って行きました。    メイド「もう…お嬢様は」    呆れたように笑うメイド。  しかし、その瞳には一抹の不安が渦巻いているようでした。        ※数日後    そして数日後……    ;扉が閉まる音    お父様「やあ、帰ったぞ!……って、お? 全員でお出迎えか?」    扉が音を立てて閉まると、お父様が元気よく帰ってきました。  それを見越してか、すでに玄関にはお屋敷の者が一人を除いて全員集まっていました。    お母様「まあ、久しぶりね、あなた!」    お父様「ああ、そうだな。元気してたか?」    抱擁を交わすお父様とお母様は、互いの無事を確認するように背中を叩き合います。    メイド「お帰りなさいませ、ご主人様」    お父様「ん? ……ああ、キミが例のメイドちゃんか」  お父様「いつも頑張ってくれてるみたいだね。手紙に書いてあったよ」    メイド(……十数年ぶりの帰宅だと云うのに、随分とあっけらかんとしてらっしゃる…)    メイドは返事をせず、訝しげにお父様を見やりました。    お父様「……そうだ、お嬢はいないのか? おーい、お嬢ー」    お母様「ああ、お嬢は…」    メイド「……お嬢様は体調が優れないようなので自室に篭っておいでです」    お父様「………そうか」  お父様「じゃあ仕方がないな! よし、飯にしようじゃないか!」    メイド「…………っ」    お父様「ちょっと期待しちゃうなー! やっぱ飯は日本のが美味いし…」    メイド「………ご主人様」    お父様「ん? どうした、メイド」    浮かれるお父様を、メイドの氷のような視線が突き刺しました。     メイド「………それだけでございますか?」    お父様「ん? 何が?」    メイド「お嬢様は…ッ!!!」  メイド「………お嬢様、は…あなたとの邂逅をとても、不安で…それと同時に楽しみにしていらっしゃったのです……」  メイド「……その負担からか、今日は寝込んでしまっていますが」    お父様「そうだったのか。そこまで思ってくれてるってのは嬉しいな」    メイド「……なのにッ!!」  メイド「あなたは……そんなあっけらかんと…まるで、お嬢様のことはどうでもいい、と云い兼ねないご様子…」    お父様「いや、そんなことないぞ? もちろん、俺はお嬢が心配だよ」    メイド「…どの口が……」  メイド「どの口が、それをおっしゃるのですかッッ!!」    ガンッ。  メイドは床を強く蹴りながら怒鳴りました。  今ここにいない誰かの思いを肩代わりするように…  報われなかった努力を果たすように…    お父様「メイド? どうしたんだよ、そんなに怒って」    メイド「……っ!」  メイド「ここまで云ってもわからないのですかッ!? あなたは……あなたは、お嬢様の父親失格――」    お嬢様「――やめなさい、メイド!」    そのとき、別の怒声がメイドの怒声を遮りました。  お嬢様です。  彼女は、ゆっくりと優雅に階段を下ってくると、そっとメイドの肩に手を置きました。    お嬢様「……口を慎みなさい、メイド。あなたのそれは、ご主人様に対する態度ではなくてよ?」    メイド「は、はい……」     メイド(数日前までは、あんなにも危なっかしい感じでしたのに……。今はとても凛とした態度でございます…!)    メイドは驚きと共に、お嬢様の一挙一動を見逃さまいと、背筋を伸ばしました。    お嬢様「お初にお目にかかりますわ、そしてお帰りなさいませ」    お嬢様はペルシャ猫のようにスラリと姿勢を正し、華麗にお辞儀してみせました。    お父様「お、おう……。俺のほうは産まれたときに見てるんだけどね」    お嬢様「あはは、そうでございましたか。しかしアタクシは、初めて、でしたので……」    邪気のない笑顔。  普段のお嬢様を知る者が見れば二度振り返るほどに、恐ろしく違う性質の、しかし違和感のない笑顔でした。    お父様「うん、いや…驚いたなぁ。手紙で聞いてたよりも、ずっとお淑やかだ」    お嬢様「そうでございますか?」  お嬢様「それならば、淑女としての心得も学んだ甲斐があったと云うものです」    お父様「うんうん、申し分ないお嬢様だ、キミは」    お嬢様「あらあら、お褒めの言葉を頂いてしまいましたわアタクシ」  お嬢様「……そうだ、お返しと云ってはなんですが、アタクシこの日のためにプレゼントを……」    お父様「うん、なんだ、プレゼントか?」    お嬢様「ええ、ずっと会ったら渡したいと考えておりまして……さあ、こちらへいらしてお父様」    お父様「おう? なんだろうなぁ……」     お父様は本当に嬉しそうにお嬢様の近くまで寄りました。  そう、丁度、拳が綺麗に届く間合いまで。    お嬢様「――はァあああッッ!!」    ;鈍い音    お父様「――ヴッ・・・!?」    ;何かが割れる音    拳。浮く身体。割れる花瓶。倒れこむ人影。  それは一瞬にして、圧倒的な暴力を持ってして行われました。    メイド「お、お嬢様…!? な、なにを…!」    お嬢様「何をって、殴っただけですわ。云ってあったでしょう? 会ったら一発お見舞いして差し上げると」    お母様「あらあら、うふふ」    メイド「で、ですが、そんなに目一杯全力で殴らなくても……」    頬を握りしめた拳で打たれたお父様は、壁にもたれながら泡を吹いて倒れています。    メイド「ほら、ご主人様も気絶しておいでですよ…!」    お嬢様「そんなの知りませんわ! アタクシがスッキリすることのほうが優先ですのよ!」    メイド「……はぁ、本当にお嬢様は滅茶苦茶であられます」    そう云いながらも、メイドの声音はどこか満ち足りたものでした。    お嬢様「クックック……さて、あと100発これをお見舞いしないと気が晴れないのですが……」    お母様「あらあら、死んじゃうわよ?」    お嬢様「うん、でもこれで勘弁しておきますわ。殴るほうも痛いのですね、これ」    お母様「そうよ。私もこの人をよく殴ってきたからその痛みわかるわ」    メイド「この母あってこの娘あり、ですね…」    お嬢様「でもまあ、さっきの一発で、お父様のアタクシにしたことははチャラですわ」    メイド「お嬢様……」    お母様「ずいぶん安くついたわねぇ」    お嬢様「……まあ、いつまでもウジウジと引きずっているのは、アタクシの性ではないですし」  お嬢様「それに少し……やりすぎたかも…しれませんし……」    お母様「そんなことないわよ。お父さんが目を覚ましたら夕食にしましょ」    メイド「…………」    不安そうに揺れるまつ毛。  メイドはお嬢様の仕草を見つめながら、ただ黙っています。  お父様が目を覚ましたのは、それから一時間後のことでした。          宴もたけなわ。  お嬢様はメイドを連れて夜の庭に出ました。    お嬢様「はぁ…疲れましたわね」    メイド「そうですか? けれど、お父様とも大分お話しできたみたいで楽しそうだったじゃありませんか」    お嬢様「そうかしら。腹の中は、黒いもので一杯だったのですけど、顔に出ていませんでしたか、良かったですわ」    メイド「あはは…」    二人は少し歩くと、どちらともなく夜空を見上げました。  しばらくの間、満月を眺めていると、メイドの方から口を開きます。    メイド「…そうは云っていても、さらに腹の奥のほうでは嬉しいのですよね?」    お嬢様「……どうかしらね」    メイド「うふふ、素直でありませんね、お嬢様は」    お嬢様「……な、なんですの、知ったような口を聞いて…」    メイド「知っていますよ。お嬢様のことはなんでも」    お嬢様「……っ」    お嬢様「ちょ、メイド、離しなさ…っ!」    慌てて振り払おうとするお嬢様を、強く抱きしめ、メイドは囁きます。    メイド「かっこ、よかったです……」    お嬢様「…………なんのことかしら」    メイド「毅然とした態度で、お父様に向かわれたこと、心打たれました」    お嬢様「……そんな大層なものではないわ。それに……」    メイド「…不安、なんですよね? 殴ったことで、お父様にどう思われたか」    お嬢様「そんなこと……あるわけないでしょう」    メイド「殴って、お父様にどう思われるかとても不安だった」  メイド「ですが、お嬢様の中の『譲れないもの』を守るためには殴らざるを得なかった」  メイド「……自分が、自分としてそこに存在するために。お父様と、正面を向き合った関係を作るために」    お嬢様「さあ、どうかしらね」    メイド「まあ、素直じゃないお口ですこと」  メイド「ならば何故、お嬢様はお部屋に引き篭もってお出でだったのでしょう?」    お嬢様「………はぁ。そうですわよ、不安でしたわよ。これで満足かしら?」    メイド「ヘソを曲げないでくださいませ、お嬢様。メイドは、お嬢様の不安を少しでも和らげてさしあげたい、とそう思っているのです」    お嬢様「へぇ……不安を和らげる、ねぇ……」    ニヤリといつもの笑みを向けるお嬢様。  そのおでこに、メイドのデコピンが入りました。    メイド「えっちなことはダメです」    お嬢様「いてっ…! んもうっ、ご主人様にデコピンとは悪いメイドね」    メイド「うふふ、ご主人様には及びませんことよ」    お嬢様「……はあ、まったく。いつからこんなにもクールになったのかしらね、あなたは」    メイド「さあ? いつからでしょうか」    ふざけた調子で云うメイドにお嬢様を溜息をつきます。    お嬢様「まったく…小さい頃はアタシの云いなりでしたのに…」    メイド「メイドも成長しています」    お嬢様「ふん、色々変わりましたわよね、あなたは」    メイド「お嬢様は変わりませんね」    お嬢様「悪かったですわね!」    メイド「ですが、メイドにも変わらないものはありますよ?」    お嬢様「ふぅん。なにかしら?」    メイドはギュッとお嬢様を深く抱きしめると……  お嬢様の瞳をしっかりと見据えながら……    メイド「いつでも、お嬢様の味方、と云うことです」    そう、云いました。  今までのなかで、最高の笑顔で。    お嬢様「……ぇ、ぁ……」    メイド「……お嬢様? どうされましたか?」    お嬢様「な、なんでもないですわっ! と、と云うかっ、いつまであなたはアタシにくっついている気!?」    メイド「あ、これは失礼いたしました」    メイドはそっとお嬢様の肩から手を離すと、優雅にスカートの裾を上げました。    お嬢様「まったく……。でも……その……ありがとっ」    メイド「……はい、お嬢様」      (タイトル表示)   -------------------------------------------------- ■ エンディング -------------------------------------------------- ※告白された次の日の夜 (お嬢様の部屋) お嬢様「……はぁ」 思い返してみると……色々、ありましたわね。 アタクシがメイドの支えになって……そしてメイドが、アタシの支えになっていたのですね。 ……本当に、二人で寄り添って生きてきました。 お嬢様「……はぁ」 ですが…そんなアタクシ達の関係も、簡単に壊れてしまいますのね。 結局、あれからメイドとは一言も喋っていませんわ。悪戯でもすれば、また元の関係に戻ると考えていましたのに…… お嬢様「当のメイドが自室に引き篭もってるとなると……。はぁ……」 お嬢様「…多分、仮病なのでしょうけど」 アタクシは、窓を叩いてくる雨を眺めながら、雨雲の上の満月を思い、もう何度となるかわからない溜息をまた一つ、積み上げるのでした。 (メイドの部屋) メイド「ううっ……ひぐっ、うぇっっぐ……」 メイド「ぇ…っく、ひぐ……うぅぇえ……」 涙が、止まりませんでした。 もう、何日間こうして泣き続けているのでしょうか。 仕事をほっぽり出して、ただベッドの上で毛布を被って。 わたしは、馬鹿者でございます。こんな、部屋に引き篭もっていても、何も問題は解決いたしませんのに… メイド「……ひぐっ、ひっぐ……」 ですが…怖いのです…。 この部屋から出たとき、お嬢様が、どんな顔をしてこちらを見るのか……それを考えると…わたしは…… メイド「……うぇっ、ううっ、ひっぐ、……こわい、よぉ……なん、で、…わたし、あんなこと……っ」 メイド「わたしは…っ、おんなのこなのに……っ! あたまがおかしいのに……っ」 ……わたしは、この『異常』をお嬢様に…押し付けたのです。 何にも包むことなく、直接、投げつけたのです…… お嬢様が、どう感じるかも想像せず……自分勝手に……! メイド「こんなっ…ひぐっ、こんなわたしが……お嬢様のとなりに……居ていい道理など…ううっ……あるわけっ、ないっ!」 メイド「……そうですわ。……そうです。わたしが……こんなわたしが、まだお嬢様にお仕えしているなんて……ありえません」 メイド「わたしが…お嬢様にお仕えすることなんて……もう……出来ない…っ!」 わたしはベッドから這い出ると、机に向かいました。 お嬢様に、別れを告げるために―――。 ※次の日 (リビング) お嬢様「……はぁ、今日もメイドは部屋から出てこないのかしら」 朝。 今日も食卓には、メイドの姿が見えませんでした。 お母様「何かあったの、メイド」 お嬢様「………色々とございますのよ、メイドにも……ね」 お母様「ふぅん……」 お母様「まあ、実は大体のところは見当が付いているのだけれど」 ジロリとお嬢様の方を向くお母様。 それに反応してお嬢様が視線をそらします。 お嬢様「……何故こちらを見つめるのか不思議ですわね、お母様」 お母様「うふふ……ウチの不肖の娘は、いつ行動を起こすのかと思ってね」 お嬢様「なんのことだか、皆目見当つきませんことよ」 お母様「あらそう。そう云えば、こんな手紙が、朝にこんなところに置いてあったのだけれど」 白い封筒をどこからか取り出し、お母様はヒラヒラと振って見せます。 お嬢様「『お嬢様へ』……ってこれは……ッ!?」 お母様「メイドからあなたに宛てての手紙見たいだけれど……欲しい?」 お嬢様「欲しい、です……」 その言葉を聞くと、お母様はどこかで見たような嗜虐的な笑みを浮かべました。 お母様「なら、おねだりなさい」 お嬢様「……っぐ…」 お母様「さあ。早く」 有無を云わさぬ物云いに、お嬢様がゴクリと唾を呑みます。 お嬢様「お願い、します……お母様…」 お母様「よろしい。じゃあ、さっさとあの子のところへ行ってあげなさい」 この母親あって、この娘と云うべきでしょうか。 お母様はお嬢様に封筒を手渡すと、手を振って廊下に消えていました。 それを見送ったあと、お嬢様は真剣な眼差しで封筒を開くのでした。 (駅のホーム) アナウンス『まもなく電車が参ります。白線の内側に…』 メイド「…………お嬢様」 ;電車 アナウンス『ドアが、閉まります…』 ;扉が閉まる音 メイド「…………お嬢様、わたしは…どうすれば、良かったのでしょうか」 メイド「自分に嘘をついてまで、最愛の人の隣にいれば良かったのでしょうか」 メイド「教えてください……お嬢様」 アナウンス『電車が発射いたします…』 ;電車 … 電車がトンネルに消えてから長い時間が経ちました。 駅のホームには、ぽつねんと一人の女の子が立っていました。 まるで、世界に一人だけ取り残されたかのように、存在が曖昧でした。 そこに、人影がゆっくりと、歩いてきます。   ?「お客様、お乗りにならなくて、良かったのですか?」 人影は聞きます。 メイド「……すみません、ぼーっとしていたもので……」 ?「ぼーっと……。何か考えることが?」 メイド「はい……色々と、考えることが…あるんです。答えは、どれだけ考えても出ることはありませんが」 メイド「もしかしたら、答えなんてないのかもしれませんし」 ?「……答えが、ない…」 ?「そんなにたくさんの荷物を持って、どこかに旅行に?」 メイド「いえ……どこにも行けませんの」 メイド「どんなにたくさんの荷物を持っても……わたしの旅行カバンには、一番……ううっ、一番…大事なものが……」 メイド「一番大事なものが……入っていないのですから…っ!」 旅行かばんはガラガラと音を立てながら、メイドの手から離れて行きました。 離れた手は、よろよろと、迷子のように空中を彷徨ったあと…自身の目を覆いました。 拭えども拭えども溢れてくる涙を、嗚咽を、メイド自身にはもう、止めることが出来ません。 彼女は、自分自身で……一番大事なものを手放してしまったのですから。 メイド「うぅっ……うぇっ、ひっぐ…お嬢様ぁ…おじょ、うさまぁ……っ!」 メイド「わたしは……ひぐっ…わたしは、どこに…行けばいいのでしょうか……っ」 メイド「…ぇ、っぐ、ひっぐ……ううっ……わたしには…お嬢様の隣いがいに……この世界に…居場所なんて……ないのにッ!!」 ?「クックック…本当に馬鹿な子ね、あなたは」 メイド「……ぇ?」 お嬢様「アタクシの隣にしか居場所がないのなら、離れなければいいいだけですのに」 お嬢様「馬鹿ね……本当に、あなたは……馬鹿ね…っ」 メイド「ぉ嬢さま……お嬢様ぁ……っ」 お嬢様「……メイド、メイド…っ」 重なりあう二つの影。 一つになった、互いの思い。 誰もいないホームで、二人の声は、いつまでも響いていました。 (街) メイド「…………」 チラッ。 お嬢様「……ん?」 メイド「ぁ……」 サササッ。 お嬢様「……?」 メイド「…………」 チラッ。 お嬢様「………ん」 メイド「ぁ……」 サササッ。 明らかに、メイドが挙動不審でした。 お嬢様「……はぁ、なんですの、あなたはさっきから…!」 メイド「い、いえ……なんでも、ありません……」 お嬢様「あのねぇ、メイド。云いたいことがあったらちゃんとに云いなさい」 メイド「で、ですが……」 お嬢様「ですがもヨスガもありはしませんわ! ウジウジといつまでも…メイドでしょう、しゃきっとなさい!」 メイド「う、うう……」 お嬢様「いつまでもウジウジ黙ってるなら………にひっ…! 嬌声でも上げていたほうがマシでしてよ? 」 悪戯っぽい顔で笑うと、メイドの胸に飛びかかるお嬢様。 両手で胸を覆うと、ゆっさゆさと揉み始めます。 メイド「ひぃぅっ……な、なんで、お嬢様は……んんっ、ぁあっ、…すぐにっ、そっち方面に……っ」 お嬢様「……あら? 今日はブラをつけているのね?」 メイド「……と、当然…っ、ですっ……」 お嬢様「―――ならば、明日からは、つけてなくてもよろしくてよ」 メイド「……? それはどういう……むぐっ!?」 メイドの言葉を遮るように、お嬢様はメイドの唇を奪いました。 お嬢様「れろっ…ちゅぱっ、ちゅっ、ちゅっ……ぶふっ、ぇろ…あむっ、ちゅっ……」 メイド「おじょ、う……んちゅっ、んむっ、ふっ……んんっ、むぐっ…おじょう、さま……」 トロンと蕩けた表情で、お嬢様の舌に応えるメイド。 確かな情熱を持って、舌を絡めていくお嬢様。 深いキスは、長い時間続きました。 お嬢様「れろっ……んーっ、ちゅっ……ぷはぁ」 お嬢様「……好きよ、メイド」 メイド「もうっ、お嬢様、いきなりなにを………って、え?」 お嬢様「だから…好きって云ったのよ……」 メイド「……え、それって」 お嬢様「もう、面倒な馬鹿メイドですわね! アタクシはあなたが好きっ! わかりましたか!?」 メイド「ぇ、あ、はい……」 お嬢様「……わかったら、行きますわよ!」 メイド「え、どこにですか?」 お嬢様「家に決まっているでしょう!」 メイド「あ、はい……」 お嬢様はメイドの腕を強引に掴むと、歩き始めました。 メイドはポカンと呆けた顔で、ただそれに従うのでした。 (街) それから数分後。 メイド「…………お嬢様」 お嬢様「……なんですの」 呆けていたメイドが、おもむろに口を開きました。 メイド「もしかして、メイドのことを好いていると……そのような意味のことをおっしゃりませんでしたか?」 お嬢様「……今しがた、云ったばかりですが」 メイド「……えーと、と云うことは………………ってえぇえぇぇぇぇぇぇえええええッッ!?」 お嬢様「さっきからなんですの、あなたは!!」 叫ぶメイドに、真っ赤な顔でお嬢様が叫び返します。 二人共、テンションがおかしくなっているのですね。 メイド「え、好きって……えっ? わたしの、わたしのことが……好きって……えっ?」 お嬢様「………はぁ、まったく、あなたは……」 お嬢様「わかりました、もう一度だけ云います」 メイド「…………はい」 すぅと息を吸い、そして、ゆっくりと吐き出しました。 お嬢様「――アタシは、あなたをお慕い申しておりますわ、メイド」 メイド「…………ぁ」 お嬢様「…………」 メイド「……ぅ」 お嬢様「……なんか、云ったらどうなんですの」 メイド「……っ、……ううっ……ひぐっ、ううっ………」 ポロポロと、メイドの瞳から涙が流れ、頬を伝ってアスファルトを濡らしました。 お嬢様「なんで泣くのよ…!」 メイド「はぃ……ごめん、なさいっ……ひっぐ…でも…、うれしくて…涙が……っ」 お嬢様「…泣かないでちょうだい、メイド。アタシはあなたの泣いてる顔なんて見たくなくてよ?」 メイド「お嬢様……っ、まって、あと……少しで…っ、ひっぐ…泣き、やみますからぁ……」 お嬢様「……もう、泣き虫メイドね、あなたは」 優しく、抱擁。 背中に腕を回すと、メイドはお嬢様の胸に身体を預けました。 メイド「ううっ……うわぁああああああっ!!」 メイド「こわかった、こわかったんです……っ、わたしにはっ、…おじょうさま、…しかっ…ひぐっ……おじょうさましか、いませんから……っ!」 お嬢様「馬鹿ね。あなたをアタシが嫌いになるはずなんてないじゃないの」 メイドの髪を愛おしげに撫でると、お嬢様は囁きました。 メイド「ひぐっ……おじょうさままで、失ったら……わたしっ、どうすればいいんだろう…って、こわくて……っ」 お嬢様「なのに、自分の意思でアタシから離れようとした。本当に救いようのないお馬鹿さんですのね……バカ正直過ぎますわよ、あなた」ナデナデ メイド「そうなんです…っ、バカ、なんです、わたしぃ…っ!」  メイド「おじょうさまがいないと……っ、何にもできなくて…っ! だから、ずっと、……一生、わたしをそばに……っ、おいてください…おねがいします…!」 お嬢様「……まぁだわかっていないようね、メイドは」 メイド「……ぇ?」 お嬢様「アタシも……あなたがいないと、………何も出来なくてよ」 メイド「……ぁ」 お嬢様「アタシにも……あなたが必要ですのよ、メイド」 メイド「わたしにも……わたしにも、お嬢様が必要ですっ!」 涙を湛えたメイドの瞳が、お嬢様の瞳と交わり…… 二人の顔は、また少しずつ近づいて…… お嬢様「うふふ……メイド……ちゅっ…」 メイド「……おじょう、さま……ちゅっ……」 お嬢様「はい、おしまい」 メイド「…ぇ?」 啄むような、触れるだけのキス。 それでお嬢様は、唇を離しました。 お嬢様「アタシ、うっかり失念していましたけれど……」 メイド「……?」 お嬢様「ここ、人の往来の真ん中でしたわ」 メイド「……ああああぁああああぁあぁぁぁぁっ!! そうでしたぁあぁぁぁぁぁあっっ!」 お嬢様「うふふ、衆人の耳目の前でキスして蕩けた顔になっちゃうなんて……さてはメイド、露出で感じる変態なのでなくて?」 メイド「そ、そんなことないです!」 お嬢様「クックック…冗談ですわ。さあ、お屋敷へ帰りましょう?」 メイド「……はい、お嬢様」 恥ずかしいのかメイドは早歩きで。 お嬢様は飽くまでも毅然とした足取りで。 性格が正反対の二人。 ですが、その手はしっかりと…繋がっていました。 ※夜 (メイドの部屋) 夜。 わたしは自分の部屋で、今日あったことを一から全部思い返していました。 ベッドの上で。 絶望からではなく、恥ずかしさから毛布を被りながら。 メイド「……わたしは、幸せ者にございます。朝起きた時の絶望が嘘のように……夜にはこうして、同じベッドで寝ることが出来るなんて…」 メイド「お嬢様の、おかげです……。わたしは、お嬢様がいたからこそ、こうやって生きてくることが……」 メイド「………きです」 メイド「……好きです、お嬢様! 好きです…! 好きで、好きで……堪らないです…!」 メイド「お嬢様……わたしを…、馬鹿なわたくしめを……どうか……っ!」 ;扉が閉まる音 メイド「……ひぃっ!?」 そのとき、誰かがわたしの部屋に侵入してきました。 お嬢様「はぁ…。様子を見に来てみれば、何をあなたは恥ずかしいことを垂れ流しにしていますの?」 メイド「お、お嬢様…!」 パジャマ姿のお嬢様が呆れた顔でこちらを見ていました。 まさか…今の言葉全部を…… お嬢様「……勘弁してちょうだい」 お嬢様「…本人のいない前で…その、好き……などと連呼するのは……」 ああ、やっぱりでございますか…! メイド「も、申し訳ありません…」 お嬢様「ま、まあそれはいいとして……」  お嬢様「そ、それで……明日の話なんですけど……」 メイド「明日…?」 お嬢様「えーと…その……プールに行きましょう…!」 メイド「……プール」 お嬢様「その…メイドが、殿方の目があるから嫌だって云うのは…重々承知しているのですが…… お嬢様「でも、やっぱりアタシは、メイドとプールに……」 上目遣いで、不安そうに尋ねてくるお嬢様。 いつもならば強引に、わたしの意思など関係なしに決めてしまうはずですのに。 ……少し、ですが大きな変化。 大事にされている、と云うことが分かり、思わず胸が温かくなってしまいます。 お嬢様「やっぱり……ダメ、ですわよね…」 断る理由など、ありませんでした。 メイド「大賛成です」 お嬢様「……え? で、でも…恥ずかしいって……」 メイド「殿方の目なんて気にしてる暇ないです。…………だって、わたしの目は、お嬢様に釘付けなんですもの…」 お嬢様「……なっ! あ、あなた、な、何を云って…!」 メイド「うふふ、顔が真っ赤ですよ、お嬢様」 お嬢様「ぁ、ぅ……ば、馬鹿っ! 馬鹿メイドっ!」 プイッと顔を逸らすお嬢様。 昔から、お嬢様は何か恥ずかしいことがあるとすぐにそうします。 そして、その真っ赤に染まった顔を見ていると、だんだんとお嬢様への愛しい思いが沸き上がってきて…… メイド「お嬢様…あの、お願いが……」 お嬢様「…なにかしら?」 メイド「そ、その……お休みの、キス、を……」 つい、そんなことをおねだりしてしまいます。 お嬢様「……もうっ、すっかりキス魔ね、メイドは」 メイド「は、はい……すみません……」 お嬢様「すぐ謝らないの。あなたの悪い癖ですわよ?」 メイド「ご、ごめんなさい…!…………あ」 また、謝ってしまいました。 お嬢様「もうっ……そう云うところが…可愛いのですわ……ちゅっ」 メイド「ぁ……ちゅっ……ふぁっ……んふっ、ちゅっ…」 舌を絡めずに、思いだけを口付けます。 ぽかぽかとお嬢様の唇が触れた部分が熱を持つようでした。 お嬢様「うふふ……どう? えっちなキスばっかりじゃなくて、たまにはこう云うキスもいいでしょう?」 メイド「ふぁ……好きです…きすも、おじょうさまも……はむっ」 お嬢様「キス魔ね……ちゅっ、本当に……ちゅっ、ちぅっ……ふっ、あむっ…ちゅっ……」 メイド「おじょうさま……もっと、つよい、の………むぐっ…!」 お嬢様「んふっ、いつから、こんなに……んちゅっ、れろっ、ぶふっ……うちのメイドはえっちになったのかしら……ちゅるっ、ぇろっ、ふっ……」 お嬢様の舌が、わたしの口に入ってきて、舌をすくい取り転がします。 ひたすら舌を絡めるうちに、もう何がなんだかわからくなってきました。 メイド「おじょうさま……れろっ、ふっ、ぁああっ…ちゅっ、ぁあっ……おじょうさまぁ……」 そして、随分と長い間、キスをしていたように感じました。   お嬢様「……ぷはぁっ」 唇を離すと、ツーと唾液の橋が架かります。 メイド「……はぁ、はぁ…好きです……お嬢様」 お嬢様「アタシもよ、メイド……」 二人してベッドに倒れこみました。 そして自然と、お嬢様の手が、わたしの手を包みます。 メイド「……こんなに、幸せで、いいんでしょうか…?」 メイド「この、わたしが…こんなに……」 お嬢様「あなたは……幸せになっていいんですのよ?」 お嬢様「いえ……アタシが幸せに、してあげますわ……ちゅっ」 メイド「ふぁっ……はい、幸せに、してください……」 思わず、スリスリとお嬢様の胸に頭を擦り付けてしまいます。 そうすると、お嬢様は頭を撫でてくれました。 お嬢様「うふふ、甘えん坊さんね。……これじゃ当分、このベッドを離れられそうにありませんわ……」 メイド「ふぇ…? 離れていっちゃうんですか?」 お嬢様「……もう、そんな目でおねだりされたら、一緒に寝るしかないじゃないの…」 メイド「わぁっ…嬉しいです……」 お嬢様「…………好きよ、メイド」 メイド「わたしもです、お嬢様……」 それから、会話はありませんでした。 会話はなくても、全身で、わたしたちは繋がっていましたから。 手のひらにお嬢様の熱を感じながら、気づけばわたしは眠っていました。 ※次の日  (プール) 一昨日までの雨なんて感じさせないほどの快晴。 まさしくプール日和です。 お嬢様「……遅いですわね、メイド」 そんな空の下、ぶーたれている女の子が一人。 お嬢様です。 お嬢様「大体、なんで時間差で着替える、なんて面倒なことをしなければならないのかしら」 お嬢様「なんなら、アタシが着替えさせてあげてもよろしかったのに……」 ブツブツと、何やら不平を漏らしているようです。 メイド「ごめんなさい、お待たせしました…!」 お嬢様「もう、遅いで…すわ……よ」 瞑っていた目を開き、メイドの姿を見ると…お嬢様は言葉を失いました。 メイド「どうですか、似合ってますか?」 くるーんとターンするメイド。 お嬢様「ええ…可愛いですわ……本当に……ええ、本当に……」 嬉しさを隠せない様子で、お嬢様ははにかみます。 メイド「うふふ、上は前にお嬢様がプレゼントしてくださったフリフリ水着で……」 メイド「…そして下は…お嬢様と……お、お揃いの、水着です……」 お嬢様「もしかしてあなた、アタシを驚かせたいから時間差で……?」 メイド「はい、もちろんです」 そして、ひまわりのような笑顔。 お嬢様「……っ! もうっ、なんでそんなに可愛いのよメイドは!」   メイド「お嬢様も…その、すごい…かわいいです……」 お嬢様「あ、ありがとう……」 いつものようにお嬢様は顔をそらします。 それを見てメイドは微笑み…… メイド「……それでは、お嬢様」 そっとお嬢様の腕に手をかけました。 お嬢様「ええ、泳ぎましょう…! ついてきなさい、メイド!」 メイド「はい……! どこまでも……どこまでも…ついていきます!」 お嬢様「当然よ、あなたは、一生…アタシの元に仕えるんですもの…」 絡めた指を、さらに強く繋ぎあわせ… メイド「ええ、お嬢様は、一生、わたしの…メイドの…ご主人様です…! 離れろって云われても、絶対離れませんからっ!」 その手を絶対に離さないと誓う。 一度手放した大事なものを、今度は二度と、離さない。 二人は、そう誓う。 メイド「………好きです、お嬢様、いつまでも、ずっと……」 お嬢様「アタシも……大好き…ちゅっ…」 メイド「本気で一生……離れませんから……」 恋人同士の口付け。 ご主人様とメイドの約束。 一度はすれ違ったこの場所で。 もう一度、さらに強く、繋がる。 その約束は、一生違われることはないのでしょう。 その誓いは、その思いは、一生紡がれて行くのでしょう。 一生――――。 ―Fin―