主人公:三枝祐介 ヒロイン:東城紗理奈  ←一応、イメージに合わないなら変更可 ※ひとまず文量を確認するために文だけ書く ←後でラベルなど挿入? ※同様の理由より、選択肢は一旦排除して、ある一つの一本道で書く ★序文(リード文) 「僕は彼女のことが好きなのか?」 その疑問は、今はまだ解決しないだろう。 理由は簡単で、とても単純。 きっと「彼女が僕を好きだから」だ。 彼女が僕を好きである限り、僕は彼女の本心を知れない。 彼女が僕を好きである限り、彼女は「僕」を見てはくれない。 「愛する」とか「好き」とか、言葉ではそう言ってる。 でも、分かっているんだ。 その言葉に込められた意味は、言葉通りじゃないってこと。 ……多分、僕は彼女に少しずつ惹かれ始めているんだ。 けど、それが分かっているからこそ、疑問に答えが出せない。 今の彼女は、本当の、言うなれば「一人の彼女」じゃない。 だから、いつか「一人の彼女」と接した時…… 僕はそれでも、彼女に惹かれるのだろうか? そして、彼女は……まだ僕を「好き」だと、言葉通りの意味で思ってくれるだろうか? そんなもの、分からないんだ。 だから僕には、答えが出せない。 ――事の始まりは、一カ月前。いや、彼女からすればもっと以前からだったかもしれない。 ★一カ月前の回想(ここで祐介と紗理奈がくっつく?) ○月×日 吸い込まれてしまいそうなほど青く、高く、澄み渡った快晴の空。 僕――三枝祐介――はいつものように、その青の下をせっせこ自転車を漕いで高校に辿り着いた。 昇降口に入り、あくびをしながら靴を履き替えていると、一人の女子が近くに現れた。 僕は柄にもなく、寝惚け眼のまま挨拶をした。 【三枝祐介】※以下【祐介】 「おはよう」 【東城紗理奈】※以下【紗理奈】 「おはよう。三枝君」 彼女――東城紗理奈――と僕の関係は、ただのクラスメート。 それ以外に特別な関係などなく、まあ、別にそれでいい。 けれど、興味がないわけじゃない。僕だって男だ。 東城さんは正直に言って、かなりの美人。 街で見かければ、男子ならば必ず振り返るだろう。 聞く所によると、芸能事務所から声を掛けられたこともあるらしい。 そんな東城さんは、見た目だけじゃない。 僕のクラスの学級委員長で、成績は常に校内でトップテンに入っている。 その上、スポーツも苦手じゃないらしい。 証拠に、バレーボール大会で僕は彼女のアタックに吹き飛ばされた。 【紗理奈】 「……どうしたの? じっとして」 【祐介】 「いや、僕も東城さんみたいになんでもできる人になれればなあ……と思って」 間違ってはいない。 彼女のことについて考えていた、という点においては。 【紗理奈】 「変なことを言うのね。でも、私にだってできないことはあるの」 【祐介】 「へえ、想像できないな。どんなこと?」 【紗理奈】 「相手の心を読むこと。……例えば、三枝君の心、とか」 冗談で言っているんだろうけど、妙に真剣なトーン。 【祐介】 「できないこと、じゃないよ、そんなの。超能力じゃん」 【紗理奈】 「少しでいいから、気持ちを知りたい。そういう相手の一人くらい、君にだっているでしょ?」 いたずらっぽく笑って、東城さんは僕の顔を覗き込む。 からかわれているのは分かっていても、なんだろう、嬉しい。 そもそも、これまでも挨拶と学校でのちょっとした仕事以外では接点がなかった。 それだけなのに、こんな風に「からかってくれる」程度に心を許してくれていたとは。 いや、僕の「女性に翻弄されたい願望」は別として……。 【祐介】 「……今の東城さんの気持ちが知りたい気分だよ」 【紗理奈】 「お・し・え・な・い」 一文字一文字区切って、楽しげに東城さんは言う。 そう、彼女は優等生で綺麗で、でも、クールってわけじゃない。 時に気さくで可愛い。そういうところに惹かれる男子も多いと聞く。 計算だとしても、このギャップにはやられるよな。 【紗理奈】 「あ、三枝君が教えてくれるって言うなら、私も教えてもいいかも」 また、からかうような笑顔。 そんな彼女と共に、僕は上履きをペタペタと鳴らして廊下を歩き出す。 【祐介】 「今の気持ちか……眠い?」 わざとらしくあくびをして見せる。 が、東城さんは不機嫌そうに首を振った。 【紗理奈】 「……私の知りたい気持ちじゃないから、意味ないよ」 【祐介】 「じゃあ、何が知りたいんだ?  仮に今、僕の気持ちを読んだとしたらそうなるんだから仕方ない」 僕の問いに、彼女は首を傾げて少し考える素振りを見せた。 数秒後、ゆっくりと口を開く。 【紗理奈】 「一番知りたいのは……弱味、かなあ?」 噛み締めるように恐ろしいことを言うな! とは、ツッコめるはずもなく、僕は驚いた風に目を見開いた。 【祐介】 「よ、弱味? それはちょっと穏やかじゃないな  ていうか、そんなもの知ってどうするの?」 【紗理奈】 「どうするって、あんなことやこんなことをするの」 【祐介】 「冗談?」 【紗理奈】 「本当に心が読めたら、冗談とは言えなくなるかもね」 それは、「冗談だ」と取っていいのか。 【祐介】 「まあ……僕だって、そんな能力があればそういう使い方もしちゃうか。  ああ、でも、東城さんには弱味とかなさそうだし……」 【紗理奈】 「じゃあ、三枝君、私が知られたくないことってなんだと思う?  その、具体的に、さ」 【祐介】 「ええと、なんだろ?」 東城さんが他人に知られたくないこと? しかも、具体的に? いや、当てても当てなくても、どうせ教えちゃくれないだろうけど。 勉強、運動、見た目、全て秀逸。 なら、それに関する悩みではないはず。 だったら、もっと、別な、そう、彼女だけではどうにもならないこと? つまり、相手がいるんだから、一般的なことで言えば…… 【祐介】 「ありきたりだけど、好きな人、とか?」 【紗理奈】 「大正解」 上履きの靴音を高く鳴らしてクルリと僕の方を振り向き、東城さんはピッと人差指を立てる。 彼女が足を止めたのにつられて、僕も足を止める。 ……って、いや、今、「大正解」って言ったか? マジで? 当たっちゃったの? 「好きな人」が、東城さんの知られたくないこと? あの、こう言っちゃなんだけど、東城さんは逆に選べる立場だろうに。 言い寄ってくる男子はいくらでもいるはずだ。 優等生ってこともあって、若干言い寄り辛くはあるけど それでも、総告白され回数は二桁は堅い。 ……あれか、よくドラマとかである、アレ。 「本当に好きな人からはアプローチされない」的な展開か。 だとしたら、そいつはなんて罪な男子なんだ。 我が高校の男子共の怨念を一身に受けて爆死するがいい。 まあ、僕には関係のないことだ。 ただ、東城さんに「好きな人」がいるってのは意外。 そういう噂、全然なかったし。 【祐介】 「あの、正解、とか言っちゃってよかったの?」 【紗理奈】 「当てられちゃったんだもん、出題者として嘘は吐けない。  ……意外って顔してる」 フフッと笑って、東城さんは再び歩き出した。 【祐介】 「あ、ちなみに、誰?  ……とか、教えてくれないよね、さすがに、ハハ」 どうしても気になって、我慢できなくて、聞いてしまった。 うん、答えてくれるわけないって分かってるんだけどさ。 分かってるから、こうして苦笑いでお茶を濁しているんだ。 それに―― 彼女の顔が、一瞬だけ、強張ったんだ。 見開かれているようにも見えた、笑っていない目。 僕を見つめていたそれは、まるで僕を糾弾しているかのようだった。 【紗理奈】 「……知りたいなら、教えてあげなくもないよ?」 からかうようでもなく、嘘のようでもない。 静かで、落ち着いた、真摯な言葉。 僕はなぜだか、心臓がキュッと冷たく縮み上がるのを感じた。 意外な返答だったから? さっきの目を思い出したから? ……いや、多分これは東城さんの秘密を知れるってことに対する、一種の快感。 僕だけが知れる優越感と、好奇心と期待心。 でも、さっきの目を思い出して、知ることに少しの恐怖も覚えている。 けど、それゆえ、彼女の誰にも侵せない「禁忌」に触れられるようで。 ――変態かよ、僕。 【祐介】 「教えてくれるって言うなら、知りたいな。  なんせ、他でもない校内一の美少女、東城さんの秘密なんだから」 からかい気味に僕が言うと、彼女は少しだけ頬を赤らめた。 一瞬だけ驚いた様子で僕を見たけれど、すぐにふいっと目をそらす。 それでも、何かを言おうともごもごと言葉を探しているみたいだった。 ごめん、罪悪感。 そこまで恥ずかしがられるなんて、思っていなかったんだ。 だって、東城さんなら、言われ慣れてるかと思うじゃん。 ああ、逆か、「本当のことだから言われ慣れてない」のか? しばし流れる、気まずい沈黙。 【祐介】 「あ、あの……と、東城さん?」 堪えられず、沈黙を破る。 けど、それと同時に東城さんが上ずった声を上げる。 【紗理奈】 「と……取り引き、しよ?」 疑問形のクセに僕を見ようとせず、彼女は言った。 自身の動揺を抑えるためか、階段を数えるようにうつむきがちに上る。 さっきの僕の言葉、確かにからかってはいたんだけど、ある意味、真実だ。 意外と、東城さん、男子に慣れていない純朴な人なのかもな。 【紗理奈】 「あの、さ、放課後、教室に残っててよ。  ちょっと、その……学級委員の仕事を手伝って欲しいの」 僕をチラと見て、落ち着いた風に息を吐く。 話を変えたからか、ややビジネスライクな口調。 【祐介】 「それが、取り引き?」 【紗理奈】 「うん。  手伝ってくれたら、教えてあげる」 僕の問いに、彼女は小さくうなずいた。 なんというか、拍子抜けだ。 僕が聞こうとしてるのは、東城さんの「知られたくないこと」。 言い換えれば、「誰にも知られないよう隠してきたこと」。 だったら、「学級委員の仕事」程度じゃ釣り合わない。 なんだか妙だ。 なんて疑っていると、東城さんは階段の踊り場から僕を振り返った。 【紗理奈】 「大丈夫。約束は破らない」 そう言って、彼女はかすかに微笑んだ。 ■場面転換(一気に放課後へ?)←これ以前にも場面挿入可 放課後。 朱く儚げな西日が差し込む、がらんとした教室。 歩く度に上履きの音が響き渡り、なんとも言えない寂寥感が空間を包んでいく。 外から聞こえてくるのは、部活に精を出している生徒達の声。 それを聞いていると、まるで外とは隔絶された世界にいるかのような錯覚に陥る。 そんな、見慣れているのに、どこか違った、よくある放課後。 【紗理奈】 「今、帰れば、取り引きを放棄できるけど、いいの?」 そう言って僕の前に現れた東城さんは、夕日に照らされて幻想的に見えた。 開けられた窓から入ってくる風に、彼女の髪がしなやかに揺れる。 普段はチラリとしか見られないきめ細かな白い肌は、陶器のように美しい。 そして、じっと僕を見詰めてくる大きな瞳は、朱の光を受けて宝石のようだった。 この時僕は、彼女に見惚れていた。 ふと、彼女が首を傾げた。 ずっと見ていたのを不審がられたみたいだ。 「見惚れていた」なんて、これから「好きな人」を聞く人に言えない。 そうでなくとも、言えるはずない。 その、とりあえず、ええと……。 【祐介】 「ああ、と、取り引きの放棄?  するもしないも、たかが学級委員の仕事なんだろ?」 と、そこまで言って、違和感。 たかが学級委員の仕事で、ここまで念を押すか? そうだよ、これは東城さんの秘密と引き換えなんだぞ。 それに相当する何か、と考えるべきじゃないのか? 【祐介】 「……いや、ちょっと待て、そこまで念を押すって、どんな仕事?」 【紗理奈】 「いいから、キミは私の指示に「はいはい」と従って動いてくれればいいの」 ぴしゃり、東城さんは言う。 これはどうにも、従うしかないようだ。 怖いけど。 【祐介】 「……はいはい」 僕がしぶしぶ返事をすると、彼女は満足げにうなずいた。 【紗理奈】 「まずは、このアンケートの集計からね」 【祐介】 「はいはい。  ……って、まずは?」 仕事は一つじゃなかったのかよ。 僕の気持ちを知ってか知らずか、彼女は机の上にドンと紙の束を取り出す。 どうやら、このクラスで以前に行ったアンケートらしい。 向かい合わせの机。 一方に彼女が座り、向かい合う形で僕が座る。 仕事でなければ、そして、この紙束が間になければ……。 あ、それだとマトモに顔も上げられないや。 【紗理奈】 「この名簿に回答を纏めて、最後に合計を計算しておいて」 そう言って、彼女は生徒の名が連ねられた紙を僕の前に置いた。 サラッと言ってくれるが、集計すべき紙の枚数は四十枚弱。 渡された名簿を確認するに、なかなかに骨の折れそうな作業だ。 しかも、仕事はこれだけじゃないっぽいし。 今更、放棄はできないよな。 【祐介】 「……分かったよ」 正直に言って、この時点で僕は東城さんの秘密なんて半ばどうでもよくなっていた。 ただ、面倒だから早いとこ帰りたい。 その気持ちの方が、遥かに強かった。 そもそも、東城さんの好きな人なんて知ったって、どうしろと? 僕のぶっきらぼうな返事に、東城さんは困った顔をする。 【紗理奈】 「……嫌なら、帰ってもいいよ。  どうせ、私の仕事だから」 【祐介】 「気を遣わなくていい。  あれだ、乗り掛かった舟ってやつ」 なに言ってんだ、僕。 まあ、実際問題、取り引きに応じたのは僕の方だしな。 それに、東城さんから頼まれた仕事を放棄するとか…… 知られる相手によっちゃ、恨まれかねない。 いや、カッコつけたかったのかな、僕。 東城さんの前で。 ――東城さんには好意を寄せている相手がいるのに? 女子の前でカッコつけるのは男子高校生の習性だ。 たとえ、それに意味がないと分かっていても。 【祐介】 「……悲しい習性だな」 【紗理奈】 「なんのこと?」 東城さんに尋ねられて、ようやく僕は声に出していたことに気付く。 【祐介】 「ああ、いや、こ、こ、こういう時に、断れない習性? 僕の」 【紗理奈】 「ふうん、それが悲しいんだ?  私は……優しい人だなあ、って思うけど」 手を止めて頬に指を当て、彼女は小首を傾げた。 いちいち動作が画になる人だ。 そんな動作でこんなセリフを言うものだから、ちょっと胸が高鳴った。 【祐介】 「そ、そう……」 結局、僕は何も返せずに、名簿へと目を落とさざるを得なかった。 ホント、この場から逃げ出したい。 ■場面転換(時間経過的な意味で) ……………… どれくらいの時間が経っただろう。 傾いていた日は更に傾きを増し、空は朱から藍と黒に滲んでゆく。 外から聞こえてきていた活気ある野球部員の声は、後片付け中の談笑へと変わっている。 粛々と、淡々と、僕と東城さんは作業を続けていた。 片付けた仕事は、合計三つ。 全て集計作業。 学級委員の仕事って、過酷だな。 今度からはアンケートとかにもちゃんと答えよう。 こうやって、自らの行いを悔いたくなるほど、過酷なんだ。 こんなに時間が掛かることを一人でやってるなんて、東城さんは凄いな。 【祐介】 「終わり、っと」 僕は紙束の最後の一枚の回答を名簿に書き写して、からから、とペンを転がした。 ぐいと背もたれに背を押し付けて伸びをすると、パキパキ、と背骨が悲鳴を上げる。 目を休めるために窓の外に目をやって、大きくあくび。 【祐介】 「ふぁ〜あ。  日も落ちてきたし、さすがにもう仕事はないよな……」 あったとしても、僕が手伝えるのはまた後日だ。 【紗理奈】 「ありがとう。  あ、でも、ちょっと待ってて」 【祐介】 「あ、うん」 僕をチラリと見上げていった東城さんに、僕は立ち上がって小さく返事をした。 この時の僕の気持ちは、推して知るべし、だ。 こんな時間帯、こんな状況、こんな暗くなり始めた教室。 そこで発せられる「待ってて」という言葉の破壊力。 もう、理想的青春すぎて、現実じゃないみたいだ。 そ、それで、これから、どうなる? と、ここまで考えたところで気付く。 【祐介】 「あ」 そうだった……。 これ、取り引きだったな。 どうなるって、どうもならないんだ。 ドラマのような「告白」にうってつけの場面だけど、「告白」の意味が違う。 「好きな人へ」ではなく「好きな人を」告白する。 これから起こることは、その程度のこと。 【紗理奈】 「はい、私も終わり。  じゃあ……最後に、まだ、仕事が」 立ち上がって、僕の目を見る。 そして、彼女は申しわけなさそうに目を伏せた。 【祐介】 「まだあるの?  こんな時間だし帰りたいんだけど、勘弁してくれないかなあ」 本気で帰りたかった。 これだけやって報酬が「僕にとっては無価値なもの」なんだから。 噂好きの女子や東城さんを好きな男子なら価値を見い出せるんだろうけど。 【紗理奈】 「あ、その、ごめんなさい。  でも、すぐに、終わるから」 いつになく歯切れが悪い東城さん。 言おうか言うまいか悩んでいる様子。 目を合わせようとせず、僕から顔をそらしているのがいい証拠だ。 確かに面倒だけど、そこまで申しわけなさそうに言わなくても……。 目くらい合わせてくれてもいいんじゃないか。 別に、僕は怒っているわけじゃない。 あ、そうか、「最後の仕事」って「彼女にとっての最後の仕事」か。 つまり、取り引きの件。 なるほど、だから、こんなにも言い辛そうにしてるんだな。 そう考えると、東城さん、恥ずかしがってるのかな。 ああ、なら、いいものを見れているのかも。 【祐介】 「……言い辛いなら、別に言わなくてもいいよ」 【紗理奈】 「え?」 【祐介】 「最後の仕事って、取り引きのことだろ?  まあ、唯一の報酬ではあるんだけど、そこまで知りたいって思わないしな」 もういいや、この恥ずかしがっている東城さんを見れたことが報酬で。 【紗理奈】 「ち、違うの!  取り引きは、また別で、これもれっきとした仕事で……」 【祐介】 「……マジかよ」 数分で終わる仕事ならやらないでもない。 けれど、今さっきやった仕事から察するに、そんなわけはない。 東城さんは、何かを決意したように大きく深呼吸をした。 【紗理奈】 「……本当は、もっとピシッと言いたかったんだけどなあ」 ふう、と細く息を吐き、彼女は顔を上げて僕を真正面から見つめる。 【紗理奈】 「この仕事を承諾してくれたら、取り引きは成立。  私の秘密を教えてあげるよ」 なんだか、やや早口でぶっきらぼうな口調。 さっさと終わらせてしまいたい、みたいな気持ちがひしひしと伝わってくる。 それにしては、さっきから要領を得ない会話ばかりだ。 【祐介】 「うん、分かったから、その仕事を言って。  すぐに終わるものだったら、「はいはい」と片付けるから」 一瞬だけ、本当に一瞬、彼女の顔が明るくなったような気がした。 【紗理奈】 「安心して、すぐ終わる。  ……あ、こ、ここでは、ね」 と、不思議な前置きをしてコホンと可愛らしい咳払い。 「ここでは、すぐ終わる」? ごめん、ちょっと理解できない。 ここでは「承諾」するだけで、後は「ここではない場所」でやる? 無理矢理解釈するならそうなるけど、そんな宿題形式は嫌だぞ。 【祐介】 「……なんなの? その仕事」 嫌な予感を胸に、僕は尋ねた。 だって、宿題も嫌だけれど、このまま進展がないと日が暮れる。 やるにせよやらないにせよ、聞かないことにはどうにもならないし。 僕の問いに、東城さんは目をそらす。 しかし、時折、目を合わせては僕の表情を窺っている。 それが何を意味するのか、分からない。 【紗理奈】 「その……ええと……」 しばらく口ごもった後、すうと息を吸って、彼女は言う。 【紗理奈】 「わ! わ……」 【祐介】 「わ?」 【紗理奈】 「わ、私と、付き合ってください!」 【祐介】 「は、はあ?」 口を突いて、我ながら情けない声が漏れた。 いや、だって、そりゃ、そんなもの、こうもなるさ。 なに? 待てよ、理解の範疇を越えてるんだけど? ……どういうことなの? え? これが、最後の仕事? ええ? 何を求められているんだ? 一体全体、何を考えているんだ、東城さん。 【祐介】 「じゃ、じゃあ、と、東城さんの好きな人って……僕?」 ひとまず、客観的事実から論理的に導き出した質問を彼女に投げ掛ける。 【紗理奈】 「……まだ、取り引きは、成立してないから」 恥ずかしげに小さな声で彼女は応えた。 【祐介】 「……」 あまりの展開に、絶句。 いや、東城さんの様子を見る限りではいたずらで言っているわけでもなさそう。 けど、だったら、こうすることを織り込み済みで「取り引き」を設定したのか? そんなこと……。 って、何を冷静に分析してんだ、僕は。 どうすんだよ、ホント。 ええと、そう、整理しよう、うん。 そうだな、ここで僕が考えるべきことは……。 つまり、答える選択肢は「はい」か「いいえ」のどちらかしかない。 だって、他に何を言おうと、何を確認しようと、彼女は「取り引き」を持ち出すだろうし。 ……どうにも、予想外すぎる展開。 せいぜい、一緒に帰る、くらいならまだ迷わなかったんだけど。 【紗理奈】 「……」 一向に何も喋ろうとせず、顔を赤くしたまま僕の顔をチラチラと見上げてくる東城さん。 僕と目が合うと、慌てたように目をそらした。 な、何か、喋ってくれないかな。 もう、この場の空気が、雰囲気が、不甲斐ない僕を責めてくるようでキツイ。 【祐介】 「……よし」 小さくそう漏らして、僕は覚悟を決める。 そうだ、全てを排除して考えてみれば単純なんだ。 僕は東城さんに告白されている。 東城さんは美人で、それまで意識したことはなかったが、こう、多分……そう。 ……気恥ずかしいけど、きっと、「好き」になったんだ。 いいや、違う。 「好き」だと自覚するきっかけがなかっただけで、「憧れ」だと思っていただけで。 うん、僕はこの「彼女が僕だけに見せた姿」に絆されたんだ。 簡潔に言えば、僕は彼女を愛したくなった。 【祐介】 「あの、さ、こういうの慣れてないから、変かもしれないけど……。  こ、こちらこそ、よろしく」 緊張のせいで雰囲気もなにもなかった。 けれど、東城さんは頬を赤くしたままとても嬉しそうに笑った。 【紗理奈】 「あ、ありがと。  それで……取り引きは成立だね」 どうしてだろう、彼女のその嬉々とした笑顔を見ていると、こちらまで嬉しくなってくる。 【紗理奈】 「でも、キミなら、そう言ってくれると思ってたよ。  ……私の大好きな三枝君なら」 彼女はいじわるそうに、だが、ひどく恥ずかしそうに、そう言った。 【祐介】 「だっ……大好きって……」 面と向かって言われると気恥ずかしい。 っていうか、自分で言って恥ずかしがるくらいなら言うなよ。 ……けど、ダメだ……ニヤける。 少しの間、お互いに何も言葉が出なかった。 でも、嫌な間ではなかった。 不意に、東城さんが胸に片手を当ててつぶやく。 【紗理奈】 「……すっごく、ドキドキしてる。  でも、あったかいの」 彼女は目を落として、自分に語り掛けるように続ける。 【紗理奈】 「……変な感じ。  初めてだし、こういうの。  だけど、嫌いじゃなくて……」 【祐介】 「あの、いいんじゃない?  無理に言葉にしなくても」 僕の言葉に、彼女は首を振る。 【紗理奈】 「それじゃダメなの。  言葉にしなくちゃ、伝わらないから。  ……キミに」 僕を見上げた彼女の瞳は、少しだけ潤んでいるようにも見えた。 窓から冷やりとした風が吹き込み、彼女の髪を揺らした。 可憐な彼女の表情に、僕の心臓が跳ねる。 【紗理奈】 「……クセになりそうなの、この感じ。  これ、幸せって、言うのかな」 あはは、と照れ笑い。 僕も何か気の利いたことを言いたいのだけど、彼女と向き合っているだけで精一杯だ。 だって、こんなにも素直に気持ちを伝えてくるんだから、恥ずかしい。 そりゃ、無理だよ。 僕はこれまで意識してこなかったんだもの、気持ちを言葉になんて整理できていない。 それに比べて、東城さんはどれだけ僕に伝える「言葉」を持ってるんだ。 けど、言葉がないだけで、確かに僕も「幸せ」なんだ。 【祐介】 「あの、ごめん、何も言えなくて。  僕、ちょっと、まだまるで自分のことじゃないみたいで……」 言いながら、我ながら不甲斐なく感じた。 【祐介】 「だから……そうだ、何か、僕にして欲しいこととか、ない?」 僕には考えなんてなかった。 ただ、何かをしてあげたかったんだ。 【紗理奈】 「して、欲しいこと?  別に、何もしなくて、そのままでいいよ」 照れながら言って、東城さんは僕を上目遣いに見上げた。 しかし、ふと何か思い付いたように目配せして、右手を僕の方へ差し出す。 【紗理奈】 「あ、じゃあ、握手、握手しよ。  これからもずっと、ずっと、よろしくね、って」 【祐介】 「……それで、いいの?」 自分で質問しておきながら、驚いた。 もっと、こう、今だからこそして欲しいこととか、なかったのか? いや、握手なんてこれからはいつでもできるわけだし……。 【祐介】 「あの、こう言っちゃなんだけど、握手なんて、いつでもできる、よ?」 【紗理奈】 「い、いいの!」 照れを隠し、若干怒った口調で彼女は強く言った。 だが、すぐに声を小さくして、バツが悪そうに髪を撫でる。 【紗理奈】 「その、ずっと、我慢してきたんだから、感じさせてよ。  ……キミの、体温」 チラリ、僕を見上げる。 あ、これはダメだ。 もう、僕、この人には勝てない。 【祐介】 「わ、分かったよ。  そこまで言うなら……」 緊張のために溜まっていた息を吐き、僕は手を差し出した。 そして、ゆっくり、ゆっくり、彼女の体温を感じるように、手を握った。 お互いに無言で、緊張した面持ちのまま、長い、長い時間が流れた。 体感時間だから、実際にはそれほど長くなかったかもしれない。 でも、僕には息が詰まるほど長く感じられた。 長い沈黙の後、噛み締めるように彼女は言う。 【紗理奈】 「好きだよ……大好き……」 その瞬間、彼女の手に少しだけ力が入ったように感じられたんだ。 ★フォーカスする一日(あるきっかけで異常性に気付く→振るOR続ける?→結果)