(赤花美琴)「いや……真っ暗……」 日の当たらない通路は薄暗く、赤花美琴もまた藍 早苗がそうしたように電灯のスイッチを手探りで探した。 (赤花美琴)「……っ」 その最中、少しだけ闇に慣れた眼が否が応にも知覚してしまう。 あぁ――誰か、居る。 床に何か、塊のようなものが横たわっている。そしてソレは、ピクリともしないのだ。 (赤花美琴)「うっ……ううぅ……」 それは独り言のようでもあり、また単なる呻き声のようでもあった。ともかく彼女は無意識的に頬の皮膚へと爪を立てバリバリと酷く掻き毟りながら嘆いていた。 (赤花美琴)「あぁ……ぁ……ぁ……」 彼女は、躊躇っている。 暗闇の中でこのまま全てから眼を背けた方が良いのか、それとも白日の下で更なる絶望を覗くべきなのか。 どうすれば助かるのか、それとも既に誰も彼もこの夢から覚める事は出来ないのだろうか。中空に差しのべられたまま震える指先が、その全てを決めてしまいそうで怖い。 しかし――彼女は決めなければならないのだ。 (赤花美琴)「はぁ……はぁ……はぁ……っ!」 いったいいつから、この世界はおかしくなってしまったのか。 皆で集まって、船に乗り、この島に辿り着いて、遊んだ。そこまでは楽しかったのに。 一人一人の貌が浮かんでは、消える。 翠菊さん。 紫苑さん。 橙花さん。 みつみさん。 早苗さん。 そして―― (赤花美琴)「みすず……」 まだ、みすずは生きている。私が勝手にここまで来てしまったけれど……この発着場までは、ほぼ一本道。きっと、もうすぐ来てくれるはず。 (赤花美琴)「帰りたいよ……一緒に……」 この島には誰が居て誰が居ないのか、誰のせいで誰が死んでしまったのか、私にはもう分からないけれど。 たった一つ信じる思い、望む願いは。 ――生きて、帰る事。絶対。みすずと、一緒に。 そして皆に、外の世界に居る人に、お母さんに、お父さんに、知らせなきゃ。 この悪夢を。この現実を。 それから、二人で眠ろう。 いつもみたいに、暖かい毛布に包まりながら。 きっとみすずは、泣いちゃうんだろう。 いつもの事だ。 そう、いつもの事。 私は、いつもの世界に帰りたいんだから―― (赤花美琴)「帰らなきゃ……絶対にっ!」 だったら眼を背けちゃ……ダメなんだ! 彼女の中にほんのひとかけらだけ残っていた理性が、そしてスイッチに触れた。 パチ、パチと音を立て瞬く電灯が、途端に凄惨な光景を照らし出す。 (赤花美琴)「うぅう……うぅうううっ……」 ――覚悟は、していた。もちろんそのつもりだったし、だから義務的に驚く反面あぁやっぱり、という自身でも驚く程に何処か冷めた部分も彼女にはあった。 (赤花美琴)「翠菊……さん……」 そこには男性乗務員と、ずっと行方不明だった翠菊透華の遺体。その二つが血みどろになりながら抱き合い、ソレはまるで媾っているかのよう。 (橙花まゆ)「……なんて汚わらしいんでしょう。 まったく、二人にはお似合いだわ」 奥の扉から、橙花まゆが姿を見せた。 (赤花美琴)「橙花さん……アナタが皆を……?」 その疑問形は、限りなく断定に近い。 (橙花まゆ)「……そうよ。この島に居る人間を一人残らず、夢から覚める事の無いようにしてあげているの」 (赤花美琴)「どうしてっ……そんな事!!!」 いったい誰が、――何をしたっていうの。 そんな、当たり前の疑問に対し橙花まゆはただ静かに事実だけを述べる。 (橙花まゆ)「……復讐よ」 (赤花美琴)「ふく……しゅ、う……?」 (橙花まゆ)「そうよ。ただ外面を気にしてばかりの、木偶の坊でどうしようもない一族への、私とあさみからの復讐」 その眼は、確かな意志に満ちていて――。 (橙花まゆ)「貴女にも教えてさしあげますわ……この孤島の、悪夢の正体を……」 (紫苑あさみ)「はぁ……はぁ……はぁ……」 話は、初日の夜中にまで遡る。 (翠菊透華)「っ……!?」 声が、出ない。いや、そもそも息が出来ないのだ。 原因は明らかで、しかし既に彼女には解決するための力すら残されてはいなかった。 全ては、一瞬。 攻撃本能のままに紫苑あさみを罵倒していた翠菊透華は、あまりにも無防備だった。そのため自らの胸に深々と突き刺さるナイフの存在に気づいた時には既に運命が確定してしまっていたのだ。 (翠菊透華)「……ぃ、ひ……」 声にならない断末魔をあげながら辛うじて柄に手を添えるが、心臓の筋肉繊維に深く突き立てられたナイフは微動だにしない。 (翠菊透華)「か、は……」 傷口と刃の隙間から、血が滴る。やがて体液に塗れた手が滑り彼女はもはや柄を握る事すら叶わない。 (翠菊透華)「あ……」 そして鮮血に染まる自らの双手を眺めながら、鼓動が停止した彼女はそのまま仰向けに倒れた。その貌は眼を見開いたまま、苦痛も絶望も無く唯々呆けている。 (紫苑あさみ)「……」 凶器のナイフは、紫苑あさみが外の世界で用意し持ち込みずっと隠し持っていたもの。 そう、つまりこの殺人は――予定調和。 いつかはこうなると、紫苑あさみには分かってた。理解した上での、恋だった。 (紫苑あさみ)「橙花、様……」 (橙花まゆ)「あさみ……」 ここに来る少し前、二人は密室で戯れていた。 軋むベッドの上で抱き合い、唇を重ね、指先で身体のラインをなぞっていた。 (橙花まゆ)「もっと見せてごらんなさい……貴女のはしたない貌を……」 それは普段から校内でこっそりと耽っていた遊戯に他ならない。校門を出ればその身を拘束される橙花まゆは教師に金を渡し空き教室を自由に使用する許可を得ていたのだ。 (紫苑あさみ)「はい……」 眸が澱む。眼が蕩ける。涙が滲む。自分が愛されているという事実以外を排除し相手に身を委ねた。 (橙花まゆ)「さぁ……さぁ……!」 (紫苑あさみ)「は、……ぅん……」 揺れるベッドの上で媾い、舌を搦め、指先で愛撫し合う。 紫苑あさみはそんな感覚の、虜だった。 (紫苑あさみ)「も、……もっと……橙花様……とう、か……さ……」 元々彼女はその性格が災いし、橙花まゆと出会うまでは孤独な日々を過ごしていた。特に中学生の頃はクラスメイトから完全に空気扱いされイジメの対象となる事すら無い程。そのあまりに平和で空虚な日常に、終いには自分の存在を疑問視してしまっていた。 ――何故、私には何も無いんだろう? 好きな科目も無く、好きな先生もおらず、好きな友達も居ない。趣味も無く、部活にも入らず、放課後は真っ直ぐに帰宅していた。 好きな食べ物も無く、好きな芸能人もおらず、好きな本も無い。自然、家に居ても部屋で何の意味も無いサイトを見て何の意味も無い情報を得、何の意味も無く記憶していた。 ――何も無い、なんにも。 そして高校生になり、色めくクラスメイト同士で自然と恋人関係が成立してゆく様をただ漫然と眺めていた。 ――アレが、恋に恋するという事なのかな。 そんな日々においても、彼女の中で特に何かが芽生えるという事は無かった。羨ましいとも妬ましいとも、自分がそうなりたいとも思わなかった。 (橙花まゆ)「紫苑さん? ちょっと、よろしいかしら?」 そんなある日の昼休み。 彼女はクラスメイトの一人に過ぎなかった橙花まゆから声を掛けられる。 (紫苑あさみ)「は、い……何で、すか?」 (橙花まゆ)「えぇ、少しお話しをさせていただきたくて……」 視界に映る橙花まゆの微笑みは素直に綺麗という言葉のみが連想される程で、紫苑あさみは何故自分が指名されたのか全く理解出来なかった。 (紫苑あさみ)「おはな、し?」 彼女が日本有数の一族の生まれだという事は知っていた。 (橙花まゆ)「えぇ。でもここではなんですから、……よろしければご一緒にこちらへ」 差し伸べられた手を取るかどうか、紫苑あさみは苦慮していた。 ――何だろう。いったい私に、何の用事があるんだろう。私には、何も無いのに。 二人は何もかもが対照的で、結局紫苑あさみがその短時間で想像出来たのはせいぜいイジメの標的とされる事くらいだった。 そして彼女は、それでもいい、と思っていた。 空虚な今が、せめて何かで埋まるなら。 その相手が、彼女なら―― (紫苑あさみ)「は、い……」 そして二人はそのまま手を取り合い教室を出ると、三階の隅、生徒会室の隣の空き教室へと向かう。 (紫苑あさみ)「ここ、は……」 予想に反し、教室には誰もおらず何も無い。彼女が首を傾げ呆けていると、橙花まゆは後ろ手に鍵を掛けドアの小窓に備え付けられた小さなカーテンを閉めた。 (紫苑あさみ)「あ、あの……今、何を……」 (橙花まゆ)「うふふ……ねぇ、紫苑さん? つかぬ事を窺いますけれど……貴女今、恋人はいらっしゃいまして……?」 その問いの意味が、分からない。 恋人? それに答える事は簡単だ。居ない。 でも、――その意味が、理解出来ない。 (紫苑あさみ)「あ、あの……」 (橙花まゆ)「うふふ。居ない、わよね? 調べさせていただいたのだけど、一応貴女の口から、直接聞きたいの」 クラスでよく聞く、恋愛話や猥談とはまるで空気が異なる。静寂に響く耳鳴りが、今は怖かった。 (紫苑あさみ)「え、えぇ、居ません、けど、それ、が……」 返答を聞いた橙花まゆは瞬時に距離を詰め、紫苑あさみの頬に指先を添えるとそのまま左眼を隠していた前髪を払い、 (橙花まゆ)「もっと、貌を見せて……」 そのまま二人は、見つめ合う。 普段なら紫苑あさみは、すぐに眼を背けるだろう。 (橙花まゆ)「綺麗……」 普段なら紫苑あさみは、すぐに言葉で否定するだろう。 (橙花まゆ)「貴女からその言葉を聞けて、良かった。それなら誰も傷つかなくて済みますもの、ね……?」 普段なら紫苑あさみは、すぐにその身を恐怖で染めるだろう。 普段なら、普段なら―― しかしこの密室はそんな時間軸、空間軸では存在を定義出来ない位置に存在している。 だから、きっと、そのせいだろう。 (紫苑あさみ)「誰も……傷つかない……」 身体の火照りが、収まらない。 微熱で何も考える事が、出来ない。 ただ理解出来るのは、この人の恐ろしさ。しかし不思議と、それを怖いとは思えなかった。 (橙花まゆ)「一目惚れですの。紫苑さん、……貴女を私の恋人にしてさしあげますわ」 誰でも良かった、という言葉を否定する事は出来ない。この空虚な日々を壊す事が出来るのならば。 きっとこの人なら、私に意味を与えてくれる―― 一緒にいられるのは、学校の中でだけ。 行きも帰りも、お迎え付き。 休日に会う事なんて、もちろん出来なかった。 それでも少しだけでも会えないだろうかと、休日に橙花様の家の前まで行った事がある。 想像以上に大きくて、例えば門から玄関までの距離がまるで学校並みだった。 それでもじっと待っていると、窓に橙花様の姿。 凛とした、感情の無い貌だった。 その後ろには、ずらずらと召使いさん。 そしてすぐ横には、――スーツ姿の男の人。 (紫苑あさみ)「っ……!」 橙花様は、あまり自分の事を話さない。 でも、学校の噂で一族の後継者だという事は知っていた。 だから、隣の人はきっと―― (紫苑あさみ)「橙花、様……」 準備室として用意されここ数年は使われていなかった小さな部屋には、お気に入りのソファ。もちろん他の生徒が入ってくる事は無く買収された教頭により教師間で問題になる事も無い。 (橙花まゆ)「なぁに? あさみ……」 そんな微睡み揺蕩う密室で、いつものように二人は耽っていた。 (紫苑あさみ)「あの、えっと……」 そう、その日だっていつも通りにその身を委ねていれば、幸せに終わらせる事も出来たのだ、しかし―― (橙花まゆ)「何……?」 (紫苑あさみ)「ご、……ごめんな、さい……私、わた、し……」 (橙花まゆ)「どうしたの……?」 どうしても、どうしても紫苑あさみは言わなければならなかったのだ。 (紫苑あさみ)「あ、あの……この間の日曜日……橙花様の家の前まで……どうしても我慢出来なくて……行ってしまって……」 (橙花まゆ)「っ! ……そう」 ――きっかけは、好奇心。そうだとしても。寝ても覚めても、今は橙花様の事ばかり。 貴女は私を愛してくれた。 だから知りたい。もっと、橙花様の事が。 誰も知らない貴女の秘密を、私だけが知っていたい。 (紫苑あさみ)「あの、ま、窓越しに橙花様が、見えて、それで、私……」 (橙花まゆ)「……」 これで貴女が私を捨てるなら、それでもいいと思っていた。 (紫苑あさみ)「と、隣に居た、お、男の人……」 (橙花まゆ)「……あさみ」 胸元を刺す爪先が、痛い。 (橙花まゆ)「貴女がそんな事を知る必要は無いわ」 いっその事、そのまま引き裂いて欲しかった。私は貴女のものなのだと、刻みつけて欲しかった。 (紫苑あさみ)「橙花様……」 ――して、欲しい? ううん、ダメ。ダメなの、そんなんじゃ。 私が、示さなくては。私は、貴女のものなのだと。 だから―― (橙花まゆ)「っ!? あさみ、貴女、何をっ……!」 (紫苑あさみ)「っ……」 引き裂いた。そのまま、もちろん貴女の爪に負担をかけないように私が上から押さえながら、それでも貴女の爪で直接、私の胸を。 痛い。痛くない。そんな事はどうでも良かった。 ただ、私なんかの血で貴女の指先を汚すのは嫌だった。 (紫苑あさみ)「罰なら、受けます……いくらでも、橙花様が与えてくれるなら……だから、私は橙花様の事を、もっと、……」 知りたい。知りたい。知りたい。知りたい。例えば―― (橙花まゆ)「……あの男は、ただのお見合い相手よ」 (紫苑あさみ)「おみ、あい……」 ただの、と言った。 それを超える存在ではない、と教えてくれた。それが、嬉しかった。 (橙花まゆ)「相手とは、ただ話をしただけ。次は無いわ。だって、」 ――痛っ。 爪が、喰い込む。 どろっとした血が、爪を、指先を、手を伝って、あ、あ、あ…… (紫苑あさみ)「橙花様、制服、制服が汚れちゃ、う……」 (橙花まゆ)「貴女が、……居るの」 ――え? (橙花まゆ)「私には、貴女が……あさみが居る。だから私は、ただ会っていただけよ。それでは不満?」 ――不満、だなんてあるはず (紫苑あさみ)「……嫌です」 ない、つもりだったのに。 (橙花まゆ)「……」 血が、ぽたぽたと止まらない。 茜色の夕暮れに染まる橙花様の貌は、酷く怯えているようにも見えた。 (橙花まゆ)「……あさみ」 (紫苑あさみ)「はい」 (橙花まゆ)「……私は、貴女に謝罪しなければならないわ」 ――何を? どうして? (橙花まゆ)「貴女に芽生えた感情は、きっと愛とは呼べないもの」 (紫苑あさみ)「どう、して、ですか?」 (橙花まゆ)「だって、だって私が最初に声を掛けたのは……貴女を、あさみを……」 ――好きではなかった? うん、知ってたよ。 (紫苑あさみ)「でも、私は……」 ――嬉しかった。 (橙花まゆ)「貴女に出会うまで、私のそばにあったものは全て一族の思惑で満たされていたわ。玩具も、服も、教育も、友人も、見合い相手も、全て。私は気まぐれなお爺様の一存で一族の後継者となり、血筋に相応しい伴侶を見つけ、子を成し、育まなければならない運命だった」 ぽたぽたぽたぽた、止まらない。 血も、言葉も、感情も、運命も。 (橙花まゆ)「でも貴女は、私とは違う。何も憎んでない。誰も欲してない。真っ白だった。いえ、【白】という色すら無かった。だからあの日、そう、私は声を掛けたのよ。虚ろで、何も無い貴女を、ただ私だけで満たしたかったの」 (紫苑あさみ)「……」 ――ダメだ、ちゃんと言葉に、声にしなくては。 私の思いを、たとえソレに相応しい名前が愛情ではないとしても―― (紫苑あさみ)「それでも、……嬉しい、です」 声を掛けてもらえた、事じゃない。 私には何も無いと、気づいてくれた事が、だ。 何も無い私という存在に、それでも気づいてくれた事がただ、私は嬉しかったのだ。 (紫苑あさみ)「だから……」 ――涙が、零れた。 (紫苑あさみ)「わ、私は、橙花様の事が、……好き、」 (橙花まゆ)「でもそれは、」 (紫苑あさみ)「……愛、です」 ――そう。 (紫苑あさみ)「私に、芽生え、た、感情は、愛と呼ぶに、相応しい、か、では、ないん、です。……私、に、芽生えた、感情を、私は、……愛と、呼ぶんです」 ――だから、私は橙花様を、愛してる。ソレは誰にも、否定させない。 (橙花まゆ)「あさみ……」 ――だから、ずっとそばに。 (橙花まゆ)「……また、明日ね」 永遠のように揺蕩う密室での時間も、いつかは終わる。 いつものように橙花まゆを校門で見送った紫苑あさみは、いつものように一人で帰宅した。 特に止血もせず羽織ったブラウスに、緋色の跡。それはちょうど、心臓の位置。 ――なんだか、吸血鬼の最期みたい。 ふと、彼女はそう思った。たまたま昨日テレビで流し見した映画のせいかもしれない。 どうせいつか死ぬなら、あんな風に死にたい。そう思える程には、美しいシーンだった。 そして彼女は一人、逢魔が時の闇に溶けてゆく。 (紫苑あさみ)「……」 いつかはこうなると、分かっていた。 だって、そんな関係だったのだから。 冗談話みたいに大きな一族。その、後継者。そんな女性が、女性と付き合っているだなんて。 排除されるに決まっている。だから、いつかは終わりが来ると分かっていた。分かっていて、ずっと微睡んでいた。酔っていた。 でももう、ソレも終わりなんだ。 この旅行が決まる直前に、突然両親が引っ越す事になったと言って来た。何の前触れもない。理由を聞いても仕事の都合とだけしか教えてくれなかった。 何もかもが急で、でも準備だけは完璧に終わっていた。取り残されていたのは、私だけだった。 まさか、偶然ではないだろう。少なくとも、急遽転勤を言い渡されるような職場ではない事は私だって知っていた。 橙花様には、言えなかった。 怖かったから、じゃない。私自身がどうするか、私にも分からなかったからだ。 ただ、この旅行で何かが起こるような気はしていた。 そして実際、ソレは起こってしまったのだ。