無言。無言。無言――。 湯気が、無言の二人を優しく包む。 震える背中、細い首筋、脈打つ乳房、冷たい下肢、無防備な恥丘。 その全てを、ただ静かに、温めてゆく。 (クール)「(ボクっ娘)……」 (ボクっ娘)「……大丈夫だよ、まだ喋らなくても」 ようやく発せられたその言葉で、(ボクっ娘)は彼女を背中から優しく抱き締める。 何となく、普段とは違い今は自分の方が理性的な立場に居るような気がして、口元が緩んでいるのが分かった。 ――いつもは、あんなにもカッコいいのに。 それは、嫉妬なのだろうか。 何をするにも、ボクの一つ、二つ、常に先を歩いてるキミ。 何をしても追いつけないと言うなら、ボクはただおどけるしかないんだよ? そうやって、分かってるふりをして、バレる前に茶化してた。 何にもなれないボクは、それでも何にでもなれるキミのそばに少しでも居たくて―― 少女は、自分の頭にシャワーの湯を浴びせた。 濡れた髪が、俯いた顔を包む。 その思いを、決して気取られぬようにと。 それは……恋心なのだろうか? いや、違うだろう。 それは、彼女自身も分かっていた。 ボクはただ、置いて行かれたくないだけ―― 何にもなれないのに、何にもなれないからこそ、誰のそばにだって居られるように。 目指す先が見えないから、唯々嫌われる事が怖くって。 何かを捨ててでも、誰かを傷つけてでも、そうなりたい、そうありたい未来があるキミらがただ羨ましくって―― (ボクっ娘)「あ……」 やがて、(クール)が立ち上がった。まだ少しフラフラとしていたが、自立する事に問題はないようだった。 (ボクっ娘)「……」 眼の前にそそり立つその下肢に、後大腿部に、縋りつきたかった。腕を絡ませ、持て余した指先でそっと足背を伝い、ずっとこうしたかったと言葉を零したかった。でも―― (ボクっ娘)「大丈夫? 落ち着いた?」 ――分かってる。所詮ボクにそんな事は、出来ないんだ。 (クール)「あぁ……すまない」 (ボクっ娘)「な〜に、謝ってるのさぁ〜? 何だか(クール)ちゃんらしくないよ〜?」 そう言って、(ボクっ娘)もまた立ち上がった。 (ボクっ娘)「もう……大丈夫だよね? にゃは、じゃあボクは先に上がってるから! ちゃ〜んと温まってから、出て来るんだよ〜?」 すれ違いざまに触れる、肩と肩。 一瞬、ほんの少しだけその足を止めるが、彼女の方を振り返る事は……出来ない。 (ボクっ娘)「あ、ゴメンね〜、ちょっとのぼせちゃったかな、上手く距離感が……」 (クール)「……(ボクっ娘)」 ――ぴくり、触れた言葉で背中が強張る。 (ボクっ娘)「……ん〜? どしたの?」 それでも、俯いたままの顔を上げる事は出来なかった。 (クール)「いや、……ありがとう。本当はずっと、君が僕を支えたまま丁寧に服を脱がし、凍えないようにとシャワーで温めてくれた事も全部分かってた。でも、声が出せなくて……すまない」 (ボクっ娘)「いやいや〜、そんな、謝る事じゃないよ〜? にゃは、むしろボクの方が謝らないとね〜、」 ――別に、キミじゃなくても 「……いや〜、同級生の裸だなんてなかなかマジマジと見れるチャンスないよ〜、うんうん、」 誰かがそこに居て、ボクを見て笑い呆れてくれればただそれだけで 「特にその小ぶりな胸の膨らみなんてご馳走様でしたって感じで〜、」 それは特別な存在になってしまうんだよ? 「いや〜、さすが(クール)ちゃん、ボクと違ってスレンダーな中にも色気が〜」 だから、そんな愚かなボクに、感謝なんてしないで。 だってキミはもっと凛然とした、ボクの手のなんてまるで届かないまばゆいばかりの存在で―― (クール)「……キミはそうやって、いつも誤魔化してばかりいる」 (ボクっ娘)「……っ!?」 背中に指先を、いや爪先を突き立てられそのまま、つう、と真下まで伝われたかのような怖気。 (ボクっ娘)「……やだなぁもう〜、ボクに誤魔化さなきゃならないような隠し事なんてあるワケ、……ないじゃん」 (クール)「……僕は」 ドアに手を掛け身を滑らせて浴室を出た彼女に、(クール)は囁く。 「感謝している、君が支えてくれた事に。その意味するところは関係なく、支えてくれた行動そのものに。だから……ありがとう」 その言葉もまた湯気に包まれ、そして消えた。 (主人公)「それで……何があったの?」 (クール)と(女王様)がシャワー浴び着替え温かい飲み物で喉を潤すと、全員が応接間に集合し今この孤島で何が起こっているのかを確認するための時間が始まった。 (クール)「そうだね、信じられないだろうがまずは口を挟まずに聞いて欲しい。まず……」 そして語られる凄惨な殺人事件。依然として行方の知れぬ二人。マスターキーの消失。それらは年端もいかぬ少女全員のココロを絶望で満たされた硝子の小瓶の中で溺死させるには十分だった。 (主人公)「そんな……どうして……」 (幼馴染)「嫌だ……嫌だよう……嫌、嫌……」 その場にへたり込み両手で顔を覆う(幼馴染)。(主人公)も同じ気持ちだったが、何とか踏みとどまり彼女の肩に手を当てもう片方の手で彼女の手を強く握りしめた。 (主人公)「……」 そこにはもはや慰めの言葉すら無い。いや、仮に誰かが発したとしても何の慰めにもならない事は明白だった。 そんな少女らの精神状態を象徴するかのように風が吹き荒び暗雲からは絶え間なく雨が降り注ぐ。今日はこれ以上、外での捜索は困難だろう。 (幼馴染)「怖い……怖いよぅ……ひっく……ひっく……何で……何でこんな事にっ……ねぇ、(主人公)っ……」 (主人公)「(幼馴染)……!」 (幼馴染)「いや、嫌だ、怖い、怖いよぅ……誰か……助けて……」 誰もが俯き無言無動で呻くさなか、(幼馴染)だけがまるで全身の皮膚と肉の隙間で蟲が這い廻っているかのように身体中を掻き毟り爪先を緋色に染め、それでもまだ体内で淀み続ける感情を素直に言葉へと変換していた。 (主人公)「落ち着いて……(幼馴染)……お願いだから……」 恐怖を口にしてしまえば、それは想像するよりはるか現実的な重圧となって圧し掛かる。 しかしそれでも(幼馴染)の行動を咎める者は居なかった。 彼女が、彼女だけが口にしていたからこそそれが反面的に他の少女らの抑止力となっていたかもしれないからだ。少なくともその場に居る全員が思考の何処かで無意識的にそう感じていた。 (クール)「……そういえばさっき僕も初めて(ボクっ娘)から聞いたけれど、(お姉さん)さんの部屋の鍵、……掛かったままなのかい?」 それ独り言のようで、誰もが聞いていたのに反応する事が出来ない。やがて、 (主人公)「あ、朝からバタバタしてて二人にはまだちゃんと言ってなかったよね……うん、二人が港に行った後も何回か行ってみたんだけど、結局……」 ――ガタっ。 (主人公)「えっ……?」 突如立ち上がった(女王様)は誰もが呆気にとられている間に(主人公)の下へと詰め寄り、 (主人公)「ちょ、っと……やめ……っ!」 襟を締め上げ宙に吊ると咆哮した。 (女王様)「どうしてそんな大事な事をもっと早く言わないのですかっ……!」 (主人公)「えほ……ぐ……うぐ……やめ……え……」 (幼馴染)「やめ……やめてぇ!」 (ボクっ娘)「ちょ、ちょっと……」 (クール)「何をするんだ(女王様)!」 突然の出来事に誰もがどうしていいのか理知的には決断出来ず、しかし反射的に(女王様)を止めようと各々が動き出した。しかし、 (女王様)「五月蠅いっ!!!」 その叫声で身が竦む。 (女王様)「答えなさいっ……いつから……いつから(お姉さん)は居ないのですっ……!」 (主人公)「だか……ら……うぐ……けほっ……ぐ……今朝から……ずっと……えぅ……ぐ……」  すると突然(女王様)は(主人公)を開放しその身体を重力に任せた。 (主人公)「けほっ……けほっ……ぐぇ……う……」 解放された頸動脈の血流に刺激されむせた(主人公)の下に(クール)が身を伏せ駆け寄る。 (クール)「大丈夫かい?」 (主人公)「え、えぇ、……何とか」