(ボクっ娘)「それじゃ予定通り、皆で海に遊びにでも行こうよ〜! どう考えても綺麗だよね〜。きっと水も冷たくて気持ちいいし、楽しみだなぁ〜!」 (主人公)「あ、(ボクっ娘)さんは泳ぐ気満々なんですね」 (ボクっ娘)「うん? そ〜だよ? ……アレ、もしかして(主人公)ちゃん泳がないの〜? せっかくの貸し切りなのに〜?」 (主人公)「え、えぇ、私は海岸沿いでのんびり出来たらな、と……」 (ボクっ娘)「えぇ〜!? 皆は? 泳ぐ予定の人〜?」 (お姉さん)「お姉さんは水着持って来てるけど〜、ヒリヒリしそうだから海の中には入らないかな〜」 (クール)「僕はそもそも水着を持って来ていない。そもそも海に行くのだって決定事項だとは結論づけていなかったはずだ」 (幼馴染)「ワタシは一応水着ありますケド……(主人公)が入らないならワタシも海岸でのんびりしようかな……」 (気弱ちゃん)「あ、あの、(女王様)は……?」 (女王様)「私? 私はビーチテーブルでのんびりするつもりですわ……もちろん、(気弱ちゃん)もね」 (気弱ちゃん)「は、はいっ……」 (ボクっ娘)「なになに、じゃあ結局海に入るのボクだけなの〜? なんでなんで、せっかく綺麗なのに〜!」 (クール)「……綺麗だからこそ、眺めて愛でるというわけさ。分かったら諦めて、せいぜい独りで泳いでいてくれ。僕達は全員でそれを見てるから」 (ボクっ娘)「え〜、ヤダヤダ、も〜、なんなのさ〜!」 (お姉さん)「うふふ、まぁまぁそのくらいで〜! そろそろ準備して向かいましょう〜!」 (主人公)「そ、そうですね……ははは……」 そして一同は駄々をこねる(ボクっ娘)を尻目に、全員一旦自室へと戻り各々の方法で海を楽しむための準備を整え海へと向かうのだった。 (主人公)「うわ〜、絶景ですね〜!」 洋館から二十分程も歩くと眼前には視界を遮るものなど存在し得ない大海原が一面に広がっていた。 (幼馴染)「砂浜もすごく綺麗……真っ白」 本土からさほど離れていない島なのでさすがにエメラルドグリーンとまではいかないがその澄んだ碧色の海は純白の砂と相俟ってその場に居る全員を陶酔させるに十分だった。 (女王様)「お飲み物やお食事はこちらにございますわ。どうぞご自由に」 時間を合わせ前もって島に残る唯一の男手であるクルーザーの乗務員に用意させたのだろう大型のクーラーボックスがビーチテーブルの脇に置かれている。そのビーチテーブルは木目がはっきりと見て取れるマホガニー色で一見海という言葉から感じ取れるイメージからは剥離しているが一面皓白の砂浜の中においては逆に調和し確かな存在感を醸し出していた。 (ボクっ娘)「さぁ〜、準備万端だよ! いってきま〜す!」 そう歓喜の声を張り上げると服を脱ぎ捨て予め中に着ていた水着姿を披露し彼女は海へと飛び込んだ。 (主人公)「ちょ、ちょっと、ちゃんと準備運動を……」 (幼馴染)「ま、待ってよ〜」 その後を二人が続く。彼女らは水着ではなかったが一人で遊ぶのは嫌だという(ボクっ娘)に強引に説得され少し浸かるぐらいならと洋館で履き替えたサンダルを慌てて脱ぎ捨てその足首までを浸した。 (幼馴染)「冷たっ……」 (主人公)「あはは、何だか気持ちよいね」 (ボクっ娘)「でしょ〜? まったく、何で他の娘は誰も入ろうとしないのかな〜!」 (クール)「……まったく、(ボクっ娘)は」 (お姉さん)「うふふ、彼女はいつもあんな感じなのかしら〜?」 砂浜に敷いたビニールシートに腰を下ろした彼女らは海で戯れる三人を眺めながら冷えた飲み物に口づけた。 (クール)「そうですね、普段からああです。おかげで毎日頭が痛かったですよ、一学期が終わってようやく解放されたかと思っていたのですが」 (お姉さん)「え〜、でも(クール)ちゃんもせっかくここまで来たんだから楽しめばいいのに〜。何だかんだでそのために来たんでしょう〜?」 すると(クール)は癖なのか眼鏡のつるで指先を滑らせほんの少しだけ口を噤むと、 (クール)「僕がここに来た理由、ですか……」 と小声で呟くのだった。 (女王様)「……風が心地良いですわね」 テーブルと同じ材質で出来た椅子に腰掛けた彼女はそう言うと対面に座る(気弱ちゃん)に視線を移した。 (気弱ちゃん)「そ、そうです、ね……で、でもや、やっぱり少し暑い、ですけど……」 マホガニー色と親和するオレンジ色のビーチパラソルは可視放射をふんだんに遮り二人に影を落とす。そんな暗闇の中においても(女王様)の爛々と赫く瞳は(気弱ちゃん)を睨めつけ捕らえていた。 (気弱ちゃん)「い、いえ、あの、この服に不満だなん、て、も、もちろんない、です……」 彼女の服装は季節と環境を考えればこの場に相応しいと思えなかった。肌の露出がまったくなく、服の素材も通気性の良いものとは到底感じられないものだったからだ。 (気弱ちゃん)「(女王様)から、頂いた、服、ですから……」 ブラウスの前身頃中心部には首元から裾にかけて二本の黒い紐が上前見頃と下前見頃を縛りつけるかのようにジグザグと交錯しそれはまるで彼女自身を拘束しているようにも見えた。 (女王様)「……そう」 今この瞬間にプライベートビーチを占有する三組はそれぞれ距離を置いており(ボクっ娘)の叫声が時たま宙に谺する他には風のそよぐ音と寄せては返す波の音しか二人には聞こえない。 (女王様)「ねぇ、……」 すると一陣の風が(女王様)の髪をなびかせた。その繊手で梳いた彼女はそのまま白磁の指先で髪を耳にかけもう片方の手を(気弱ちゃん)の顎下に添える。 (女王様)「綺麗よ、似合ってるわ(気弱ちゃん)……だからそんな貌、しないで……」 (気弱ちゃん)「っ!?」 途端に(気弱ちゃん)の心拍数が跳ね上がる。 (気弱ちゃん)「あ、あの、(女王様)……」 鼓膜は遮断されそよぐ音、返す音が失せた。 (女王様)「本当は夜更けまで我慢するつもりだったのだけれど……そんな服を健気にも身につけている貴女を見ていると……」 すると(女王様)は周囲を一瞥し他二組の視線がこちらには向けられていないという事実を確信―― (女王様)「ねぇ、喉……乾いたでしょう……? そんな服、着てたら……」 (気弱ちゃん)「あの…………っ!」 啜る飲み物はそのままに、そして彼女は身を乗り出しその唇を唇でふさいだ。と同時に両の指先を(気弱ちゃん)の耳元へと這わせ外耳孔をそっと遮る。 (気弱ちゃん)「っ……」 彼女はその身をよじらせて抵抗するが(女王様)の恍惚としたその眼に魅入られ振り払う事がどうしても出来ない。そのうちに呼吸、鼓動、そして舌がうねり弄るくぐもった音が彼女を完全に支配してしまった。喉を滑る冷たく甘い液体が、火照る身体を辛うじてほんの少しだけまともにしてくれる。 (気弱ちゃん)「……」 その、ほんの少しだけ冷静になった思考回路が、彼女に語り掛けるのだ。すなわち、 (気弱ちゃん)「ん……」 ――あぁ私が……抵抗する必要なんてないのだ、と。 (女王様)「っ……」  やがて離れた唇に、別離れを惜しむかのような指先が触れる。 (女王様)「ふふっ……」 唇からあふれたジュースを小指でぬぐい舐め取るとその背を椅子に任せ視線を海へと向けた。 (気弱ちゃん)「(女王様)……」 (女王様)「……もう、(気弱ちゃん)たら。はしたないですわ、よ……?」 (気弱ちゃん)「えっ……あ……」 気がつくと彼女の口元もベタベタと汚れていたのだ。そしてそれは決してジュースだけではなかった。 (気弱ちゃん)「わっ……わっ……わっ……」 慌てて口をぬぐう彼女を(女王様)は微笑みで包み込む。 (女王様)「続きは夜に、ね……」 (気弱ちゃん)「わっ、わっ、は、はい……よ、よろしくお、お願い致しま、す……」 そうして、穏やかで微笑ましい時間が過ぎてゆく。 海を満喫する三人はそのうちに水の掛け合いとなり(主人公)や(幼馴染)の服も結局は濡れほんの少しだけ透けて見えた。 (クール)と(お姉さん)はついに水に触れる事なく世間話や持ち込んだ小説を読み耽るに留まっていた。 全ては日常の延長。ただ場所だけが特別だというだけで普段と何一つ変わる事のない世界。 しかし、――この箱庭を瓦解させるべくこの絶海の孤島に来訪した使者の舐るような視線に気づいた者は、この時まだ誰も居なかった。