(主人公)「うわー……」 洋館の正面入り口までたどり着いた(主人公)がため息を漏らす。背景に広がる原生林と相俟り荘厳な雰囲気を醸し出す眼前の建物を見てここが日本だと感じられる人間は少ないだろうと誰もが考えずにはいられなかった。 (幼馴染)「話には聞いてたけど……ここまで立派だなんてびっくり」 (ボクっ娘)「そーだよねー、さっすがお金持ちっ! いいなーいいなー!」 (お姉さん)「でも、あれ〜? いつものメイドさんたちは何処かしら〜?」 (主人公)「メ、メイドさんまで居るんですか!?」 (お姉さん)「そ〜なのよ〜、普段はメイドさんとかシェフとか執事さんがね〜」 (ボクっ娘)「うひゃひゃひゃひゃ、ホント上流階級って凄すぎ!」 (クール)「……笑い方が下品だよ、(ボクっ娘)」 するとそんな会話を背で受けていた(女王様)が扉の前でくるり、と身を翻し満面の笑みを浮かべ口を開く。 (女王様)「……今、この島には私たちとクルーザーの方々しかいらっしゃいませんわ」 優雅に舞うワンピースの裾が重力に曳かれ再び彼女の白くほっそりとした大腿部を包み隠すと更に言葉を紡いだ。 (女王様)「こんなにも大勢のご友人方が集まった、せっかくの機会ですもの。余計な大人たちだなんて省いて、私たちだけで享受しようかと思いまして……普段ここで勤めていただいている方々には暇を出しています」 その微笑みは嘘偽りなく喜びに満ちているようで、それでも(主人公)に一抹の不安を覚えさせるには十分だった。しかし、 (ボクっ娘)「うわ〜い、確か船の人は港に泊まるんだよね? じゃあこんなに豪勢な建物をボクらで独り占めってワケ〜? わ〜いっ!」 その歓喜の声で一瞬だけ凍り付いた時間が瞬く間に氷解し、皆次々と感想を漏らす。 (幼馴染)「凄いね凄いね、ワタシたちだけだなんて何だかドキドキしちゃうね、(主人公)!」 (気弱ちゃん)「あ、あの、楽し、そう、ですよ、ね……」 (お姉さん)「あら〜、(女王様)てば大胆ねぇ〜三泊四日も大丈夫かしら?」 (クール)「まったくです。……食事の準備なんかはどうするんだい、(女王様)?」 (女王様)「うふふ、せっかく羽を伸ばせるのですから料理に苦労はしたくありませんわ。ちゃんと前もってシェフには作らせてありますわよ。もっとも、少々不満そうでしたけれど」 (お姉さん)「まぁまぁ、彼の料理、結構楽しみにしてたんだけどな〜作り置きかぁ〜」 (幼馴染)「……ここのシェフって、確か東京の有名なお店とかで働けるくらい凄い人だって前に(気弱ちゃん)が言ってたよ」 ひそひそ声で(幼馴染)が(主人公)にそう耳打ちする。その贅沢のスケールにまったくついて行けない(主人公)は唯々苦笑いするのが精一杯なのだった。 (幼馴染)「うわ〜、中も凄く豪勢だね〜」 扉を開け一行が足を踏み入れるとそこは豪華絢爛の世界。色調こそ厳かだが臙脂色と錆色とで構成された歴史を感じさせる家具、対照的に煌めくシャンデリア。絨毯は靴の上からでも上質と感じられ窓から差し込む可視放射が部屋を舞うわずかな埃に反射する事で見せるシルエットですら神秘的に思えた。 (女王様)「皆様のお部屋は二階ですわ。これからご案内致しますので……」 その時、不意にエントランスホールの重厚な扉が勢いよく開かれクルーザーの乗務員が姿を現した。 (女王様)「……何ですの? ここには立ち入らないようにとあれほど……」 すると乗務員は申し訳なさそうに(女王様)に近づき耳打ちする。 (女王様)「……それは本当ですの? ……そう。なら仕方ないですわね……(気弱ちゃん)、私はちょっと港に戻りますからそれまでお部屋の案内をお願いします。部屋割りはご存じでしょう?」 (気弱ちゃん)「え、えっ? あ、うん……部屋割り、は、分かるから、大丈夫、だけど……」 (女王様)「なら、お願いね。……皆様申し訳ございません、私は急用でいったん港まで行って参ります、お部屋の案内は(気弱ちゃん)にさせますので、私が戻るまでお部屋でおくつろぎ下さい」 (ボクっ娘)「なになに、何があったの〜?」 (女王様)「大した事ではありませんわ。……それでは皆様、一時間程で戻りますのでごゆっくり」 そう言うと(女王様)は乗務員と共に外へと出て行くのだった。 (幼馴染)「……何があったのかな」 (クール)「まったく、先が思いやられるね」 (気弱ちゃん)「あ、あのっ、その、そ、それでは、お、お部屋を案内致し、ますので……」 (気弱ちゃん)「(女王様)、お、お帰りなさい……」  皆が部屋でくつろぐ中、一人エントランスホールの隅で待ち続けていた(気弱ちゃん)が報われるまでにおおよそ一時間が経過していた。 (女王様)「あら、……待っていてくれたのね、うふふ」 そう言うと彼女は(気弱ちゃん)の頭を撫で、その繊手で髪を梳き毛先を弄ぶ。そして髪束を後ろに流し少女の額を露出させると貌を近づけ、 (気弱ちゃん)「あ、あの、私、汗をかい、てっ……」 聞く耳を持たずその柔らかく血色の薄い唇の先を押し当てた。そのまま(気弱ちゃん)の後ろに回したままの指先を首筋まで下ろし肩甲上部から鎖骨まで這わせる。身震いを起こす彼女の何かに耐えるような表情を恍惚とした貌で愉悦に浸る(女王様)からは先程までの気品が失われていた。 (クール)「そんなところで、何をしてるんだい?」 突如(女王様)の背後より投げかけられた棘言葉を、しかし彼女は無視した。(気弱ちゃん)の狼狽した視線だけが(クール)からは見て取れる。 (女王様)「……別に何も。強いて言えば、愛でているのですわ」 (クール)「そう、か。……まぁ別に。君が何をしようが私には関係ないさ。それよりも、何があったのか教えてもらえるんだろうね?」 するとようやく(女王様)が振り向いた。その表情は、 (女王様)「もちろんですわ。さぁ(気弱ちゃん)、皆様を応接間までお呼びになって下さいな」 まるで獲物を見定めた猛禽類のようだった。 (お姉さん)「も〜、待ち疲れしちゃったわよぅ〜」 (ボクっ娘)「あはは、でもベットはフカフカで寝心地バツグンだったよ?」 (主人公)「(ボクっ娘)さん、あの、寝癖が……」 (幼馴染)「テレビも携帯も無いと一時間でも結構長いですね。(主人公)が居て良かったよ〜」 数分後、応接間に全員が集合しロココ調の装飾が施されたテーブルを囲みソファに腰掛ける。テーブルの上には既に飲み物が氷に冷やされ用意されているがその内装に反して各部屋にエアコンや冷蔵庫が完備されている事もあり即座に口をつける者は居なかった。 (クール)「で? 何があったんだい?」 (女王様)「大した事ではございませんわ。ただ――」 彼女だけはしばらく外にいたせいもあり喉が渇いていたのだろうか、そこでいったん言葉を切るとストローに口を付け飲み物を啜り、そして続けた。 (女王様)「クルーザーの調子が悪いとの事で、一人を残して乗務員に緊急時用の小型船で向こうへと戻ってもらうだけです」 (ボクっ娘)「え、大丈夫なの〜!?」 (女王様)「もちろん。せっかくですから乗務員の方々には最終日のお昼頃に再び別のクルーザーで迎えに来てもらう事にしました。なので今、この島は私たちの他には港に乗務員が一人だけ。……これでより気兼ねなくこの島を満喫出来るというものです」 (お姉さん)「あらまぁ、(女王様)ったら大胆ねぇ。まぁ今回は男手が必要になる場面も無いからいっか〜」 (気弱ちゃん)「そ、そうです、よね……た、ただのんびりす、するってだけです、し……」 (クール)「まったく、それにしても本当に君は一人で何でも決めてしまうね」 (ボクっ娘)「にゃはは、ボクも特に意義な〜し!」 (女王様)を常日頃から見知る者にとっては大して驚くべき事でもなさそうだった。 (主人公)「……何だか、大変な事になってきたね」 (幼馴染)「うん、でも……とっても楽しそう。ね、(主人公)……」