登場人物 (主人公)(幼馴染)(お姉さん)(クール)(ボクっ娘)(女王様)(気弱ちゃん) あらすじ 夏休み。 学校の同級生を中心に友人や保護者代わりにいつもお世話になっている近所のお姉さんを連れ、 (女王様)の親が所有する孤島へと3泊4日の旅行にやって来た一行。 島に辿りつくまでは順調だったが到着早々、乗って来たクルーザーがエンジントラブル。 現在はほとんど使われていない別荘代わりのこの孤島にはトラブルに対応出来る設備が無く、 仕方なしにクルーザーの乗組員達は男性一名を残して緊急時用の小型ボートで本土へと一旦戻る事に。 少しばかり不安を覚える少女達だったが、島の洋館は数年ぶりの使用とはいえ予め完璧に設備が整えられており 食料、電気、ガス共に何の問題も無い。すぐに気持ちは切り替わりむしろ自分たち以外誰も居ないという そのシチュエーションに胸を躍らせるのだった。 ――そう、この孤島には乗組員である男性一名を除き、おおよそ大の大人と呼べるような人間は一人もいない。 最年長である(お姉さん)ですら二十歳にも満たず、男性乗組員は基本的に船発着所での寝泊りでそばにはいない。 数年使われていなかったとはいえ(女王様)が希望さえすればいくらでも執事や家政婦、その他召使を用意する事は可能だった。 それでもあえて誰も呼ばず、この孤島を少女達の楽園としたその理由―― 一日目の昼下がり、発着所近くのプライベートビーチ。少女達の気ままな時間。 (女王様)と(気弱ちゃん)は、少し離れた場所に設置されたビーチパラソルの下で指を絡ませ、寝そべっていた。 照り返す日差しで乾いた(気弱ちゃん)のくちびるを、(女王様)がそっと塞ぎ潤す。 ……そう、彼女は彼女を愛していた。 この地この刻、同好の少女達とそうではない少女達の、蜜月ラプソディが幕を開ける―― 一日目深夜。 遊び戯れ疲れた少女達が寝息をたてる中、罅割れた善意が独り、歩き始めた。 そこは、船発着所。 男性乗組員が隠しておいた無線機で本土と連絡を取っていた。 「そうそう、ったく、お嬢様の冗談もたいがいだよなぁ。だいたい、俺一人以外全員引き揚げるなんてありえるかっちゅーの」 そう、全ては戯言。 クルーザーの不調も、乗組員が独りを残していったん引き揚げたのも、等しく(女王様)が用意した予定調和。 「……はいはい、じゃあまた明日連絡しますんで。お疲れ様っした。……ふう。さて、何して時間を潰しますかね……」 コンコン。 誰も来ないはずの、全てを知っている(女王様)ですら無い物として扱っているこの小さな建物に、突然の来訪者。 「……? 誰だ?」 男性乗組員は、この孤島に少女達以外誰も居ない事を知っているからこそ、不用意にその扉を開け放ち―― ……べとり、べとり。 予定調和の脚本を塗り潰す緋色の飛沫が、一つ、また一つ。 再び扉が閉じられたその建物は、夏の真夜中特有の喧噪の中、唯々静寂に呑み込まれていた。 「(気弱ちゃん)ちゃーん!」 翌日。皆が目を覚ますと(気弱ちゃん)の姿が見当たらない。 誰にも気取られないようにしながらも(女王様)は激しく動揺していた。男性乗組員に電話をするが出ない。 徐々に苛立ちを隠せなくなってゆく(女王様)。直接船発着所まで出向く事に。 メンバーは(女王様)と、念のため単独行動は止めた方が良いと提案した(クール)。残りの少女達は引き続き邸内を探す事に。 洋館を出ると、この旅行のため庭に植えてあったカサブランカがごっそりと無くなっている事に気付いた。 「いったい誰が……?」 船発着所には人の気配が感じられない。中に入るとそこには―― 「っ……!」「うっ……!」 後頭部に大振りの鉈を深々と埋め込まれ絶命した、男性乗務員の姿。恐らくは訪問者に背中を見せた瞬間に襲われ、そのまま廊下に倒れたのだろう。 (女王様)は奥へと進む。後を追う(クール)。室内は荒らされ、テーブルの上には破壊された無線機があった。 立ち尽くす二人。突如(女王様)が死体に手を伸ばした。いったい何を、と問い掛ける(クール)を無視し一心不乱に弄る(女王様)。 死体のある廊下は薄暗く(女王様)が何をしたいのか(クール)は把握出来ず唯々茫然と見守るしかなかった。 「無い……無いわ……」 「無い? 何が?」 すると照明を付けるように指示する(女王)。死体をはっきりと見る事に抵抗を覚えた(クール)だったがやがて渋々点灯した。 廊下は左右にびっちりと金属製のラックが備え付けられ物置場を兼任している。客人を出迎える施設ではないため照明は簡易的なもので昼光色ながら仄暗い。 天井から降り注ぐその頼りない間接照明に照らされ浮かび上がる血塗れの(女王様)はまるで展覧会の彫刻のよう。 濡れた髪、その体液が凝固し肌に貼り付く不快感をものともせず死体をなおも掻き回す(女王様)。 「何が……無いんだい……?」 まるで足元の血だまりを介して(女王様)へ捧げられるかのように足先に向け(クール)の血の気が引いてゆく。 それでも気力を奮い立たせようやく漏らした問い掛けに、(女王様)はようやく答えた。 「……この方が所持していたはずの、邸内のマスターキーが、よ」 その絶望的な言葉は、しかし何処か喜びに震えているようにも見えた―― 震える身体を押さえつけながら、二人は洋館に向けて歩き出す。この惨劇を、この孤島を包まんとする頻闇を、早く伝えなくては。 天候が崩れ出し、やがて降り注ぐ雨。天の恵みで血の穢れを禊いだ彼女達を、しかし絶望は逃さない。 シャワーを浴び着替えた(女王様)と(クール)。 事情を説明され動揺する少女達。 懸命の捜索にもかかわらず(気弱ちゃん)は見つからない。 天候は回復せず雨は勢いを増し、外の捜索は難しいだろう。 「鍵がかかっていて入れない部屋があるの」 (主人公)がそう伝えると(女王様)は自身が肌身離さず持ち歩いているもう一つのマスターキーを取り出した。 皆でその部屋へと向かう。 そこは、洋館の主人が過ごすための部屋にある、もう一つの小部屋。書斎との事だった。 冷静に務め鍵を開ける女王。 息を飲む光景。 洋館の庭から奪い取られたカサブランカが床長机に横たわる(気弱ちゃん)を包み込んでいる。 その表情は安らかだったが、狂い咲いた彼岸花のように緋く染まる床一面のカサブランカが彼女の命を吸い尽くしていた。 「いや……いや……いやぁあああっ!」 絶叫する(女王様)。他者に初めて見せた悲嘆。膝を折り蹲る少女達。 嗚咽と沈黙が支配する百合の密室で、ふと(主人公)がとある事に気付いた。 「えっ……?」 「……キミも気付いたのかい?」 隣にいた(クール)が囁く。 横たわる(気弱ちゃん)を包み込むカサブランカは、彼女の首や胸の辺り、下腹部、そして肘や膝を覆い尽くしそして緋色に染め上げられていた。 恐らくは胸や下腹部の彼岸花を散らせば彼女の死因が分かるのだろう。 そうであるならば、肘と膝にはどんな意味が? ――その違和感に、(主人公)は吐き気を催す。 「ま……さか……」 「……直接は見ない方が良い。でもたぶん、……キミの想像通りだろう」 (主人公)は昨晩の会話を思い出していた。 何と言う事はない、身の上話や恋の話、勉強の話、学校の話―― そんな中、(気弱ちゃん)は確かにこう言っていた。 「皆、身長、が、高く、て、羨ましい、です……私、も、せめて……(女王様)くらい大きくなり、たいです……」 「あら、私と同じくらい? どうしてかしら?」 (女王様)は口元にだけ微笑みを浮かべていた。真意を見透かされた(気弱ちゃん)は彼女の視線に絡み取られ言葉が続けられない。 「え、っと、だって、その……」 「……まぁ確かに、(気弱ちゃん)は平均身長から見てもだいぶ背が低いね。適度な運動をおススメするよ」 (女王様)の一瞥を無視しアドバイスする(クール)。 そうそれは、何て事のない日常の会話だったはず。 (主人公)はもう一度、書斎の長机に視線を戻した。 ……明らかにおかしい。 (気弱ちゃん)の身長からすれば、頭頂部から足先まであそこまで机を占めないはずだ。 そう、……彼女は今、本来の身長から10センチ以上成長していた。 もちろんそんな事がありえるはずもない。 あぁ、その不可思議と違和感の正体は―― (クール)は書斎にあった厚手の本を一冊持ち出すと長机に近づき、半狂乱の(女王様)を振り切って本来(気弱ちゃん)の膝があるであろう位置に背表紙を下にした本を花の上から置いた。 すると本は真深く沈み込み――そのままべちゃりと音を立て中机に触れた。 「え……あ……」 徐々に、その意味を理解する少女達。 そう、犯人は(気弱ちゃん)の膝と肘を切断しそれぞれの延長線上に配置した後、カサブランカを覆い隠すように散りばめ強制的に身体を成長させていた。 その背丈は、丁度(女王様)と同程度。 間違いない。 犯人は彼女の死後、何故か犯人なりに彼女の生前の願いを叶えているのだ。 意味不明。 理由はまったく分からないが、しかしとある事実だけは全員に理解出来る。 昨晩の会話を聞いていた、この中に犯人が居る――