ここは元ロシア連邦、バイコヌール宇宙基地のネオ・スプートニク27号打上前。 オレはこいつの打ち上げを見学するためにわざわざ日本からやってきたバカだ。 このためにオレはロシアの学校に留学したと言っても過言ではない。 正確にはロシアという国は存在しない。 旧ソ連のようにロシア連合という形で国を成している。 ちなみにヨーロッパはEUの理念の下、ヨーロビアンというひとつの集合体となっている。 オレが住んでいた日本も似たようなもので、アジアンと呼ばれている。 そんな細かい話はどうでもいい。 [ユ_コト小_笑顔] ユーリャ「男の子ってこういうのが好きなんだねぇ」 ヤマト「当たり前だ。メカやガジェットにときめかない男はすべからく萌え豚かオカマだ」 [ユ_コト小_普通] ユーリャ「そ〜なんだぁ。やっぱりヤマトも月に行きたいの?」 ヤマト「当たり前だろ! というかもう月くらいしか食い扶持ないしな」 [立消0] [テキスト透明] [背景_黒] [……] [背景_地球] [テキスト] 西暦2064年。もはや地球の地下資源は枯渇寸前だった。 だが朗報もある。月での核融合技術が確立されたのだ。 そんなわけで、ゴールドラッシュよろしく、月での労働者、技術者は引き手数多という状況下にある。 説明終わり。 [背景_基地1] それよりも打ち上げ最終段階に入った。 軌道エレベーターが完成したいまの時代。こうしてロケットによる打ち上げの機会は失われるだろう。 このネオ・スプートニク27号の打ち上げも、基地のラストセレモニーなわけで、衛星自体に大した意味は無く、ロケットのサイズも一番小さなものだ。 ヤマト「これで打ち上げロケットは見納めかぁ」 [ユ_コト小_悲し] ユリヤ「仕方ないよぉ。燃料は貴重なんだし、あのロケットの燃料を暖房代に回せばいいのにって思ってる人少なくないよぉ」 ヤマト「そういう夢の無いことを言うな」 [ユ_コト小_不満] ユーリャ「ヤマトだって寒がりのクセにぃ」 ヤマト「仕方ないだろ。マイナス20度とかで平気で散歩する人種とは身体のつくりが違うんだよ」 [ユ_コト小_笑顔] ユーリャ「うぷぷ。軟弱〜」 ヤマト「オマエの面の皮が厚いんだよ」 [ユ_コト小_驚き] ユーリャ「ひ、ひど〜い。なんでそんなこと言うのよぉ〜」 ヤマト「そんなことより打ち上げ始まるぞ」 [ユ_コト小_不満] ユーリャ「わたしそんなに興味ないからいいよ」 ヤマト「ふざけてんのか。ちゃんと見ろ! オレひとりで見てもつまんねーだろ」 [ユ_コト小_照れ] ユーリャ「どうしてぇ?」 こいつ鈍いな。オレがユリヤに惚れてるからに決まってるだろ。 まあオレは日本人でイエローモンキーなわけで、ヨーロピアン様には男というか同じ人間と見られているかも怪しいところだ。 ヤマト「わかんねーならいいよ。こういうのは大勢で見たほうがいいんだ。スポーツ観戦と一緒だ」 [ユ_コト小_笑顔] ユーリャ「そういうものなの? でもどうせデートするならこんな場所じゃない方がよかったよ〜」 え? いまこいつデートって言った? そ、そういうつもりで来たのか? ヤマト「ユリヤさん。ひとつ尋ねていいですか?」 [ユ_コト小_照れ] ユーリャ「ユリアじゃなくてユーリャって呼んでくれないとダメです」 ユーリャとはユリアの愛称で、彼女の両親がそう呼んでいた。 ヤマト「ユーリャさん。ひとつ尋ねていいですか?」 [ユ_コト小_笑顔] ユーリャ「はい。発言を許します。どうぞ〜」 ヤマト「これはデートなの?」 [ユ_コト小_笑怒] ユーリャ「デートですよぉ。それともパパとママが一緒の方がよかった?」 ヤマト「そ、そうか」 [ユ_コト小_驚2] ユーリャ「あ、発射した」 ヤマト「なんだと〜〜〜!」 [ユ_コト小_普通] ユーリャ「うわーきれい」 オレは発射のタイミングこそ逃したが、ユーリャと一緒に最後のロケット打ち上げを見ることができた。 [立消0] [BGM_OFF] [テキスト透明] [背景_黒] [……] [BGM_大和] [背景_ラボ1] [テキスト] 〜1年後〜 オレはいま、月のラボで助手みたいなことをやっている。 助手といっても実験器具の準備や後片付けばかりで、研究らしいことはほとんどできないでいた。 朝起きて研究室に行って、クソみたいな仕事をして帰って寝る。 こういう生活が一年近く続くと、肉体的には問題ないが、精神的に堪えるな。 そういやユーリャはなにしてんのかな。 オレの人生で色気があったのは彼女の家にホームステイしていた数ヶ月だけだな。 後は泥臭い男にまみれての作業ばかりだ。 そんなことを考えながら作業をしていたら、帰宅時間となった。 研究者たちは居残りで作業をしているが、助手のオレにはこれ以上やることはない。 むしろ効率が悪いと罵られる。 研究所の電力消費を減らすため、不要な人材は早々に追い出すというわけだ。 [立消0] [テキスト透明] [背景_黒] [……] [背景_部屋夜] [テキスト] [BGM_緊張] 月であてがわれた部屋に戻ると、異変があった。 ドアのセキュリティが解除されており、中に誰かいるらしい。 とはいえ盗られても困るものはないし、監視カメラなどもあるから、押し込み強盗なんて効率の悪い犯罪を犯すやつは絶滅したと思っていたが……。 ヤマト「誰かいるのか?」 [背景_部屋] オレは部屋の電気を灯し、そう尋ねた。すると……。 [BGM_日常] [ユ_イン_大普通] ユーリャ「プリヴェート」 そこにはなぜかユーリャがいた。 ヤマト「プリヴェートじゃねえよ。なんで居るんだ?」 [ユ_イン_大笑顔] ユーリャ「えへへ〜。家出してきちゃった」 ヤマト「オマエ馬鹿だろ!」 [ユ_コト_大驚2] ユーリャ「なによぅ。せっかく頼ってきたっていうのに〜。ヤマトは嬉しくないの?」 そりゃ嬉しいに決まってる。だけどそれとこれとは話しが別だ。 ヤマト「ひとつ聞いてもいいか?」 [ユ_コト_大笑顔] ユーリャ「うん」 ヤマト「どうやってここまで来たんだ?」 [ユ_コト_大普通] ユーリャ「どうやってって、軌道エレベーターに乗って、ステーションから月行きの定期便を使って。おこずかいぜ〜んぶ無くなっちゃった」 なるほど。いやそういうことじゃない。 ヤマト「尋ね方を間違った。理由だ。どういう理由があってここに来たんだ」 [ユ_コト_大不満] ユーリャ「だから家出だっていったじゃない」 ラチがあかない。 ヤマト「まあいいか。半年前は世話になったから今度はオレが恩返しする番だな」 [ユ_コト_大笑顔] ユーリャ「さすがヤマト。それがヤマトダマシイってやつですか?」 ヤマト「全然ちげーよ。一宿一飯の恩っていうんだ」 [ユ_コト_大普通] ユーリャ「なるほど」 ヤマト「わかってねーだろ」 [ユ_コト_大笑顔] ユーリャ「あはは、それよりおなかすいたよ〜」 マイペースだな。 ヤマト「カップ麺しかないけどいいか?」 [ユ_コト_大普通] ユーリャ「大丈夫〜。おなかすいてるから、残飯でもおいしくいただけるよ〜」 ヤマト「カップ麺馬鹿にするな。日本が誇る完璧な保存食だぞ!」 [ユ_コト_大驚き] ユーリャ「違うよ〜そういう意味で言ったんじゃないよ。ヤマトの怒りんぼう!」 くそ、なんだかんだいってこいつかわいいから困る。 オレはユーリャに飯を食わせてやった。 [立消0] [テキスト透明] [背景_黒] [……] [背景_部屋] [テキスト] ヤマト「とりあえずメシ食ったら帰れよ」 オレはくつろぎモードのユーリャに現実を突きつけてやった。 [ユ_スカ_驚2] ユーリャ「え? なんで?」 実に不思議そうな顔をするな。 ヤマト「ああすまん。帰れといったのは家じゃなくて、ホテルとかそういうところに帰れと……」 [ユ_スカ_不満] ユーリャ「そんなお金ないよ? ここに来る交通費で全財産無くなったっていったよ。聞いてなかった?」 そういやそういうこと言ってたな。 でもそれはなんというか誇張して言ってると思っただけで、本当に使い果たしてるとは思わないだろ。 ヤマト「泊まるつもりか?」 [ユ_スカ_笑顔] ユーリャ「うん」 くっそう。ニコニコ笑いやがって、オレをなんだと思ってやがる。 イエローモンキーに警戒の必要なしって思ってる? そんな浅はかな考えだとまずいよ。オレは紳士だけど、アジアンが全員紳士とは限らないんだぜ? 少し教育してやる必要があるな。 ヤマト「ユーリャちょっといいか」 [ユ_スカ_普通] ユーリャ「なぁに?」 ヤマト「ここはくっさい男の部屋です」 [ユ_スカ_悲し] ユーリャ「そんなに臭くないよ?」 まあダクト式エアコンだから、ちゃんと掃除しとかないと苦情がきちまうから、言うほど臭くは無い。 ヤマト「くっさいというのは喩えで、なんていうの、オマエは狼の巣に来た子羊みたいなものだ」 [ユ_スカ_普通] ユーリャ「???」 まるで理解してない。ここはもうストレートに言うしかない。 ヤマト「ユーリャさん。僕は意外と理性は高い方ですが、貴女のような美人と二人で過ごして理性を保てる自信がありません」 [ユ_スカ_笑顔] ユーリャ「うん」 ヤマト「うん。じゃねーよ。理解してんの?」 [ユ_スカ_普通] ユーリャ「してるよ。そこは日本男児ど根性ってやつでガマンガマン」 ヤマト「だからできないって言ってるだろ? 犯すぞこら」 [ユ_スカ_悲し] ユーリャ「わたしを傷物にしたらお父さんに殺されるよ?」 ああそうだった。 ユーリャパパは野生のグリズリーが裸足で逃げ出すくらいおっかない親父さんだった。 結局オレが我慢するしかないのか。 そうして結局オレが唇をかみ締めながら我慢することで決着した。 ちくしょう生殺しだよ。 [立消0] [BGM_OFF] [テキスト透明] [背景_黒] [……] [BGM_大和] [背景_部屋] [テキスト] 翌朝目覚めると、ユーリャは居なくなっていた。 ……なんてことはなく、オレの隣で寝息を立てている。 くそうキスしちゃうぞ。このやろう。 ヤマト「おい起きろ。朝だぞ」 [ユ_イン_大悲し] ユーリャ「ふぁぁ、もうそんな時間なの〜」 ユーリャが大きく伸びをして立ち上がる。 [立消0] [ユ_イン_悲し] ヤマト「おおお、おま、なんて格好してんだ!」 スカートが無い。パンツははいているのか? 少なくともスカートはどこに消えた? [ユ_イン_照れ] ユーリャ「え? ああ、寝るときはこうだよ。スカートシワになっちゃうからねぇ」 シワになっちゃうからじゃねえよ。こっちはのり付けしたシャツの袖みたいにピンピンになっちまうだろ。 [立消0] [……] とりあえずユーリャが着替え終わるのを待つオレ。紳士だ。 ヤマト「朝飯は塩味でいいか?」 [ユ_スカ_普通] ユーリャ「なんのこと?」 ヤマト「いや、カップ麺の味だよ。しょうゆ、味噌、塩、トンコツ、カレー、シーフード、キムチと、全7種ある。一週間のローテーションだな」 [ユ_スカ_不満] ユーリャ「……シーフードで」 ヤマト「オッケー任せろ」 [ユ_スカ_普通] ユーリャ「ね〜ヤマト。わたしが作ろうか?」 ヤマト「いやいいってお湯を注ぐだけだからよ」 [ユ_スカ_不満] ユーリャ「ちがうよ〜ちゃんとした料理だよ。こんなのばっかり食べてたら病気になっちゃうよ」 任せようかと思ったが、食材が無いことに気付いた。 ヤマト「お願いしたいのはやまやまなんだが、これ以外に食材が無い」 というか月栽培の野菜とかめっちゃ高いねん。貧乏学生が買えるわけが無い。 [ユ_スカ_笑顔] ユーリャ「それじゃブレンドしてみよう!」 ヤマト「なにを?」 [ユ_スカ_普通] ユーリャ「カップ麺をだよ!」 嗚呼。こういうヤツが、素材の味を台無しにするんだろうな。 カップ麺のブレンドはオレも過去にやったことがあるが、とても食えたものじゃない。 勿体無いから食べたけど、それでも二度とやるもんかと思った。 ヤマト「いいから座ってろ。シーフードはシーフードのままがいいんだ。余計なものは入れない」 [ユ_スカ_不満] ユーリャ「うむむ。それじゃ今度ちゃんとした食材買って作るよ」 ヤマト「そうだな。そのうちな」 その食材が無駄になりそうな予感しかないが、とりあえずこういっておけば問題なかろう。 [ユ_スカ_笑顔] ユーリャ「約束だよ」 ヤマト「はいはい」 それからオレとユーリャは出来上がったカップ麺を食べ、朝食を終えた。 [立消0] [テキスト透明] [背景_黒] [……] [BGM_日常] [背景_部屋] [テキスト] ヤマト「そろそろ理由を聞かせてくれよ」 [ユ_スカ_普通] ユーリャ「理由? 何の?」 とぼけている風ではない。本気で分かってないらしい。 ヤマト「家出の理由だ」 [ユ_スカ_驚2] ユーリャ「あ〜!」 ヤマト「あ〜じゃないよ。今日は休みだからいいけど、いつまでもここに置いておく訳にはいかないんだぜ」 [ユ_スカ_笑怒] ユーリャ「どうして?」 ヤマト「オレが研究室に行くだろ?」 [ユ_スカ_普通] ユーリャ「うん」 ヤマト「この部屋には誰も居ないということになり、電力供給カット」 ユーリャ「どうなるの?」 ヤマト「人がいなければなんてことは無いが、人が居たら生きて行けない環境になるな」 [ユ_スカ_驚き] ユーリャ「それ困る〜」 ヤマト「だろ? だから白状しちまいな」 [ユ_スカ_不満] ユーリャ「むー。仕方ないなぁ」 ヤマト「もったいぶることか?」 [ユ_スカ_驚き] ユーリャ「そーだよ。だって人生の選択なんだよ」 人生の選択? なんだそりゃ。 ヤマト「とりあえず詳しく話せ」 [ユ_スカ_照れ] ユーリャ「わかったよ」 ユーリャは渋々といった感じで、家出の理由を語り始めた。 [立消0] [テキスト透明] [背景_黒] [……] [背景_部屋] [テキスト] 家出の理由はよくある話で、ユーリャの将来のことだった。 親が決めた職業に就くことをよしとする風習がまだ残っているらしい。 ましてやあの親父さんが決めたというなら、逆らうのも大変だろう。 それにしてもパン屋か。似合ってる気がするけどユーリャは何が不満なんだ。 ヤマト「パン屋とかいいじゃねーか。女の子のなりたい職業の上位じゃないのか?」 [ユ_スカ_不満] ユーリャ「パンは好きだけどそれは食べる方で、作るのを仕事にしたくないの」 ヤマト「じゃあなにか他になりたいものあんのか?」 [ユ_スカ_照れ] ユーリャ「あ、あるよ〜」 ヤマト「ほう。聞かせてくれ」 ユーリャ「な、なれなかったら恥ずかしいからいいよ〜」 ヤマト「大丈夫だ。笑ったりしないから言ってみろ」 [ユ_スカ_不満] ユーリャ「言っていいの?」 ヤマト「うむ」 [ユ_スカ_驚き] ユーリャ「なんで偉そうなの〜」 ヤマト「いいから早く言えよ」 [ユ_スカ_照れ] ユーリャ「わかったよ。あのね。わたしヤマトのこと大好きだから、ずっと一緒にいたかったの」 なんだって!! ヤマト「ままっま、あ、あ、まじか?」 [ユ_スカ_笑顔] ユーリャ「うそだよ〜」 ですよね〜。 ヤマト「おまえ、言っていいウソと悪いウソくらい分かるだろ!」 [ユ_スカ_悲し] ユーリャ「ごめんごめん。本当はね。わたしも月で働きたいんだよ」 なるほど。そういう理由か。 ヤマト「両親は反対してるのか?」 [ユ_スカ_不満] ユーリャ「うん。お父さんはオマエはパン屋になるのが一番だって」 ヤマト「おばさんは?」 [ユ_スカ_怒り] ユーリャ「お母さんは放射能アレルギーで宇宙とか絶対ダメ! 絶対って人だから」 なるほど。パン屋はともかく、宇宙関連の仕事はNGってわけか。 ヤマト「ここで帰ったらもう二度と宇宙には来れそうも無いな」 [ユ_スカ_笑顔] ユーリャ「うん。絶対に無理だね。ヤマトも寂しいでしょう?」 いきなりなに言ってんだこいつ。 ヤマト「そうだな。でも二度と会えなくなるわけじゃないだろ?」 [ユ_スカ_悲し] ユーリャ「二度と会えないよ」 断言かよ。 詳しい事情は分からないが、パン屋って良く考えたら、就職というより、そこに嫁ぐという意味じゃないのか? 多分そうだな。オレって冴えてる。 ……だからどうした。そうじゃないだろ。オレはどうしたいんだ? [立消0] [テキスト透明] [背景_黒] [……] [背景_部屋] [テキスト] 一度帰るように促して、それでもダメならユーリャをサポートしてやるか。 ヤマト「とりあえず一度帰るべきだ」 [ユ_スカ_怒り] ユーリャ「だから帰ったらもう二度と月にはこれないんだって」 ヤマト「じゃあどうする? さすがにいつまでもオレのところには居られないのは分かってるよな」 [ユ_スカ_不満] ユーリャ「うん。それはわかるけど」 ヤマト「仕方ねぇな。出かけるから準備しろよ」 [ユ_スカ_普通] ユーリャ「ん? 何処に行くの?」 ヤマト「職安みたいなところだ。月に職を求めてやってくる連中は後を絶たないからな」 [ユ_スカ_驚2] ユーリャ「ヤマト!!」 ヤマト「喜ぶのはまだ早いぞ。月だって底辺職は腐るほど余ってるが、それなりの職に就くには……」 [ユ_イン_大笑顔涙] ユーリャ「大好き!」 オレはユーリャに抱きつかれ、それ以上喋ることの無意味さを知った。 [立消0] [BGM_OFF] [テキスト透明] [背景_黒] [……] [テキスト消去] [BGM_日常] [背景_パン屋] [テキスト全] ユーリャはその日のうちに職を決めた。 笑えるというか皮肉にもユーリャが月で就職したのはベーカリーショップの売り子。 つまりパン屋だ。 これはユーリャの父親も閉口するだろうな。一応パン屋に就職したのだ。 場所は月か地球かの違いはあれど、パン屋には変わりない。 月の住宅事情はお世辞にも良いとは言えず、パン屋の収入で借りれる物件はそうそうあるものではない。 だから仕方なく、そう仕方なくオレはユーリャと同居している。 同棲ではなく同居、ルームシェアってやつだ。 なあにホームステイをした仲だ。なんてことはない。 部屋も二部屋あるアパートに引っ越したので、ユーリャと同じベッドに寝て悶々とするようなことは無くなった。 でもまあ壁一枚をはさんで隣に居ると思うだけで、右手がうなるわけですよ。 まあそんな話はどうでもいい。 [立消0] [BGM_OFF] [テキスト透明] [背景_黒] [……] [テキスト消去] [BGM_大和] [背景_ラボ1] [テキスト全] オレとユーリャが月で同居を始めて半年が過ぎた。 オレもようやく自分の研究をできる時間を持つくらいの余裕はできるようになった。 これはユーリャの働きによるところが大きい。 パン屋で働くユーリャは、その容姿からたちまち看板娘となり、給料も上がってオレがバイトする必要が無くなったからだ。 いままでバイトしていた時間をすべて研究に費やすことができるのはありがたかった。 ちなみに研究テーマは重力制御だ。 そんなある日、オレはとある粒子を触媒にすることで、従来の重力制御を格段に飛躍させることに成功した。 これはオレの発見というより、教授からの課題で間違ったやり方をしてしまい、その後片付けを行うとき、強力な力場が発生し、計器を破壊することで見付かった。 何が原因でそうなったのかを突き止めた時は興奮した。 ほんの数ナノ秒ではあるが、膨大な重力波を観測することに成功したのだ。 これを定常運動させることに成功すれば、人ロブラックホールも夢ではない。 [立消0] [テキスト透明] [背景_黒] [……] [BGM_日常] [背景_部屋] [テキスト] ヤマト「ただいまユーリャ!」 [ユ_スカ_笑顔] ユーリャ「おかえリヤマト〜。そんなに興奮してどうしたの?」 ヤマト「聞いてくれよ。世紀の大発明、いや大発見だ!」 [ユ_スカ_普通] ユーリャ「ふぅん。でもわたし、むずかしい事はわかんないよ」 ヤマト「わかるように話してやるって」 [ユ_スカ_悲し] ユーリャ「聞くのはいいけど〜。ご飯食べてからじゃダメなの?」 ヤマト「わかった。メシ食いながら話そう」 [ユ_スカ_笑顔] ユーリャ「んもう。ヤマトはお行儀悪いなぁ」 [立消0] オレは夕飯を食べながら、ユーリャに自分が発見した触媒を使用することで完璧な重力制御ができる可能性が高いということを説明した。 [ユ_イン_大普通] ユーリャ「すごいのねぇ」 ヤマト「まあな」 [ユ_イン_大悲し] ユーリャ「でもヤマトには荷が重いと思うなぁ。教授に協力してもらったらどうなの?」 ヤマト「そんなことしたら手柄を横取りされちまうだろ」 [ユ_イン_大不満] ユーリャ「いいじゃないそれくらい」 ヤマト「よくねえよ! ロイヤリティとかライセンスとか、儲けは全部教授の懐にはいっちまうんだぞ」 [ユ_イン_大悲し] ユーリャ「お金だけが幸せじゃないと思うんだけどなぁ」 ヤマト「そりゃそうだけど、お金はあったほうがいいだろ」 [ユ_イン_大不満] ユーリャ「ヤマトはいまの生活に不満なの?」 ヤマト「ふ、不満はないさ。でも貧乏は嫌だ」 [ユ_イン_大悲し] ユーリャ「わたしは貧乏でも平気だよ。だってヤマトと一緒に居られるんだよ」 ヤマト「その言い方だとオレが金持ちになったら一緒に居られないみたいだな」 [ユ_イン_大驚き] ユーリャ「そうじゃないよ〜。貧乏でもヤマトと一緒なら幸せってことだよ」 ヤマト「とにかく、この研究はオレ一人でやる」 [ユ_イン_大不満] ユーリャ「ヤマトの意地っ張り〜」 [立消0] [BGM_OFF] [テキスト透明] [背景_黒] [……] [テキスト消去] [BGM_大和] [背景_ラボ1] [テキスト全] それからオレは自分の発見を秘密にしたまま、効率化の実験を進めていた。 研究室にこもることが多くなり、家に帰るのも惜しくなったオレは、二日に一度、三日に一度と、家に換える頻度が減っていった。 たまに帰ると、ユーリャの寂しそうな顔を見ることになる。 それがとても心苦しいので、オレは論文が発表できる段階まで家に帰らないと書き置きし、一ヶ月ほど研究室に寝泊まりした。 ……………… ……………… ……………… 完成した論文は、つたない内容ではあるが、大量の実験結果が大いに評価された。 そうして是非共同開発したいという企業からオレは厚遇で迎え入れられた。 [立消0] [テキスト透明] [背景_黒] [……] [背景_部屋] [テキスト] ヤマト「ただいまユーリャ」 [ユ_スカ_笑顔] ユーリャ「おかえリヤマト。ニュース見たよ。おめでとう」 ヤマト「ありがとう。ユーリャのおかげだよ。これからはもう苦労をかけずにすむから」 [ユ_スカ_不満] ユーリャ「わたしは別に苦労してないよ。パン屋さんの仕事は楽しいんだよ」 ヤマト「そ、そうか。それでまたしばらくは忙しいんだ。これからまたすぐにでかけなくちゃならないんだ」 [ユ_スカ_照れ] ユーリャ「もう行っちゃうの?」 ヤマト「わるい」 [ユ_スカ_悲し] ユーリャ「ヤマトに相談したいことがあったんだけどなぁ」 ヤマト「ごめん。帰ったら聞くから!」 [立消0] [背景_黒] 結局その日、家に帰ることは無かった。後日相談に乗ろうとしても、別にいいとご立腹したようで、それ以上尋ねられる雰囲気じゃないのでそのままにしておいた。 やがて新しい研究に没頭し始めたオレは、その相談の事も頭から抜け落ちていた。 [BGM_OFF] [テキスト透明] [……] [テキスト消去] [BGM_日常] [背景_ラボ夜] [テキスト全] 相談の件が有耶無耶になったまま1ヶ月が経過した。 この1ヶ月間は、忙しくはあったものの、とても充実した期間といえた。 その甲斐あって、早くもオレの論文をベースにした実験環境の構築が完了した。 従来の重力制御装置に、オレが発見した粒子を安定供給できる重力加速回路のサブモジュールが完成したのだ。 そうして、その接続テストの日程がついに決まった。 [テキスト透明] [背景_黒] [……] [背景_部屋] [テキスト] ヤマト「ただいま」 [ユ_コト_大悲し] ユーリャ「おかえりなさい」 オレが忙しいせいなのか、最近ユーリャは元気が無い。 最近は毎日ちゃんと家に帰っているというに何が不満なんだろう。 ヤマト「明日はついに大規模実験だ。この実験が成功すればもうオレたちの未来は安泰だぜ」 [ユ_コト_大普通] ユーリャ「安泰ってどういうこと?」 ヤマト「ん?この技術を利用すれば恒星間航行が可能な宇宙船だって作れるんだ。造船会社からのライセンス料だけでも億万長者だ」 [ユ_コト_大不満] ユーリャ「よかったね」 どうも言葉にトゲがある。いったいなんで怒っているのだろうか。 ひょっとしてオレが忙しくしてるから不満なのか? オレがユーリャのためを思って頑張ってるんだぜ。 ヤマト「他人事みたいに言うなよ。なんか勘違いしてそうだからもう言っちまうけど」 [ユ_コト_大怒り] ユーリャ「なによ」 ヤマト「結婚してくれ!」 [ユ_コト_大驚き] ユーリャ「え?」 ヤマト「いや、結婚してください」 [ユ_コト_大照れ] ユーリャ「あの……」 反応が鈍いぞ。このままではまずい。 これはもう日本男児の最終奥義“DO・GE・ZA”しかない。 ヤマト「お願いします。この通りです」 オレは床に額を擦りつけながら結婚を追った。 まだか。まだ足りないのか。 ヤマト「仕方ない。こうなったらDO・GE・ZAブリッジで!」 [ユ_コト_大驚2] ユーリャ「ちょ、ちょっと待って。ストップ。 [ユ_コト_大照れ] もういいから。するから。結婚するから気持ち悪い事するのやめてよ〜」 ヤマト「本当か!」 オレは慌てて立ち上がり、買ってきた指輪を渡そうとした。 したのだが……。 [ユ_コト_大普通] ユーリャ「どうしたのヤマト?」 ヤマト「無い!」 ユーリャ「何が?」 ヤマト「指輪が無い〜〜〜っ! どこかで落としたらしい。マジかよ。給料3ヶ月分がぁ〜〜!」 そんなオレを、ユーリャがジト目で蔑んでいる。 [ユ_コト_大不満] ユーリャ「婚約指輪も無い。泣き落としてのプロポーズなんて聞いたこと無いよ」 ヤマト「す、すまん」 やばいぞ。怒らせちまった。 [ユ_コト_大笑顔] ユーリャ「うん。許してあげる。なんかほっとした」 ヤマト「どういうことだ」 [ユ_コト_大不満] ユーリャ「最近のヤマト。わたしとはなんか違う世界に居る人みたいだったから……」 [ユ_コト_大不満涙] ユーリャ「ヤマトってさ、追いかけても追いかけても、ず〜〜〜っと先を行くから、わたし置いてゆかれるかもって怖かったんだよ」 ユーリャのやつ、そんなことを考えていたのか。 ヤマト「寂しい思いをさせちまったな。オレはただユーリャに相応しい男になろうと頑張ってただけなんだ」 [ユ_コト_大怒り涙] ユーリャ「そんなのっ! [ユ_コト_大照れ涙]  わたしに誰が相応しいかなんて、わたしが決めるからい〜の」 ヤマト「そ、そりゃそうだな。それでオレは相応しいのか。さっきのはちょっと余りにも酷過ぎたからもう一度尋ねるけど……」 [ユ_コト_大悲し涙] ユーリャ「いいよ。結婚しよう!」 ヤマト「おい。ちゃんとプロポーズさせろよ。その上で返事してくれよ」 [ユ_コト_大笑顔涙] ユーリャ「やだよ〜だ。ヤマトは一生あの変なプロポーズでわたしと結婚したんだって孫の代まで伝えるの。だからやり直しは認めないよ〜だ」 ヤマト「くそっ! なんてこった。まあいい。でも本当にオレでいいのか?」 [ユ_コト_大悲し涙] ユーリャ「いいよ。嫌だったら月まで家出なんかしないよ。それくらいもわからないほどヤマトは鈍いの?」 ヤマト「そ、そうだな。もしかしたらそうかなーとは思ってはいたけど、それは自意識過剰なんじゃないかとかまあ色々……」 [ユ_コト_大照れ涙] ユーリャ「ヘタレ」 ヤマト「どこで覚えてそんな言葉!」 [ユ_コト_大笑顔涙] ユーリャ「えヘヘ」 ヤマト「笑ってごまかすなよ」 オレたちは久しぶりに笑顔で夕食を頂き、夜更けまで語り合った。 [立消0] [テキスト透明] [背景_黒] [……] [BGM_OP2] [背景_部屋夜] [テキスト] ヤマト「そういえば相談があるって前に言ってたよな」 [ユ_イン_大普通] ユーリャ「相談?」 ヤマト「1ヶ月くらい前になんか今にも死にそうな顔して言ってたじゃないか」 [ユ_イン_大驚き] ユーリャ「なによそれ。わたし死にそうな顔なんてしてないよ〜」 ヤマト「してたよ。捨てられた子猫みたいで見てられなかったぞ」 [ユ_イン_大不満] ユーリャ「そう思ったんならちゃんとケアしなさいよね。あの頃はちよっとナーバスになってたんだから」 ヤマト「それで相談ってなんだ?」 [ユ_イン_大笑顔] ユーリャ「ん〜もういいの。解決したから」 晴れ晴れとしたユーリャの顔に嘘偽りは無さそうだった。恐らく解決したというのは本当だろう。 ひょっとしてユーリャも結婚のことを考えてたのかな。そうだとしたら辻接があう。 ヤマト「分かった。もう聞かない。他には何か無いか?」 [ユ_イン_大普通] ユーリャ「どういうこと?」 ヤマト「いや、実は生活費が足りないとか、困ってることとか」 [ユ_イン_大驚き] ユーリャ「ないよ。いや、ある!」 ヤマト「なんだ?」 [ユ_イン_大笑顔] ユーリャ「わたし、土下座プロポーズして、婚約指輪を落としてしまうようなお間抜けな人と結婚します」 ヤマト「なんかそれも一生言われそうだな」 ユーリャ「もちろん言うよ〜。喧嘩したにこの事を話せば一発でヤマトを黙らせられると思うの」 ヤマト「なにげに酷いな」 [ユ_イン_大不満] ユーリャ「そう思うならちゃんと探してきて」 ヤマト「また買うよ。落としたとしたらどうせ盗まれてるだろうし」 [ユ_イン_大怒り] ユーリャ「ちゃんと探してからだよ。研究室の中とかロッカーとか机とか全部探して無かったら、その時はお値段3倍で手を打っわ」 ヤマト「ひどい嫁だな」 [ユ_イン_大笑顔] ユーリャ「お金持ちになるんでしょ?」 ニヤニヤとユーリャが笑っている。 確かに金持ちにはなるだろうがそれはまだ先のことだ。恐らくユーリャもそのことは分かって言ってるのだろう。 ヤマト「わかったよ。3倍でも10倍でも好きなの買ってやるよ」 [ユ_イン_大悲し] ユーリャ「冗談だよ。ヤマトが選んで買ってくれたものなら、月の石だってわたしは構わないよ」 ヤマト「そういうこと言うなよ」 ユーリャは無欲だ。少なくとも物欲というものがあまり無い。それゆえ純粋でかわいい。 つまり容姿も、心も綺麗過ぎて、オレにはもったいなくて、まぶしすぎる存在だ。 そんなユーリャに、オレはコンプレックスを抱いていたのだろう。 [ユ_イン_大普通] ユーリャ「ど〜して?」 ヤマト「これ以上、オレを惚れされるなって言ってるんだよ!」 言ってしまって後悔する。なんだこれは。とても恥ずかしいぞ。 [ユ_イン_大照れ] ユーリャ「う、うんわかった。ヤマト、かお真っ赤だよ」 ヤマト「ユーリャも赤いぞ」 ユーリャ「そ、そう?」 ヤマト「あ、明日は大事な実験だ。そろそろ寝るか」 [ユ_イン_大普通] ユーリャ「そうだね。ねえヤマト」 ヤマト「なんだ?」 [ユ_イン_大悲し] ユーリャ「明日なんだけど。わたしも見学に行っていいかな?」 ヤマト「どういう風の吹きまわしだ?」 ユーリャはオレが研究の話をしてもうわの空で聞いてることが多く、興味なんて殆どないはずだ。それがどうして? [ユ_イン_大笑顔] ユーリャ「明日はちょうど仕事お休みだし、一度くらいヤマトがやってる仕事を見ておきたいから。 [ユ_イン_大照れ] その、科学者の妻になるんだから……」 なるほど。そういうことか。かいがいしいと言うか、かわいいじゃないか。 ヤマト「わかった。明日は一緒に行こう」 [ユ_イン_大笑顔] ユーリャ「うん」 [立消0] [BGM_OFF] [テキスト透明] [背景_黒] [……] [BGM_大和] [背景_廊下] [テキスト] 実験当日。 オレは実験施設にユーリャを連れてきた。本来なら関係者以外立ち入り禁止で、マスコミもシャットアウトしてある。 そんな厳戒態勢の中、プロジェクトのキーマンという立場を利用し、ユーリャを無理矢理入らせて貰った。 [……] [ユ_コト_普通] ユーリャ「わたし本当に入ってよかったの?」 ヤマト「いいって、どうせユーリャはここで見たことの原理とか理解できないだろ?」 [ユ_コト_笑怒] ユーリャ「確かにそうだけど〜。その言い方はちょっとひどくない?」 ヤマト「わるい。傷付いたのか?」 [ユ_コト_不満] ユーリャ「別に〜。気分を害しただけだよ」 ちょっとした冗談のつもりだったのだが、ユーリャはご立腹だ。 ヤマト「だからごめんって。許してくれよ」 [ユ_コト_笑顔] ユーリャ「新しく開発したパンを試食してくれたら許してあげる」 ヤマト「ひょっとしてそのパンというのは……」 ユーリャ「そうよ。わたしが考えて作ったんだよ〜。なにもヤマトだけが発明家じゃないんだからね」 パンの新商品と重力制御を同列に考えられても困るのだが、それを言うとまたスネるので、黙っておく。 ヤマト「そ、そうだな。それにしても凄いな。売り子だけやってるのかと思ったら、そういうこともやってたんだな」 [ユ_コト_不満] ユーリャ「この話、ヤマトにしたよ。でもちゃんと聞いてくれないし〜」 ヤマト「そ、そうか。重ねてすまん。その試作品とやら、喜んで食べさせて貰うよ」 [ユ_コト_笑顔] ユーリャ「うん。と〜〜ってもおいし〜んだから。腰を抜かさないようにね」 ヤマト「普通はほっぺが落ちるとかそういう表現じゃないのか? まあ楽しみにしてるよ」 [立消0] [テキスト透明] [背景_黒] [……] [テキスト消去] [BGM_緊張] [背景_司令室] [テキスト全] それからオレはユーリャをオペレータ室に案内し、隅の方に椅子を持ってきて、そこに腰掛けさせた。 男ばかりの職場なので、ユーリャの存在は異質だった。 唯―の女性職員にユーリャの相手をして貰っているが、他の職員もチラチラとユーリャを盗み見している。 普通の容姿の女の子でさえ、ラボではモテモテだっていうのに、ユーリャみたいな美人が来たら浮かれるもの仕方ない。 というか連れてきたのは失敗だったかもしれない。 オレは職員が注意力散漫になってオペレートミスを起こさないか、真剣に心配した。 ……………… ……………… ……………… 実験の準備が始まって約2時間が経過した。 何度も実行手順を確認し、起動寸前までテストを繰り返し、いよいよ本番となった。 一応皆エンジニアなので、作業が始まると自分の行うことは理解しているようで、ユーリャに色目を使うような余裕は無くなった。 当のユーリャは流石に少し飽きてきたのか、欠伸を堪えようと、変な顔になっている。 これでは折角の美人が台無しだ。 やがて、職員の一人が、最終チエックが完了したことを告げる。 時刻は月標準時間で14時50分だったので、15時ジャストに実験を開始することにした。 [テキスト透明] [背景_黒] [……] [背景_司令室] [テキスト] オペレータがカウントダウンを始める。 [ユ_スカ_普通] ユーリャ「ところでこの実験ってなにをするの?」 作業を終え、暇になったオレにユーリャがひそひそ声でそう尋ねる。 ヤマト「そんなことを知らないで実験に参加したのか。昨日説明しただろ」 [ユ_スカ_不満] ユーリャ「だって〜プロポーズのことがあったから、それ以外のことは全部忘れちゃったよ」 ヤマト「仕方ないな。重力制御装置に重力加速回路を取り付けて加速させ、重力、つまり質量を増大させて人口ブラックホールを作ってるんだよ」 [ユ_スカ_驚き] ユーリャ「ブ、ブラックホールって、あのなんでも吸い込んじゃうアレ?」 ヤマト「そうだよ。もっともいま作ろうとしてるのはそんな大層なやつじゃなくて、出現しても一瞬で消えちまうよ。自分の質量に耐え切れずに消滅するんだ」 [ユ_スカ_普通] ユーリャ「さっぱりわからない」 ヤマト「だろうな。とりあえず望みどおりのデータが取れれば実験は成功だ」 [ユ_スカ_不満] ユーリャ「思ってたのより地味なのね」 ヤマト「うるさい」 そんな雑談を交わしている間にも、カウントダウンは終わろうとしている。 [ユ_スカ_驚2] ユーリャ「あ、もうすぐみたいよ」 ヤマト「そうだな。今度はネオ・スプートニク27号打ち上げの時みたいに見逃さないぞ」 [ユ_スカ_笑顔] ユーリャ「あはは。そういうこともあったね〜」 ヤマト「はじまるぞ」 [立消0] [……] オペレータのカウントダウンが終了し、実験が開始された。 最初に重力制御装置が稼動を始める。その余波は重低音のスピーカーのように、突き刺さるような振動を伝えてくる。 重力制御装置が安定すると、今度は実験のメインである重力加速回路の接続運転に入る。 これを接続することにより、より強力な重力を作り出す。 重力制御装置内にある触媒を圧縮し、ブラックホールと同等の質量を発生させ、それを観測するのが目的だ。 いわゆる特異点といわれるものを観測できたなら、実験は成功である。 重力加速回路には特異点が発生できる理論値まで、例の触媒(いわゆる燃料)を積んでいる。 そのため特異点が観測できたら、次の瞬間にはもうブラックホールは蒸発してしまうだろう。 実験用の重力制御装置はその影響で壊れてしまうだろうが、特異点観測が成功したなら、その損失は充分に意味のあるものになる。 オペレーター「重力加速回路接続します」 ヤマト「お願いします」 オペレーターが重力制御装置に重力加速回路を接続し、回路を稼動させる。 すると再び重力制御装置が活性化し、下腹に突き刺さる重低音が実験室に鳴り響いた。 モスキート音のような耳障りな音と共に、身体がふわふわするような感覚に襲われる。 それは重力制御装置が発生させる重力が増大していることを意味する。 この月の低重力だと、装置のある方へと引き寄せられているように感じるのだろう。 いい調子だ。重力加速回路に搭載した触媒の消費率は90%。あと少しで、実験は終わる。 実験施設とこのオペレータ室との距離は10メートル以上離れているが、それでも装置から発生する重力波の影響は身の危険を感じるくらいだ。 消費率98%。あと1分足らずで実験は終わる。 そう思った矢先、オペレータから特異点観測の声が聞こえた。 どういうことだ? 残り2%あるのに特異点が観測されただと? [BGM_危険] ヤマト「やばい。実験は中止だ。加速器回路を切断して下さい!」 だが、オペレータから返ってきたのはこちらからの制御を受け付けないという、安いドラマのような返答だった。 ヤマト「直接装置を止めてきます」 [ユ_スカ_驚き] ユーリャ「どこへ行くの?」 ヤマト「ちょっとトラブル。心配ない。ユーリャはここで待っててくれ」 オレはそういうと、オペレータ室を飛び出した。 [ユ_スカ_驚2] ユーリャ「ヤマト待ってよ!」 背後から、ユーリャが声をかけるが、聞いている時間は無い。 このまま放って置けば、この実験施設に大穴が開いて、真空の月面に放り出される可能性も否定できない。 [立消0] [テキスト透明] [背景_黒] [……] [背景_ラボ3] [テキスト] [SE_サイレン] 重力加速回路に測定器を直結し、データを読み出す。 すると触媒の搭載量が設置値の10倍近くあった。 人為的な事故だと直感で分かったが、いまはそんなことを気にしている時ではない。 直接コンソールパネルから装置の停止を行ってみたが、予想通り言うことをきかない。 オペレータ室からでも受け付けなかったのだから当然かもしれない。 となればいくつか設けたセーフティ回路は働かないと思って間違いないだろう。 あと残された手段は主電源を切るしかない。 だが困ったことに、重力波の影響がすごく、電源回路の側まで行きたくても行けないということだ。 [ユ_スカ_驚き] ユーリャ「ヤマト!」 ヤマト「ユ、ユーリャ! 来るなって言っただろ!」 なんで来てんだ。このバカ。 [ユ_スカ_不満] ユーリャ「あぶないんでしょ? 逃げようよ〜」 ヤマト「分かってるなら逃げろよ!」 [ユ_スカ_怒り] ユーリャ「ひとりで逃げるのはいやだよ」 こうなると梃子でも動きそうも無い。 ヤマト「わかった。でも気が散るからオペレータ室に戻っててくれ」 [ユ_スカ_普通] ユーリャ「ヤマトはどうするの?」 ヤマト「電源落としたらすぐに戻る。だからユーリャは早く」 ユーリャ「電源って?」 ヤマト「あの赤いボタンだ。分かりやすいだろ?」 [ユ_スカ_笑顔] ユーリャ「そうだね。わたしでもできそう」 ヤマト「お、おい!」 [立消0] オレが止める間もなく、ユーリャはオレを飛び越えて、電源回路まで駆けていった。 ユーリャ「うぐぐぅ、身体が重たぁ〜い」 ヤマト「当たり前だ! 押しつぶされる前に戻って来い!」 ユーリャ「なんかね、無理っぽい。それより先に進んだ方がよさそう」 ヤマト「おいバカやめろ」 ユーリャ「電源落とせば元に戻るんでしょ?」 ヤマト「そんな保障はどこにもない!」 ユーリャ「そうなの?」 ヤマト「そうだよ」 ユーリャ「でも押さないともっとまずいんだよね」 ヤマト「そうだけど、それはユーリャの役目じゃない!!」 ユーリャ「夫の責任は妻の責任でしょ? だから押すね」 ヤマト「バカっ! やめっ……」 オレが止める間もなく、ユーリャは限界まで腕を伸ばし、電源回路のスイッチを叩いた。 [立消0] [stopse] [BGM_OFF] [テキスト透明] [背景_失敗] [……] [テキスト消去] [BGM_後悔] [背景_TIME0] [テキスト全0] 実験失敗から半年が経った。 事故の原因はオレの成功を妬んだ研究者の仕業だったらしいが、そんなことはどうでも良かった。 その後オレは不穏分子を一掃し、実験を成功させた。そうしてその権利の全てを協賛企業に譲渡した。 その代わりにオレは個人の研究施設とプロジェクトチームを、無期限で編成してもらえる契約を結んだ。 そのプロジェクトチームの目的は、ユーリャのサルベージに他ならない。 実験によって出現したマイクロブラックホール。 ユーリャはそのブラックホールが持つ、僅か半径2メートルのイベントホライズン(事象の地平線)に捕らわれてしまった。 ほんの少し別の場所に居たオレは運良く助かった。 言い換えればユーリャが犠牲になったことで、ユーリャの質量を取り込むことで、ブラックホールの質量エネルギーは減退し、安定した。 ユーリャはいま、オレたちとは別の時間に生きている。 彼女はまだ自分がブラックホールに落ちているなんて自覚すらしていないだろう。 それでも時がくれば彼女の身体は圧縮され、ミンチのような潰れてしまう。 その時間はそう遠くない未来。オレが生きているうちに実現される可能性が高い。 いまは奇跡的なバランスで装置は安定している。だが、時が経てば装置の老朽化も進む。 装置が故障すれば、ブラックホールは崩壊し、その衝撃でユーリャは圧死してしまうだろう。 そうならないため、オレはユーリャを救出するサルベージチームを発足させた。 [立消0] [テキスト透明] [背景_灰] [……] [テキスト消去] ;[背景_実験室0] [背景_TIME5] [テキスト全0] 事故から5年が過ぎた。 サルベージは難航している。 なにせ一発勝負だ。 理論上大丈夫では意味が無いのだ。 オレはユーリャと同じ環境を作り出し、 人形をユーリャに見立てた救出実験をこれまでに2度行ってきた。 結果はいうまでも無く失敗で、 1度目はブラックホールを消失させた途端、 人形も同じように消失してまった。 2度目は対抗する重力をぶつけてブラックホールの引力を中和するというものだ。 多少の期待を込めた実験だったが、 タイミングがまるで合わず、 重力バランスが少し崩壊した段階で人形は半分に引き裂かれた。 それでも、多少なりの手ごたえは感じた…… [立消0] [テキスト透明] [背景_灰] [……] [テキスト消去] ;[背景_実験室1] [背景_TIME10] [テキスト全0] 事故から10年が過ぎた。 救出実験は過去から累積して12回行われた。 だが、どれも人間を1人救出するには大雑把すぎた。 ただの鉄の塊程度であれば、96%の状態でサルベージ可能だが、 残りの4%はどうしてもブラックホールに吸収されてしまう。 人間にとって4%の損失がどれほど生命活動に影響を与えるのか分からない以上、救出を急ぐわけにはいかなかった。 オレがユーリャを救出するために行ってきた実験データは、そのまま恒星間航行用宇宙船のエンジン技術に転用されていた。 あと10年も経ったら、この月から別の恒星へ向けて出発する宇宙船が完成するだろう。 ユーリャのサルベージとどちらが先になるだろうか…… [立消0] [テキスト透明] [背景_灰] [……] [テキスト消去] ;[背景_実験室2] [背景_TIME25] [テキスト全0] 事故から25年が過ぎた。 四半世紀。[lr] ついに事故を起こした時の年齢を追い越してしまった。 ユーリャはまだ若いままであるが、 オレはもう白髪まじりの初老のじじいだ。 ユーリャの両親は5年前に義父が亡くなり、 昨年には義母も他界した。 これでオレまで死んでしまったら、ユーリャを仮に救出できたとしても、彼女は結局ひとりぼっちだ。 実験で得たデータは、ほぼ無償で企業に提供してきた。 それにも関わらず、オレは巨万の富を得ていた。 実験施設も私財でほぼ賄なわれている。 こんな立場になってユーリャの言葉を反芻すると耳が痛い。 [テキスト消去] [イベント0] [テキスト] ユーリャ「わたしは貧乏でも平気だよ。だってヤマトと一緒に居られるんだよ」 [……] [font size=32] オレはひとりで金持ちになってしまった。[lr]本当にバカだ。 [font size=24] [立消0] [テキスト透明] [背景_灰] [……] [テキスト消去] ;[背景_実験室2] [背景_TIME48] [テキスト全0] 事故から48年が過ぎた。 約半世紀だ。そうしてついに、ようやくユーリャのサルベージ計画が実行される時がきた。 サルベージを決行するに至った理由は、これ以上は何度実験しても精度が上がらないと判断したからだ。 救出実験回数293回、近年においては1ヵ月に1回のペースで実験は行われていた。 サルベージの精度は、99.999998%まで上がっている。 欲を言えば99.999999%まで上げたかった。 だが、この残り0.0000001%まで精度を上げるには、後20年はかかると試算されていた。 やり方は2回目に行った方法からそう変ってはいない。 現在ユーリャが取り込まれているブラックホールの重力に、逆方向からの重力アプローチを行う。 そうして重力を中和したところでユーリャを救助する。 言葉にしてしまえば実にシンプル極まりない。 だがこの技術を実用化するまでに40年以上の年月を要した。 救出を急いだのは精度の問題だけでなく、建物の老朽化もあったからだ。 暴走した実験施設の補修は毎日のように行い、燃料の触媒も安定を保つ量を常に供給しているが、どうしてもメンテナンスできない箇所がある。 そう、イベントホライズン(事象の地平線)。 この内側には手を出すことが出来ない。 ただその場所はオレたちの時間の概念は通用しない。 崩壊をはじめていることは確かだが、それを遅らせる努力をオレたちはずっと行ってきた。 だがその努力もそろそろ限界に差し掛かってきていた。 なによりオレは老いてしまった。 これ以上はオレの寿命が持たない可能性もある。 オレはユーリャの囚われた施設をいつものように日参し、サルベージを決行しに向かった…… [BGM_OFF] [SE_足音] [テキスト透明] [背景_黒] [……] [stopse] [テキスト消去] [背景_司令室2] [テキスト全] [BGM_緊張] オペレータたちは、何人かの入れ替わりはあるものの、この50年余を一緒に過してきた者も少なくない。 操作ミスや、50年前のような、悪質な妨害工作は無いと言っていいだろう。 いまもしそういうことを行ったとしても、そいつにメリットは無く、待っているのは身の破滅に他ならない。 仮にそのような輩が居たとしても、発見次第裸にひん剥いて人工ブラックホールにぶち込んでオブジェにしてやると、オレは常日頃から公言している。 この言葉を誰も冗談とは受け取っていない。それでいい。恐れられるくらいが丁度いい。 オレはもう50年前の若造ではないのだ。 サルベージの準備は粛々と行われている。 この場所でオレがやることはサルベージを始めるための命令を下すだけだ。 オペレータ「[indent]オペレーションテストオールグリーン。ユリヤ・ミハイロヴナ・トーカレフ。サルベージミッションスタンバイOK」[endindent] 5回のリハーサルを経て、ようやく本番を迎えた。 絶対に失敗が許されない1度限りの救出劇なのだ。 慎重過ぎたとしても問題は無い。 それにしても、この緊張はなんなのだ。 実験では何度も成功したというのに何故こんなにも不安なのだ。 動物実験でも問題なかった。 だから大丈夫だ。 そう自分に言い聞かせるが、オレの胸中に膨れ上がる不安を払拭することはできない。 事故を起こしたのが昨日の事のように思い出させ、“サルベージ開始”の一言を口にすることが出せない。 [テキスト消去] [テキスト透明] [背景_黒] [……] [テキスト消去] [背景_司令室2] [テキスト] オペレータ「ヤマト局長」 ヤマト「なんだね?」 オペレータ「あの、奥様を早く救出して差し上げましょう」 親子ほど歳の離れたオペレータが、緊張した面持ちでそう告げる。 ヤマト「そうだな」 オレは咳払いをして、プロジェクトメンバーに向き直った。 ヤマト「諸君。今日まで私の道楽、我侭に付き合ってくれてありがとう」 ヤマト「諸君らはスペシャリストだ。成功することを疑ってはいないが、やり直しはできない。あともう少しだけ私に力を貸して欲しい」 ヤマト「ただいまより、ユリヤ・ミハイロヴナ・トーカレフ。ユーリャの救出作戦を開始する!」 オレの掛け声と同時に、ユーリャのサルベージが始まった。 [立消0] [テキスト透明] [背景_黒] [……] [テキスト消去] [背景_ラボ2] [テキスト全] 古い実験施設に最新鋭の装置が結合されたそれは、異様な光景ともいえた。 ユーリャを中心としたイベントホライズンの周囲には8機のサルベージ用重力制御マシンが並んでいる。 これを最新鋭の量子コンピュータで計算させたタイミングで稼動させ、重力の位相を反転させ、時間すら巻き戻す。 そうして事故直後まで巻き戻ったユーリャを無人の医療ポッドが救出する。いままで200回以上行ってきた実験と同じ手順を踏むだけだ。 そうしてこの救出劇にかかる時間は僅か5分。準備と後始末を除いたら、大抵の実験なんて実働時間は短いものだ。 オレの目の前で、機械たちが忠実に命令を遂行している。 [テキスト消去] [テキスト透明] [背景_黒] [……] [テキスト消去] [背景_司令室2] [テキスト] オペレータ「重力中和完了。医療ポッドによるミセスユーリャの回収完了」 ここまでは手順通り。問題はこれからだ。 オペレータ「医療ポッドからの情報を報告します。ミセスユーリャの心拍数、脈拍、血圧値ともに平均値。体細胞のDNA欠損率正常範囲内です」 ヤマト「そうか。ありがとう」 オペレータの報告により、プロジェクトチームメンバーから歓声が上がる。 こんなにも緊張した5分間を経験したのは初めてかもしれない。 オレはチームの一人一人と握手を交わし、そのまま管制室を後にした。 歳を取るとどうも涙もろくなるものだな。 [BGM_OFF] [立消0] [テキスト透明] [背景_黒] [……] [テキスト消去] [背景_病室0] [テキスト] 数時間後、オレはユーリャの目覚めを病室で待っていた。 アンチエイジング技術で肌のシワを取ったり髪を黒く染めたりしたが、当時の若さを取り戻すことは遠く及ばない。 これはユーリャにショックを与えたくないためにやってることで、いずれ事情は話すつもりだ。 オレは白衣のポケットに手を入れて、そこに四角いケースがあることを何度も確認した。 本当はメディカルチェックなど、やることが目白押しなのだが、オレの権限で1時間だけ2人きりにしてもらった。 やがてユーリャが目を覚ます。 [……] [BGM_再会] [ユ_スカ_不満] ユーリャ「ここは……あれ? [ユ_スカ_普通]  わたし確かボタンを押して、それから」 ヤマト「記憶の混乱はないかい?」 ユーリャ「えっと、貴方は……。 [ユ_スカ_驚き] ええっ! ひょっとしてヤマトなの?」 早いな。もう気付いたのか。 ヤマト「そうだよユーリャ。君を救出するのに50年近くかかってしまった」 [ユ_スカ_驚2] ユーリャ「ご、50年?」 ヤマト「説明させて貰っていいかな?」 [ユ_スカ_普通] ユーリャ「ど、どうぞ」 オレはこれまでの経緯をかいつまんでユーリャに話した。 [立消0] [……] [ユ_スカ_笑顔] ユーリャ「なるほど〜。理解しました!」 ヤマト「すまない。本当に申し訳ない」 [ユ_スカ_驚き] ユーリャ「ど〜して謝るのよ。助けてくれたんでしょう? こっちがお礼を言わなきゃ」 ヤマト「今後の身の振り方だが、折角助かったんだ。生まれ変わったと思って好きにしてもらっていい。生活費や慰謝料などどれだけ請求してもらっても構わない」 [ユ_スカ_笑怒] ユーリャ「ねえヤマト。それ本気で言ってるの?」 ヤマト「そうだが」 [ユ_スカ_驚き] ユーリャ「違うでしょう。わたしはさ。確かについさっきまで実験してて、なんか事故に巻き込まれた〜って記憶しかないのよ?」 ヤマト「そうだな」 [ユ_スカ_怒り涙] ユーリャ「でもヤマトは違うでしょ! [ユ_スカ_悲し涙]  ヤマトは……50年待ったんでしょう。わたしを助けるために50年犠牲にしちゃったんでしょう!」 ヤマト「そんなこと、犠牲とは思っていない」 [ユ_スカ_普通] ユーリャ「ならそれでいいわよ。とにかく、50年ぶりに恋人に再会というか触れ合えることができるんだよ」 [ユ_スカ_照れ] ユーリャ「ハグとか、キスとか、そういうの、しなくていいの?」 ヤマト「いやでも、私は見ての通りもう初老の爺さんで……」 [ユ_イン_大怒り] ユーリャ「関係ないよ。それともなに? 50年の間に浮気しちゃったの? そのドアに向こうには新しい妻がいて、子供がいて孫までいちゃったりするの?」 ユーリャがオレの目の前に迫ってくる。そうしてドア付近をキョロキョロと見渡しはじめた。 その姿がとてもユーリャらしく、50年という歳月を忘れさせてくれる。 ヤマト「いないよ。ずっと独身だ。当たり前だろう」 [ユ_イン_大照れ] ユーリャ「だったら遠慮しないでよ」 ヤマト「いいのか?」 [ユ_イン_大笑顔] ユーリャ「もちろんだよ」 ヤマト「そうか。ならこれを受け取ってくれないだろうか」 オレはポケットに収めていた古びたケースを取りだし、ユーリャに手渡した。 [ユ_イン_大普通] ユーリャ「これは?」 ヤマト「婚約指輪だよ。ユーリャの言う通り探したら見つかったよ。50年前のものだから、すこし変色してるが、新しく買うのもどうかと思ってな」 [ユ_イン_大笑顔] ユーリャ「嬉しい! はめてみてもいい?」 ヤマト「構わんよ」 ユーリャは子供のようにはしゃいで、指輪を薬指にはめた。 ユーリャ「うふふどう? 似合う?」 ヤマト「ああ、とても似合っているよ。とても綺麗だ」 [ユ_イン_大不満] ユーリャ「もうヤマト。言い方がおじいちゃんみたい」 ヤマト「実際にお爺ちゃんだからね。こればかりは仕方がない」 [ユ_イン_大笑顔] ユーリャ「そんなんじゃ〜いいパパにはなれないよ!」 ヤマト「おいおい、流石にもうこの歳では無理だよ」 [ユ_イン_大驚2] ユーリャ「えっ?」 ヤマト「いや、子作りの話しではないのかな?」 [ユ_イン_大照れ] ユーリャ「ちちち、違うよ〜。おなかの赤ちゃんのことだよ〜」 ヤマト「おなかの赤ちゃん?」 ユーリャはなにを言っているのだろう? [ユ_イン_大笑顔] ユーリャ「えへへ。前に相談したいことがあるっていったじゃな〜い」 ヤマト「それはパンの試食をするという話ではなかったのかな?」 [ユ_イン_大不満] ユーリャ「ぜんぜん違うよ〜」 [ユ_イン_大普通] ユーリャ「ヤマトの子供を妊娠しちゃったから相談しようと思ってたんだけど〜。そのことを話す前にプロポーズしてくれたでしょう?」 ヤマト「そうだね」 [ユ_イン_大笑顔] ユーリャ「そうしたらもう不安はなくなったから、相談するよりサプライズにしようって思ったの」 [ユ_イン_大照れ] ユーリャ「実験が終わったら言うつもりだったんだけど……」 ヤマト「そうか」 オレはパパになるのか。そうなのか。 [ユ_イン_大驚2] ユーリャ「どどど、どうしたのヤマト。泣いてるの?」 ヤマト「済まないユーリャ。歳を取ると涙腺が緩くなって仕方ないんだ」 [ユ_イン_大照れ涙] ユーリャ「泣かないでよヤマト」 ヤマト「どうしてユーリャも泣いてるんだ?」 そう、泣いているのは俺だけではない。ユーリャも涙を流していた。 [立消0] [イベント1] ユーリャ「わかんない。わかんないけど悲しくて嬉しくて、色んな感情がごっちゃになってるんだよ」 ヤマト「そうか。沢山泣くといい」 ユーリャ「ねえヤマト」 ヤマト「なんだい」 ユーリャ「まだ歯は大丈夫?」 ヤマト「そうだな。ユーリャのパンを試食するくらいは大丈夫だと思うよ。ただし、美味しくて腰を抜かすかもしれないがね」 ユーリャ「あはは、覚えていてくれたんだ」 ユーリャ「でもパン屋さんって潰れてないかな?」 ヤマト「ユーリャが働いていた店は残念だけどもう無いよ」 ヤマト「でもパン屋をやりたいなら店ごとプレゼントしてあげるよ。ユーリャが退院することには店長として働ける店を確保してあげるよ」 ユーリャ「ほ、ほんとに? どうしてそんなことできるの?」 ヤマト「この50年で大富豪になったからね。とはいえ、ユーリャの居ない50年の代償としては少なすぎる報酬だよ」 ユーリャ「だから言ったじゃない」 ヤマト「ああ。骨身に染みてるよ。もう二度と後悔しないため、改めて言わせて欲しいことがあるのだが、いいかな?」 ユーリャ「う〜〜ん。わたしにとっては昨日の出来事だから本当はダメなんだけど、ヤマトの頑張りに免じて言っていいよ」 ヤマト「ありがとうユーリャ。こんな老いた私でもよければ、結婚してもらえないだろうか?」 [……] 長い沈黙。やがてユーリャが笑顔で口を開く。 ユーリャ「はい……。よろこんで」