;立ち絵は1キャラ通常喜怒哀照れの5種類を指定していますが、好きなように変更してください。 ;テキストそのものを書き換えてもかまいません。 ;カフェっぽい背景。 ;BGMはそれっぽいの。想定してるのはベートーベンの田園 ;http://classical-sound.seesaa.net/article/222532064.html ;ですが、違う曲でもかまいません。 【私】 「ワサビってさ」 「他の植物に邪魔をされないように、周囲の菌を殺す成分を出しているんだ」 「でも、その成分はワサビ自身も阻害していて、だから大きくなれないんだって」 ●綾瀬 通常 私と綾瀬はカフェにいた。 本来なら部活の時間なのだが、しょうがない。 流れているのは多分、ベートーベンだと思う。 自信ないけど。 とりとめのない雑談。 クラスの誰と誰がつきあっているとか、ワサビがどうとか。 そんな話の中で綾瀬が切り出した。 【綾瀬】 「ちょっと相談があってさ」 【私】 「綾瀬には今の髪型が似合ってると思うよ」 【綾瀬】 「ちがうって。あ……でも、ほんと?」 ●綾瀬 喜び 「髪型変えようかなって考えてたんだよね」 適当に言ったのに当たってしまった。 【私】 「うん、私は好きだな」 ●綾瀬 照れ 照れて赤面する綾瀬。 かわいい奴め。 その綾瀬を見ていたら、危うくカップをつかみ損ねるところだった。 いかん、どうも遠近感がつかめない。 【綾瀬】 「あーもう、話がそれたじゃない」 恥ずかしさをごまかすように綾瀬が言った。 ●綾瀬 通常 【綾瀬】 「この前テレビを見てたらさ」 「プロスポーツ選手が引退するって話をやってたんだ」 【私】 「ふむ」 【綾瀬】 「それがね、まだ若いの」 【私】 「いくつぐらい?」 【綾瀬】 「25、6」 【私】 「おっさんじゃん」 ●綾瀬 哀しみ 【綾瀬】 「えー、そんなこと言うと怒られるよ」 【私】 「誰に」 ●綾瀬 喜び くすくすと笑う綾瀬を見ているとこそばゆい気持ちになる。 うん、きっとゴムがかゆいんだ。 ●綾瀬 通常 【綾瀬】 「それでね、思ったんだ」 「ずっとずっと夢中になって、そのことばかりを一日中考えていたのに」 「諦めることができるのかなって」 【私】 「諦めたくて諦めるわけじゃ、ないんじゃない?」 【綾瀬】 「うん。その人もそんな感じだった」 ●綾瀬 哀しみ 【綾瀬】 「戦力外って言って、もうそこではダメなんだって」 綾瀬は泣きそうな顔でこちらを見ている。 私は思い出していた。 A:「『本来なら部活の時間なのだが』」 B:「『クラスの誰と誰がつきあっているとか』」 ;Aルート 【私】 「……もしかして綾瀬、気にしている?」 ●綾瀬 哀しみ 【綾瀬】 「するよ、当たり前だよ」 【私】 「うん、そのなんだ」 ……困った。 私がテニス部に入ったのは綾瀬とのつきあいでしかなかった。 だから綾瀬の球が目に当たって次の試合に出られなくなっても、どうってことはない。 眼帯がうっとおしいぐらいなもんだ。 【私】 「別に私はこれで引退するわけじゃないんだしさ」 ●綾瀬 怒り 【綾瀬】 「でも、ずっと練習してきたのに、試合出られないんだよ」 ●綾瀬 哀しみ 【綾瀬】 「そんなの、いいわけない」 【私】 「……さっきのワサビの話なんだけどさ」 「うん」 【私】 「ワサビの周囲の菌を殺す成分は別の使い道があってね」 「植物の老化を防いだり、抗菌、抗ガン作用があるんだって」 「自分と周囲を殺すだけじゃなくてね」 ●綾瀬 通常 【綾瀬】 「うん?」 【私】 「私なんかがさ」 ●綾瀬 怒り 【綾瀬】 「それ、ダメ」 【私】 「なに?」 【綾瀬】 「その『私なんか』」 【私】 「……はい」 ●綾瀬 通常 【私】 「私は自分のことをさ」 「周囲に迷惑かけるだけの奴だと思ってた」 「だから距離をとるのが一番だって」 【私】 「でも綾瀬が部活に誘ってくれて」 「私でも」 ●綾瀬 怒り 【綾瀬】 「でも?」 綾瀬の目が怖い。 ●綾瀬 通常 【私】 「私もみんなの側にいていいのかなって」 ●綾瀬 怒り 【綾瀬】 「バカね。そんなわけないじゃない」 え。 ●綾瀬 照れ 【綾瀬】 「みんながあなたの側にいたい」 「それだけの話よ」 ふふ、そうか。 そうなんだ。 ●綾瀬 哀しみ 【綾瀬】 「うわ、その顔気持ち悪い」 【私】 「せっかく感動してたのに」 ●綾瀬 通常 【綾瀬】 「今ので感動しちゃったわけ?」 う。 ●綾瀬 照れ 【綾瀬】 「それなら何度だって言ってあげるわよ」 そう言って、綾瀬は笑った。 ;Bルート 【私】 「……多分ね」 「ずっとずっとそのことばかりを考えていたから」 「だから諦められたんじゃないかな」 ●綾瀬 哀しみ 【綾瀬】 「っ、なんで?」 綾瀬の顔が苦痛に歪む。 【私】 「その人にとって、それは凄く大事なものなんだよ」 「だからこそ届かない自分がいつまでもいるべきじゃない、って思えたんじゃないかな」 私の責任だ。 『クラスの誰と誰がつきあっているとか』 どうでもいい雑談のつもりだったのだが、まさか綾瀬の好きな男の話だったとは。 失恋で髪型を変えようとは古風な綾瀬らしい。 ●綾瀬 通常 【綾瀬】 「そっか……」 ●綾瀬 喜び 【綾瀬】 「うん、そうだね。好きなんだから、邪魔しちゃいけないよね」 無理して笑う綾瀬の顔を見るのは辛かった。 【私】 「そう言えばさ、さっきのワサビの話」 ●綾瀬 通常 【綾瀬】 「うん、大きくなれないんだよね」 【私】 「それは畑ワサビの話で、沢ワサビってのもあるんだ」 ●綾瀬 喜び 【綾瀬】 「あ、私、小学生の頃に社会科見学で行った!」 「うんうん、沢のところで作ってた」 【私】 「沢ワサビはね」 「周囲の菌を殺す成分が適度に水で流れるんだ」 「だから畑ワサビよりも大きくなれるんだってさ」 ●綾瀬 通常 【綾瀬】 「それでね、ワサビ煎餅ってのをもらったんだけど」 ……人の話をまったく聞いていない。 綾瀬にはひとつ嘘をついた。 引退したプロスポーツ選手はすっぱり過去と決別する人もいるが、そうでない人もいる。 監督やコーチだけじゃない。 用具係になってでもその場に留まりつづけたいと思う人もいる。 かくいう私もそういうわけだが。 ●綾瀬 喜び だが、それもしょうがない。 水の流れによって大きくなれた沢ワサビは、 もう綾瀬の側でしか生きていけないのだから。